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第103話 気負い

 

 1体1


 傍から見ればそういう状況に見えるだろう。

 実際、今から戦うのは1人の契約者と、やはり1人の契約者。だがしかし、その両者の間には大きな差があった。それは技術の差や経験の差のような、言い表せないものではない。


 簡単に言い表せてしまう、単純な力の差。


「行くぜ。“忠牙”、“孝牙”、“悌牙 ”」


 恋花の象物は一つなのに対し、佳主真は三つ。

 それが表しているのは、単純な膂力の差であり、秘めている代力の差でもあり…その差は3倍である。


「っ…“義牙”。ここが私たちの踏ん張り所よ」

『御意』


 “八犬”

 八つの犬の象物。

 それぞれが名家並の象物1つ分の力を秘めており、特殊な能力はないがその力は契約している象物の数が増えれば増えるほどに、比例して増えていく。


 シロは動けない。飾音はシロを守りながらも能力で“門”を探すのに集中している。

 今のこれが、勝てる戦いではないことは、恋花自信が百も承知。しかし、今この場に必要なのは勝利ではない。


 守り人“り煙”、または桐緒の到着。


 その時間稼ぎくらいならできると、恋花は踏んでいた。


「じゃ、やるか。いつぶりだろうなお前との手合わせは」

「さあね。覚えてない」

「あん時は俺様もヤンチャしてたからなぁ…どんなやつだろうとボコボコに」

「空木家の当主。思い出話に花を咲かしている暇はありませんよ」

「…はいはい。長が言うのであれば」


 佳主真は気だるげな様子でようやく動き出す。

 ──────この余裕のある振る舞いは、私の実力を侮っているから。手合わせをしたのは8年も前。一泡吹かせるくらいはやってみせる。


 恋花はそう考えながら、握り拳を作った。


 両者歩み寄り、互いの射程内に入ったその瞬間。


「──────“八拳”!」


 恋花が先に突きを繰り出した。

 代力による強化をのせた正拳突きは、マッハを優に超える速度で佳主真の鳩尾へと向かった。

 が、しかしその一撃は鳩尾に到達することはない。


「“八拳”」

「──────っ!!」


  ガ ン ッ !!


 それ以上の速さをのせた蹴りが、恋花の拳ごと蹴り飛ばしたからである。

 恋花の四肢は面白いくらいに廊下中を跳ね回り、動けないシロの前で止まった。


「恋花っ!!」

「レン、カ…!」


 恋花は虚ろな眼差しで横たわっていた。


「遅せぇよ。一泡吹かせてやるって目してたけど、お前じゃ遅すぎる」

「っ…!こうなったら私が──────」


 気を奮い起こそうとする飾音を制止したのは、立ち上がった恋花であった。


「大丈夫、だから。飾音は、“門”を探してて」

「…ああ、わかった。信じるぞ」


 恋花は口元の血を拭い、再び佳主真の前へと立った。

 先の一撃で既に実力差は明白。恋花がいくら己を奮い立たせたところで、状況は何も変わっていない。


「次は本気でいくぞ」


 佳主真は恋花を見据えながら、片足を少し浮かせた。


「どうぞご自由に」

「ああ、そうかい」


 バ ゴ ン !!


 生身の人間から出てるとは思えないような音。

 それと共に、再び恋花の身体は弾け飛び、天井へと激突した。


「──────っ、かはっ!」

「今度は防いだな。何発耐えれるか数えてやろうか?」


 天井から瓦礫と恋花が落下する。

 飾音が心配げな視線で見つめる中、満身創痍の身体を全力で治癒しながら、恋花はもう一度立ち上がった。


「その、必要はないわ…佳主兄は、次の、私の一撃で…!」

「三発目」


 容赦のない蹴撃が恋花を襲う。

 全く同じ速度で再び吹き飛び、そして当たり前のように恋花は再び立ち上がる。

 変わらない状況。

 しかし、恋花の目から闘争心が消えることは無かった。


「四発目」

「っ──────!!」


 再び。


「五発目」

「っ、ぃ──────!!」


 再び。


「六発目」

「──────!!」


 再び、恋花は立ち上がった。

 両腕は不気味にへしゃげ、身体のあらゆる部分が色とりどりに腫れ上がっている。開始と比べれば酷い変わり様である。

 それでも、恋花の目には変わらず火が宿っていた。


「そんな手じゃ防御もできねぇだろ。恋花。お前がしたいのは時間稼ぎだってのは分かってる。分かった上で、ここまで手加減無しでぶっぱなしてやった」

「ふぅ…っ…!ふぅ……!」

「お前、変わったな。健吾のことばっか考えてた頃とはえらい違いだぜ」

「空木の当主、そろそろ終わらせたまえ」

「……今のは、死にゆくお前への手向けの言葉だ」


 祈るように、悼むように、佳主真はゆっくりと足を上げた。


「悪ぃな。今の俺は当主だ」


 ド ゴ ォ ッ !!


 七発目。

 佳主真の振り上げた脚は間違いなく恋花に命中し、炸裂音にも似た音と同時に恋花の細い身体は廊下中を跳ね回った。

 そして、その次の瞬間に立っていたのは──────


「っ、あぁ?!」

「誰が、時間稼ぎですって…はなから倒す気だったわよ…!」


 恋花の方だった。

 佳主真は怪訝な表情でその場に跪いている。

 予想外にも、彼の顎には誰かが蹴った跡が残っていた。


「コイツ…折れた腕で無理やり防御しやがって…!」

「皆、そう。皆何か、背負ってた…!」

「ああ…?!」

「でも、私には何も無い。何も変わってない。健吾の時と同じ…また、守りたいものを守れなかった…!」


 もはや原型を留めていない両腕。

 感覚もないのだろう。

 それでも、恋花は立っている。

 瞳の火はまだ、消えていない。


「それでも、私は胸を張って生きたいの!こんな私でも、何かを背負えるくらいに強くなりたいって、まだ思ってる自分がいるのよ!」

「う、るせぇな…!ここで死んだら、全部パーだろうが!!」


 佳主真は立ち上がり、今度は予備動作なく蹴りを放った。

 それに対して、恋花に防御をする手立てはない。再びカウンターを狙おうにも、もはや身体は1ミリたりとも動かなかった。


「レン、カ」

「──────恋花!!」


 当たるとその場にいた誰もが思った──────ある1人を除いて。


「いいっスね!そういう熱いのムチャ好きっスよ!!」


 その刹那、佳主真の放った蹴りの足先からその全身にかけてが、一瞬にして凍りついた。

 そして、彼女は笑顔とともに現れる。


「時枝の巫女様!大変お待たせしましたー!氷室の美也城っス!!」


 敬礼とともに、快活な笑顔で現れる。


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