第12話 don't touch me
「うぃーっす」
「すいません先生。遅れました」
遅刻について申し訳ないと思いながらも。
ガラガラと音を立てて、3人は教室へと入った。
「やあ、結構遅れたね」
「…。」
思った通り、気の抜けた声で返事を返す綾児。
教室を見回すと、1番奥の席に知らない人が座っていた。背筋をピンと伸ばし、何も無い一点をじっと見つめている。
「ちょっと知らない人に絡まれちゃいまして」
「百合川だろう?今の君に絡むとすれば彼女くらいのもんだ。まあそれにしても長いこと絡まれてたんだね。30分くらいの遅刻かな?」
「1時間ですよ」
「あ、そう?まあ何でもいいや。これでやっと話が進められるな」
「おいおい、その前にそこのはどなたさんだ?2人以外の生徒は恋花嬢しかいないって聞いてたんだが」
「ああ、そうか。明光院とあともう1人、我が教室の新たな仲間なのさ。おーい、自己紹介頼めるかなー?」
綾児の言葉に体を跳ね上げたと思うと、彼はのしのしと黒板の方まで歩いていく。
飾音と同じ白のカッターシャツ姿の彼は、少し長めの髪を後ろで結ってあった。
黒板に到着したと思うと、何故か何も言わずに三上達の方をじっと見た。
「ん…?」
「席に着けって言ってんじゃないか?」
確かに入り口で自己紹介を聞くわけにもいかないか、と思い、3人はそれぞれ並んで席へと着いた。
3人の視線が集まったのを確認すると、満を持した感じで、彼は口を開く。
「お……た……じ…な」
「ん?おたじな?」
「声ちっせぇぞ」
「…チィッ……!!」
明らかにこちらに聞こえる舌打ちをした後、コツコツとチョークで何かを書き始める。
そこに描かれたのは、ミミズがのたうつような…。
「ムッタタジナ」
「え?」
「俺の名前は!ムッタタジナという!!」
「ん?あ、文字かそれ」
綾児の言葉に目を見開くと、ムタタジナは再び黒板にチョークを突き立てた。
「牟田!茶知菜!これが俺の名だ!どっちも名字みたいな名前だね、とよく言われる!俺はそうは思わない!」
「なんだそれ…」
「そして、これは1度しか言わない。俺を呼ぶ時は“なっちゃん”と、あだ名で呼べ。そうしなければ…」
「そうしなければ?」
「──────殺す」
嘘偽りない目つきで、吐き捨てるように言った。
聞いていた者達の反応が返ってくる前に、茶知菜はすぐに元の1番奥の席へと、のしのし帰っていった。
「…おいヒゲメガネ。んだアイツやべーぞ」
「その辺で僕が勧誘してきたごく普通の生徒だよ」
「マジな顔で殺すとか言うやつが普通なワケねーだろ。その辺ってのは、あれか?スラム街とかその辺の殺伐とした地域のことを指してんのか?」
「…彼なりのコミュニケーションさ。受け入れよう」
「お前も狂ってんのかー。はぁ…な、おかしいよな?四季」
「悪い人ではないんじゃないかな」
「私なら殺られる前に殺るから大丈夫」
「ああ…まともなの私だけ」
自己紹介も程々に。相互、なかなかに円滑なコミュニケーションが取れ、その場の空気も落ち着いてくると、綾児は柏手を2度打った。
「はい、今日の授業は実習となりまーす」
〜〜〜〜〜〜
そびえ立つ、3階建ての廃ビル。
ペンキははがれおちて変色し、全ての窓がガラスを失っており、壁は所々が崩れ落ちている。落書きがされていないことが幸いか、多少はマシに見える。が、今にも何かが化けて出そうな雰囲気を醸し出していた。
「──────はい。これがその実習場でーす」
「おい、ここ“箱庭”の外だぞ。外の任務を受けれるのは20歳超えて、学校卒業したやつだけだろうが」
「受けたのは先生なんでセーフでーす」
「…おい四季、コイツ毎回こんなのか?」
「まだこの人のことはよく分からない」
「まあまあ、危険なんてなんにもない、安全な任務だからさ、ね?」
「カザネンの時も同じこと言ってたわね」
「…さっさと終わらせるぞ」
そう言うと茶知菜は廃ビルの中へと踏み込んでいく。
「まだ僕、実習内容言ってないんだけど」
「ならさっさと言えよ。茶知菜のやつ、どんどん行っちまうぞ」
「…!?なっちゃんと言え!殺すぞ!」
「あ、戻ってきた」
結構奥の方まで行ったかと思えば、すぐに踵を返し、早歩きで戻って来た。
真顔で迫り来る様子に、飾音は一歩引く。
「…?さっきの誰が言った?」
「さーな。おらヒゲメガネ、さっさと話さないとまた“なっちゃん”が行っちまうぞ」
「む、じゃあ明光院ではないか」
「お前おもしろいな」
「んん…今日の実習は、このビルの中にある重要書類の回収です。比較的安全な任務ですが念の為、皆同じ階で行動するように」
「もう任務って言ってますけど」
「は、はいそれでは実習始めます」
締めに柏手を打つと、5人揃ってゾロゾロとビルの中に入っていった。
ビルの中はひんやりとした空気が通っており、ホコリや瓦礫が目立つが、虫等はあんまり見られない。
そんなに広いビルではなく、1階にはエレベーターと受付、数部屋程度しかなかった。
重要書類とは、このビルにある書類全てが該当するらしいが、そもそもほとんどが劣化しており、きちんとファイリングされている物でも無事なものは少なかった。
「なんだ…?」
そう言って三上は首を傾げた。
書類の中の読めるページの文字を追っていくと、どのページにも不自然な脱字があるのだ。
それに加え落丁も。だが乱丁は一切ない。
重要書類という割には、情報が少なすぎる気がしていた。
「先生、これを回収するのが任務ですか?」
「結構あるんだよね、こういう仕事。上の考えることは分かんないよホント。あ、こっちはやっとくから向こうの部屋もよろしく」
「そう、ですか。分かりました」
三上は少し不自然さを感じながらも、シロと共に部屋へと向かう。やはり飾音の言動から察するに、“箱庭”の住人にとっては外に出ること自体が危険なのだろうか。
“憑景の衆”の存在が世に知れてないのだから、結構秘密に関しては厳しめなのかもしれない。
「なーに浮かない顔してんだ」
「飾音。まあ、ちょっとね」
「考えるのも分かる。こんなことするだけであのヒゲメガネは金貰えんだ。勘繰りたくもなるよな」
「先生、お金もらえるの?」
「それが任務だからな。このレベルなら小遣い稼ぎ程度だろうけど」
「みんな頑張ってるんだから、この後センセーに奢ってもらいましょ!」
「いいなそれ!」
いぇー、と2人して手を掲げる。
多分このことは恋花に知らせてないんだろうな。
恋花は外に出ないよう言ってたし、契約者にとって“箱庭”の外というのは特別なのかもしれない。
「あー、シロ?悪ぃんだけど、ちょっと四季と2人きりにしてくれねぇか?」
頼まれた部屋に入ると、飾音は照れくさそうに話し出した。
「なんで?3人で探そうよ」
「あの、ちょっと言えないんだけど…頼む!」
「なんでなんで、私のこと仲間外れにしないでよ」
「あー…しゃあねぇか」
ふぅ、と一呼吸置いた後、決心した表情で顔を上げた。
「カザネンからのお願い☆シロちゃんは、ちょーっとだけ、あっちに行ってくれないかな?キャピ☆」
「…うん!分かった!ちょっとあっち行ってくる!」
シロはかなり上機嫌な様子で綾児達の方へと駆けて行った。見ると、飾音は羞恥に染まった顔で俯いている。
「は、は…使えるなコレ。我ながら、良いスキルじゃねぇか…」
「飾音、大丈夫?」
「大丈夫、ではねぇ…けど、そっとしといてくれ」
「2人きりになりたかったのは何で?何かオレに用が?」
「そうだ、そうだったな…ちょっと屈んで、私に首を横に傾けてくれ」
「…?こう?」
言われた通りにすると、三上は首筋を見せる体勢となった。
飾音は上気した顔で、三上の首元まで顔を近づけた。
「お前が、私をここまで連れてきたんだからな。責任は取ってもらうぞ」
飾音は口を開け、三上の首元に噛み付いた。
「っ…?!か、ざ、ね?」
「ふぐにおある、もうひょっとがあんしろ」
痛みは無い。
だが、血液が首元から出ていってる感覚は、形容しがたい、不快なようで、気持ちの良いような感覚であった。
あと、不思議と声が出しづらい。
「んあっ…すまんないきなりで。ウチの象物のために必要なことなんだ」
「…普通に、やる前に言ってよ」
糸引く飾音の口内から、微かに血が垂れる。
首元に傷はない。身体の調子が悪い感覚も無かった。
「前はどうしてたのさ」
「私専用の輸血のパックがあった。そろそろ一人暮らしするから、そんなのに金払ってらんないなってな」
「え…もしかしてこれ毎日やるの?」
「そ、そうだよ。悪いか」
飾音は何故か顔を赤らめている。
わざわざシロを他所にやったのだから、彼女にとっては恥ずかしい行為なのだろうか。それを三上に見せているということは、それなりに心を開いているのかもしれない。
トッ トッ トッ
そうこうしていると、部屋にゆっくり向かってくる足音がしてきた。
「おー、シロ。もう終わったから、こっち来ていいぞー」
ゆっくり、ゆっくりと。
シロにしては遅い、快活さが窺えないテンポ。
綾児にしては重く、慎重過ぎる足音。
そして、茶知菜にしては高いその音。それは革靴を履いているような。
あの教室にいる誰1人として、革靴を履いていた者はいない。
「──────お前か」
それはやはり、知っている誰の声でもなかった。




