第13話 写し身
現れた男は、しゃがれた威圧感のある声で、たった一言だけ喋る。
「──────お前か」
かなり背が高い、2mはあるその身体は司祭平服のような黒衣によって包まれていた。わずかに覗いている腕からは、その肉体が強靭であることが分かる。
「……!!」
だが、三上に見えていないそれ以外のものが、飾音には感じ取れていた。
何も言わず近づこうとする謎の男に、飾音ははめていた鉄の指輪を投げつける。
「解釈拡大!!“共振爆”!!」
開幕のゴングの如く。
人体など容易に貫く、無数の鉄の弾丸が男を襲った。
その全弾は間違いなく、男に命中したはずだった。
そして、飾音は確信する。
「…フン。虚仮威しだな」
今この場にいる2人よりも遥かに強い。2人に対して圧倒的な力量差、膨大な代力をこの男は持っているということを、確信していた。
シロが居なければ間違いなく勝てない。だが、おかしいのは、飾音の目が間違っていないのなら、この男はシロ達がいた方向から歩いてきたということ。綾児がいて、この男をスルーしないはずが無い。
「まさか、死ん…いや、味方か?いやでも…」
「ここで死にたくないのなら、まず質問に答えろ」
飾音にはこの男がおよそ味方とは思えなかった。味方に向ける必要のない重苦しい威圧感、そして過剰なまでの血の匂いがそれを表していた。そしてそれは、三上でさえ直感で理解していた。
「二つ尾の契約者は誰だ」
「二つ尾…!」
三上はすぐにシロのことを連想した。
「見たところ4人だったか…この建物に契約者がいるな。どいつだ?正しい情報を吐けば、生かしてやる」
「はあ?んなの見つけてどーすんだ?」
「預からせてもらう、二つ尾諸共な」
「へっへへ!なら、返答は決まってるな」
飾音はパシンと、自分の手のひらに拳を打った。同じタイミングで上から無数のコウモリが降りてきた。不敵な笑みを浮かべ、明光院飾音は強敵と対峙する。
「ウチにそんな奴はいねぇよ!回れ右して帰れこのデカブツ野郎!」
「生か死か、その問いでお前は死を選ぶというワケだな…」
間髪入れずに、飾音が手を振り上げると、コウモリ達は全員が男に向かって飛んでいった。男の目の前があっという間に真っ黒に染まる。
「か、飾音、ここからどうする?」
「決まってんだろ!あんなバケモン私たちにゃ勝てんな!なら…」
「う、わぁ──────!」
飾音はひょいと三上を抱え、入口とは反対側にある窓に向かって走り出した。
窓枠に足を掛けると同時に、飾音の背からコウモリの羽が出現する。
「逃げるに決まって──────?!」
その瞬間、三上と飾音は目を疑った。
窓から外へと飛び立った、それは間違いない。ならその目に映っているのは、外の景色であるはず。窓から出た先、2人がいたのは先程と全く同じ場所。男の居る部屋の中であった。
「ちょ、待っ、やばい…!!」
外へ出ようと飛び立った勢いは殺されないまま、2人の身は男に向かって特攻していた。依然として男はコウモリに囲まれていて見えない。だが、飾音は群れの向こうから迫り来る悪寒を感じていた。
「四季!すまん受け身!!」
「え──────っ!!」
空中で三上を放り出し、飾音は目の前からの攻撃に備える。羽を畳み、きりもみ状に旋回することで少しでも被撃によるダメージを抑えたのだ。次いで、コウモリの霧を切り払ってその悪寒の原因は現れた。
巨斧。
暗雲を切り裂いたその凶器は、横薙ぎとなって、件の少女を捉えようとする。だが、飾音の行動が功を奏したのか、その斬撃は獲物の羽を掠めるだけに終わった。
飾音の身体は勢い余ったまま、部屋の外で2、3度バウンドしてから止まる。
「あがっ、いぎゃっ!……いってぇ…な…?!」
起き上がった飾音が見たのは、部屋から出てすぐの光景。本来このビルのロビーが広がっているはず。しかし、そこにはひたすらに続いている廊下のみであった。
「これは、まさか…っ、く、あ…!」
「お前らに逃げ場はない。選択肢は喋るか、死ぬかだけだ」
「飾音!!」
男の手は飾音の細い首を掴み、高く掲げた。飾音の顔が苦しそうに歪む。足をバタつかせて抵抗するが、男の腕は微動だにしない。
「くっ、あ……この場から、離れろ、四季!!皆を探せ!」
「ん…?そうか小娘お前は…ちっ、やりにくい。小僧、コイツを殺すぞ。早く喋れ」
「やめとけ!私のことはいいから早──────」
「黙っていろ」
シンプルな殴打が飾音の腹を叩く。
「…!喋れば、飾音のことは見逃してくれますか」
「うむ…そうか。ならばお前がそうなのか」
「え…?」
「今、自分が見逃されるという選択肢を捨てたな?ということは、喋れば自分は無事ではないと、そう考えたのだな?」
「え、あ…」
「く、そ、止めろ…!」
「二つ尾の契約者じゃないにしろ、小僧、お前の方がよく喋りそうだな」
ドサッ、と飾音から手を離し、男は巨大な斧を引きづりながら、三上の方に向かう。三上の頭の中は葛藤で満たされていた。逃げれば、飾音を見捨てることになる。喋れば、連れていかれ、否、死だろう。
オレは翔真みたいなヒーローじゃない。この状況を打開するような力がなければ、目の前の男を説得するような頭も持っていない。それでも、ここにもし翔真がいるとするならば。
「オレは、アンタについて行かないし、連れてもいかれない…!!」
迎え撃つはずだ。
「止めろ…!お前はそもそも、シロと契約して、ねぇんだ…!」
「勇者ではない。小僧は、ただの臆病者だ。非常だろうとまともな選択が出来ない、ただのな」
「馬鹿、野郎!解釈、拡大…!!」
コウモリの群れが三上の前に集合し、盾となる。
「くだらん」
男はその障壁を、ただ蜘蛛の巣を払い除けるだけかのように、斧で振り払った。
「コイツは、1年前“箱庭”を襲った犯罪組織の、“四足獣”の頭領だ!お前にどうこうできる相手じゃねぇ!」
「1年、前…?もしかして、アンタが」
「…なんだ」
「翔真を、殺したって、いうあの」
「ショウマ?先代の二つ尾の契約者か何かか?いちいち殺した奴の名など覚えていない」
「な…ふざけるな!お前らが、お前らのせいで翔真を!」
「ふざけていない。これが我らだ…許せないのだとするなら、お前はどうする?」
人一人分くらいの大きさの武器を、男はいとも容易く持ち上げてみせる。怒りで熱くなっていた血が、恐怖に塗り替えられていくのを感じる。この怒りが、恐怖に染まってしまう前に──────
「解釈、拡大!!」
一縷の望みに賭けて。手を広げ、精一杯に叫んでみせた。
「──────クソっ!ダメ、なのか」
なにもおこらない。
「ふん、半人前ですらない。それ以下か」
男は鼻で笑うと、巨斧を三上目掛けて適当に振り下ろした。三上は必死に身を躱し、もう一度叫んでみせる。
「解釈拡大!解釈拡大!」
「チョコマカと…契約者をバカにしているのか?」
「解釈拡大!解釈拡大!解釈、拡大…」
「見苦しいぞ、小僧」
逃げに逃げて…とうとう、背中に壁が着いてしまった。イメージした火炎も、氷結も、雷も、剣さえ現れなかった。最早、三上に怒りなんて感情は既に無い。そこにあるのは漆黒の恐怖、満ち満ちた絶望のみだった。
「その感情で、顔を歪めている人間が嫌いだ」
実に不愉快そうな顔で三上を見ていた。
『いや、なんでもだよ。危険なんだよね君は』
石川先生の言葉を思い出していた。シロの膨大な代力を使えば、オレはどんな事でも起こすことが出来る。そう、信じていた。この瞬間まで。この力をどう使えば、翔真みたいになれるのか。ずっとずっと考えていた。どうすれば翔真のように、太陽のような存在になれるのか。
迫り来る、斧。
その結果が、末路がこれだ。なんでも出来ると思っていながら、他人のマネをしようとし続けた男の末路。なんでも出来るはずが、結局、1度誰かが通った道をなぞり続けただけ。
「眠れ、愚かな少年よ」
劣化コピーにすらなれなかった。なにもことを成せなかった。最後まで、オレは、三上四季は誰にも…。
「──────なんでも、出来るんじゃない」
そうして、彼は気づく。突如として、三上の脳内にあるイメージが降りてくる。なんでも出来る力ではない。三上にできることは、最後まで、ある1つのことだけだと。
「誰かのマネ。それしかないだろ…オレには」
頭に思い浮かべるのではなく、目の前の姿をそのままに。
そして、呟く。
翔真のようなヒーローに。
翔真みたいな太陽に。
今は、目の前にいるこの男のように強く。
「──────解釈拡大」
自分の手元に、巨大な何かが形成されていくのを感じた。




