第11話 オリガミツキガール
息が白い。
早朝。三上は眠い目を擦り、朝日に向かって身体を精一杯に伸ばした。まだ通い慣れていない道に新鮮さを感じながら、歩みを進めた。
口には恋花が作り置きしていったトースト。
だが、手には何も持たず、片手には小ぶりの手。
「まだ眠い?もう9時よ」
「昨日の疲れがまだ取れてないかも」
ふぁ、と大きな欠伸をする。
半壊していた例の道場は何と1日で復旧作業を終えた。当然、通っている三上にはそこに向かうべきという考えがある。
そう、頭では分かっていた。
来るべき時間は8時30分。そして今の時刻は9時。
余裕で遅刻であった。
「もうちょっと寝たら?」
「いや、恋花に申し訳ないしいい加減行くよ」
「あんなやつのこと気にしなくていいわよ」
「それだけじゃない。先生に…いや、先生は遅刻しても何も言わなそうだな」
ヘラヘラ笑っている顔が浮かぶ。
昨日の飾音との一件といい、色々とお世話になっているはずなのだが、不思議と、何の尊敬の意も彼には湧いてこない。
親しみやすい人柄には見えるのだが、どこか責任感に欠けているような…。
「じゃあズル休みしてもいいんじゃない?」
「確かに怒られはしないけど、止めとく」
「なんで?」
「ズル休みって結構、憂鬱な気持ちになるんだよね」
いつだったか、翔真と2人してゲームをするためにズル休みしたことを思い出す。どこからともなくやってくる罪悪感で、満足に楽しめなかったのを覚えている。
翔真は、多分なにも気にしていなかった。
〜〜〜〜〜
徒歩でゆったり歩いて10分。
来た時と全く変わらない姿で、道場は建っていた。
事情を知らない人が見れば、少し前まで穴だらけだったとは思いもしないだろう。
特別どこかが改修されたわけではないらしく、あらゆる場所は時が戻ったみたいに治っていた。
「これもやっぱ不思議パワーでなおしてんのかな」
「──────そこの貴方!!」
と、いきなり正面から声をかけられる。
見ると、道場の中からツカツカと足音を立てて近づいてくる者が5人ほど。そのうちの1人だけが真ん中を陣取って先頭を歩いていた。いかにもなリーダー格の女は縦巻きツインテールを揺らしながら、険しい表情をしている。
「貴方よね?犯人は」
「へ?犯人?なんの話ですか?」
「しらばっくれないでくださる?!ここの道場の人間は全員現場を見てたんですのよ!」
「えぇ?現場って言うのは…ん?」
「加えて遅刻…話の通りの人物のようですのね」
犯人扱いされるようなことは全くしてな…いと思ったが、全然そうでもないことに三上は気づく。
「あのぉ、もしかしてアレですか?」
「ふむ…貴方の考えていることで概ね間違いはありません」
「すいません。暴走させちゃって」
「道場壊してごめんなさい」
「幸い、死人も怪我人も1人もいませんでした…ですが、だからと言って謝っただけで済むことと思ってますの?」
「はい、もうそれは…」
「なら、辞めてくださらない?もうこの道場を出入りしないでくださるかしら」
きっ、と威嚇するようにリーダー格の女は睨む。
明らかに三上のことを敵視しているようだ。
「いやそれは…あれ?よく考えたら、別に辞めてもそんな困らないか」
「勉強なら先生に教えてもらえばいいものね」
「だよね。暇そうだし、先生」
「どうする?先生に言いに行く?」
「そうしよっか」
「な…ちょ、ちょっとお待ちになって!!」
焦った顔で前を過ぎようとする2人を、女呼び止める。
「貴方、あの恋花様に推薦されてここに入ったのでしょう?そんな簡単に辞めて、恋花様に申し訳なくないのかしら?」
「…本当だ。恋花にちょっと申し訳ないな」
「いいんじゃない?アイツが連れてきたんだし」
シロの“アイツ”呼ばわりに女の取り巻きがザワつく。
それと同時に、女の目が妖しく光った。
そして、今こそ好機と言わんばかりにまくし立てる。
「聞き捨てなりませんわね!恋花様を蔑ろにするようなその発言!」
「はぁ?別にいいでしょ。私アイツ嫌いだし」
「恋花様は我が道場の、いえこの“箱庭”希望の星!そのお方をバカにされては、ワタクシ達黙ってはいられませんの!」
「いや別にバカには…」
「決闘しましょう!道場らしく!ワタクシが勝ったら貴方はここを出ていく!それでいいでしょう?」
取り巻きが後ろへ下がると、女の周りを桃色の紙吹雪が舞い始める。
象物の力だろうが、その象物の姿は見えない。
自信満々の顔で女は構えをとった。
「さぁ、貴方の象物も見せてご覧なさい。道場を破壊したというその悪魔をね!」
「見せるもなにも目の前にいますけど」
「決闘って、何すればいいの?殺せば勝ち?」
「っ、余裕のつもり?なら、こっちから行きますわよ!!」
女が手を振り上げる。
紙吹雪によって形成された手裏剣が、三上目掛けて走った。
その瞬間──────
「その辺にしとけヨ」
横から飛び込んできた小さな黒い影が、手裏剣を奪い去っていった。
「悪いのは石川っつーセンコーの不注意だ。三上を恨むのはお門違いだ」
「飾音ちゃん!」「カザネン!!」
白いカッターシャツ姿の、明光院飾音が三上の前に立っていた。
「誰ですの。貴女」
「こいつのダチだ。今日からこの道場に通う」
「飾音ちゃん、もう大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。あと、ちゃん付けやめろ」
「部外者が邪魔をしないでくださる?!これは私とその方の決闘ですのよ」
「やめとけよ、怪我すんぞ。なんせ道場壊せるレベルの象物を、こいつはひとっつも制御出来てねぇからな。戦ったらまたぶっ壊すぞ」
「でしたら、やはり今すぐ辞めさせるべきです。この道場に品格を損ねることになります」
「コイツがここ通ってんのは、この道場でなら育てられるっていう、恋花嬢の判断だ。辞めさせたかったら恋花嬢の方に言えよ」
「くっ…このっ!…」
女は振り上げた手をゆっくり下ろし、深呼吸した。
自分で怒りを抑えているのだろう。理性的な人だ、と三上は思う。
「今日は!!この辺にしておきます。またあったときは、覚悟しておきなさい!」
「あ、はい」
「私は百合川千弦。誰よりも、恋花様を慕う者ですわ!!それでは!!」
ツカツカと靴音を鳴らし、堂々とした佇まいで消えていった。言動といい、恋花に対しての思いやりが所々で窺えた。恋花の知り合いだったのだろうか。
「ふぅ…散々だなお前ら」
「カザネンもここに通うって本当なの?」
「あーそうだよ。お前らと同じ教室だ。引きこもり生活長かったから、体が鈍っちまってな」
「あれ、じゃあ飾音遅刻じゃん」
「お前らもな。恋花嬢は今日任務だから、今頃あの汚髭野郎1人だゾ」
「飾音は恋花と知り合いなの?」
「まぁ、前に世話になったことがあってな」
「カザネン、一緒に行きましょ!」
シロを間に挟んで、手を繋いだ。時刻は9時30分を回っている。既に1時間の遅刻となっているが、3人は“別にいいか”と考えていた。




