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第101話 白煙

 

 飾音達は“り煙”の用意した簡易の転送門を使い、病院から出た。出た先にあったのは、青空と生い茂った木々。そして──────


「おい、り煙。どーなってんだよ」

「申し訳ありません」


 4人の目の前に見えていたのは、大勢の契約者達であった。


「やはりここに来たか。“白尾”」

「門の存在に気づかれていたようで。転送先で待ち伏せされていたみたいです」

「そんなの説明されなくても見りゃ分かんだよ!」

「はい、申し訳ありません」


 焦りの怒号を飛ばす飾音に、何故か“り煙”は嬉しそうに謝った。その騒ぎを聞きつけたのか、木々の向こうに見えていた他の契約者達もゾロゾロと集まってきている。


「どうするの?これだけ囲まれてたら流石に逃げるのは難しそうだけど…」

「あー、その辺は心配すんな。こいつの事だからどっかに逃げ道作ってる」

「……どういうこと?」

「今この転送先に追っ手がいることを、コイツが気づかねぇワケがねぇんだよ。コイツは空気が流れている場所は大体把握できるんだからな」


 飾音は苛立ち混じりに言う。


「つまり、コイツは敵が待ち伏せしてんのを分かってて言ってんだ」

「それって、まさか裏切り…」

「馬鹿なことを言うな。俺が巫女様を裏切るわけがない」


 “り煙”は恋花に冷たく言い放った。

 飾音はやれやれといった様子で肩をすくめた後、“煙の矢印”で示された方向へと歩いていく。


「コイツは私が怒ってるとこ見てニヤニヤしてんだよっ!おらさっさと行くぞ!!」

「な、何それ?ほらシロ行くわよ」

「変な人」


 シロの言葉を“り煙”は鼻で笑った。

 3人は眼前の追っ手など見えていないかのように、森を抜けようと歩く。


「っ、逃がすか!!」

「…無駄だ」


 追っ手の内一人が攻撃を放ったが、その攻撃は3人に触れることもなく、突如現れた煙によって消滅してしまった。


「今、この場は俺に任された。分かるか?」


 次々に現れ集まってくる契約者に対し、“り煙”が怖気付くことはない。むしろ前へと1歩、歩み出た。


「ク、ククク…ははは!最高の気分だ!!見たか?!あの巫女様の顔!少しだが、怒っていた!素晴らしい!あの死んだ目をしていた頃とは全く違う!久しぶりにあんなに人間らしい巫女様を見たぞ!はははは!!」


 その強面からは想像できないくらい、上機嫌に、手を叩いて喜んだ。その突然の変貌に周りの契約者達はたじろいだ。

 誰も、もうシロが逃げていった方向を見る者はいなかった。

 そんな中...


「──────呑まれてんじゃないよ、お前たち」

「…!!」


 契約者の群れの中から、突如として水の玉が飛び出してきた。

 バレーボール大の水の玉は4つ、“り煙”の手足に命中すると、そのまま木に張り付き、“り煙”を瞬く間に拘束した。


「全く...たかが契約者1人に、私たちが止められるはずがないだろ。こっちは…えーと?何人?」

「この場にいるのは52人ですよ」

「…メンドクセェな。お前ら、“白尾”の方、追ってろ」


 他の契約者とは別格の雰囲気を纏った契約者が3人“り煙”の前に現れる。

 拘束された状態でありながら“り煙”はその3人を鼻で笑った。


「“河童”に“から傘”、“ろくろ首”か。有名な連中が揃っているな」

「なんだ。私たちのことくらいは知ってるんじゃないか」


 “守家九臣”

 箱庭を守ることを任せられている“憑景”の中でも指折りの契約者のことでいる。名家には劣るが、その実力は一般の契約者とは比べものにならないほどだという。


「…いや、お前らのことは知らない」

「は?じゃあなんで契約してる象物(ヴィジョン)を知っているんですか」

「気配を感じたからだ。そいつらとは少し、面識があるからな」

「何言ってるんだコイツ」


 ハァ、と“り煙”は深くため息をついてから言った。


「今の俺は機嫌がいい。大人しく帰るのなら、見逃してやってもいいぞ」

「「「はあ?」」」

「聞こえなかったのか?」


 手足を拘束された状態のまま、“り煙”は真顔で喋り続けていた。


「…言っとくけど、もうお前はなんの攻撃もできないわよ。見たところ、煙を利用した契約者ね。どこの誰かは知らないけど、そんな偉そうにしてられるのも今だけよ」

「こっちには何もかも止められる術があります。火を使って煙を起こそうものなら“河童”の水。仮に煙が怒るような何かがあったとしても“から傘”の風で終わりです」

「ろくろ首は何もしないのか?」

「オレが今からテメェのトドメ刺すんだよ」


 得意げな表情で“ろくろ首”の男は“り煙”の前へと歩み出る。彼は腕を蛇のようになるまで伸ばし、鎖鎌のように回し始めた。


「泣いて謝るんなら、大人しくお家に帰ってもいいぜ」

「はぁ…別に聞こえていなかったわけではないんだな。そのマヌケに伸びた腕をどうするんだ?」

「テメェに叩きつける。いいか?遠心力ってのはな」

「ケガするぞ」

「──────馬鹿が」


 一切の躊躇なく、男は回しきった腕の拳を“り煙”に向かって叩きつけた。


 ゴ イ ン !


 金属音にも似た音が鳴り響く。

 その直後、地に伏していたのは当然──────


「──────あっ、あがっ!!」


 男の方であった。

 “り煙”の足元にはいつの間にか白い金属のようなものが落ちていた。


「…!なんだ、何が起こった?!」

「俺はお前ら下の下の契約者とは格が違うだけだ」


 一呼吸おくと、“り煙”は当たり前の様に腕力のみで水の拘束から脱出して見せた。地に伏している男のことなど気にすることなく、落ちていた白い金属のようなものを拾い上げた。


「お前らのような契約者は無から何かを生み出すことができない。空を見たことがない者が空を思い浮かべられないように。だからお前のような水を操る契約者は水を持ち歩いている」


 フッ、と“り煙”が息を吐くと、それは白く濁り、それは煙へと変貌する。


「俺は違う。何もない所から“煙”を生み出せるし、何かを“煙”へと変換することが出来る」

「…!そんな、馬鹿な」

「そしてこの代力で生み出した“煙”に、更に代力を加えると…」


 刹那、宙を漂っていた煙は突如としてその姿を変える。白い煙は、白い固形の何かに。


 キンッ、と音を立ててそれは地面を跳ねた。


「そして、この煙が今この場にいる契約者の体内に侵入済みだ」

「ひ…!」「な…!?」

「お前らがここにいるのは分かっていたからな。何か攻撃をするとかなんとか…その以前に俺は攻撃を済ませていたというワケだ」


 その場にいた全員の表情が固く強ばった。その場を支配していたはずの“守家九臣”の3人も含めて。

 “り煙”はそれに対して勝ち誇った表情をするまでもなく、やはり真顔で続けた。


「貴様らが巫女様を追うのを止めなかったのも、こういう理由だ。さて、もう一度言うが──────」


 背後の木にもたれかかり、告げた。


「今の俺は機嫌がいい。大人しく帰るのなら、見逃してやってもいいぞ」


 “守り人”は笑わない。

 巫女以外のことに、その表情を歪めることは無い。

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