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第100話 蛇行

 

「……シキ。どこ行ったの」


 目覚めると同時にシロの体からは尾が伸び、立ち上る湯気のように蠢いていた。目覚めたシロは困惑しながらも、辺りを見回した。


「おはよう、シロ」

「…あなたは。それにカザネン、も……!!」


 桐緒に見つけた途端、シロは己の身をシーツで包んだ。


「な、なんであの人がここにいるの」

「あー、そうだったな。大丈夫だって、あのロンゲは何もしねぇよ」

「い、嫌。あの人は嫌なの」

「……一旦、外出とくっスよ。話が終わったらまた呼んでください」

「あっ…待ってください桐緒様!」


 桐緒は肩をすくめながらも、病室から出ていった。それに遅れて千弦も部屋から出ていった。

 桐緒がいなくなったことを確認すると、シロはホッと肩を撫で下ろし、シーツから身を出した。


「…?」

「どうしたお嬢」

「いや、桐緒にしては大人しい対応するだなって」

「ロンゲがいたらシロがまともに話せねぇからな。普通に空気読んだんじゃねぇの」

「そう…かしら」

「ねぇ、今シキはどうなってるの」


 シロはベッドからヒョイと下りると、傍に畳んであった衣服に袖を通していく。


「私たちには何も分かんねぇよ。今無事なのかすらも」

「生きてるわ。ついさっきまで、私とシキは契約してたもの」

「ついさっきまで…?」

「今さっき、シキとの契約が切れたの」

「…!それって、大丈夫なの?!」

「契約はシキが自分から切った…だと思う。何があったのかは知らないけど、シキは無事…だと思う」


 いつもの我儘放題な彼女はそこにいない。

 落ち着き払った様子でシロは続ける。


「私…シキに嫌われたくなかった。酷いことしたから。だからずっと寝てたの。話すことがなかったら、これ以上嫌われないって、思ってたから」

「でも、そのせいで私はシキのそばにいられなかった。それで今シキは、多分1人で頑張って、1人で無茶をしてるんだと思う」

「私は、嫌われてもいい。嫌われてもいいから、私はシキのそばでずっと、シキのことを守る。それが正解だったんだって、今そう思ったの」


 立ち上っていた尾を自分の中へと収め、決意の瞳を向けた。


「これも間違いかもしれない。けど、今はこれでいいと思ってる」

「…で?どうすんだよ」

「シキに会う。だから協力して?」


 シロの命令に対して、飾音はためらうことなく答える。


「ふっ、当たり前だ。そのために今私らはここに来たんだよ。なあお嬢?」

「ありがとうカザネン。それと……」


 シロは少し言い淀み、恥ずかしそうに口を尖らせながらその名を口にする。


「れ、レンカも」

「…!シ、シロォ…」

「何よ!名前呼んだだけでしょ!!」

「それだけでも嬉しいのォォ…!」


 ゾンビのような動きで近づいてくる恋花をシロは必死に追い払う。飾音はその光景を眺めながら苦笑していた。

 その直後──────


 ド ゴ ォ ン !!


 上の階層から爆発音が響いた。


「…!もう追っ手が来やがった!」

「まずはこの場から離れて…そこからどうするの?!」

「“箱庭”にいる以上追われ続けるんだろ?とりあえず“箱庭”からの脱出が第一目標だ。一旦病室から出るぞ!!」


 緊迫した雰囲気の中、飾音は病室から出ようと引き戸に手をかけた。


「…!!いけません巫女様!!」


 わずかに開いた引き戸の隙間から、突如伸びた刀が飾音を襲った。刀は飾音の喉元、すんでのところで止まる。


「…っぶね…!」


 刀を止めたのは“煙の鎖”。どこからともなく伸びていた白煙の鎖が、刀を絡めとっていた。

 数秒もすると、引き戸の向こうで人の倒れるような音が聞こえ出した。


「気をつけてください。もうこの病院は“憑景”の契約者で包囲されてます」

「マジか。やべぇ思ったより早ぇ」

「と、なると思ったので、この病室と外の空間を私の能力で繋げておきました。いつでも出られます」

「やるじゃねぇか!となればロンゲ達を呼び戻して…」

「無理です。彼らはもう交戦しています。一度この場にいる者だけで出るべきです」

「ああ?!おい“り煙”!お前今、私に仲間見捨てろって言ってんのか?!」

「……」

「大丈夫よ。飾音」


 “り煙”の胸ぐらを掴む飾音に対して、恋花は余裕の表情で話した。


「今の桐緒に勝てる契約者なんて、“憑景”には1人もいないわ」

「え…?アイツちょっと体が丈夫なだけの脳筋ステゴロ野郎だろ…?囲まれたら袋叩きにされてしまいじゃね」

「それが、もうそうでもないのよね。アイツにどんな心境の変化があったのか知らないけど」


 不思議そうに首を傾げる飾音。

 恋花は少し得意げに笑って見せた。


 〜〜〜〜〜〜


 病院内。

 廊下には、白尾を捕獲するために送り込まれた契約者達が五体を投げ出し、地に伏していた。

 その中を通りにくそうに歩く、長髪の男。


「おーい百合川。俺の毒吸ってねぇだろうなぁ?!」

「は、はい桐緒様!訓練通り無事で…あいたたっ!踏んでます!桐緒様っ!」

「お、そんなとこにいたか」


 桐緒は嘆息しながらも、倒れている追っ手達に押しつぶされていた千弦を面倒くさそうに助け出した。


「あー、これでとりあえず全部倒したか?」

「はいっ!見たところはこれで全員かと──────」

「見つけたぞ。星衛家の面汚しが」


 桐緒が振り向いた先には、大柄の追っ手の契約者が1人立っていた。


「百合川嘘つくなよ。まだいんじゃねぇか」

「すっ、すいません!」

「名家の象物(ヴィジョン)の力を、このような病人のいる場で、よもや謀反を起こすような輩が扱うとは…!」

「“謀反”って(笑)。どんな風に聞いてんのか知らねぇけどよ、戦う相手は選んだ方がいいぜ」

「“火轢葬”っ!!」


 追っ手は怒りの表情と共に火の車輪をすぐ側に出現させた。車輪は高速で回転し、火を燻らせながら桐緒に向かって突進を始める。


「火って、お前の方が周りに迷惑かけてんだろが…!!」


 桐緒は迫る車輪を“素手”で受け止めた。


 ギ ャ リリリリリリリ!!


 火花を散らしながら回転する火車。

 回転は次第に弱まり、やがてそこから動くことなく桐緒の手の中で完全に停止した。


「…!馬鹿な」

「悪いが、今の俺は最っ高に好調なんだよっ!!」


 そのまま手に持っていた車輪を追っ手目掛けて投擲する。車輪は契約者本人に触れる前に消えてしまった。

 だが、そんなことに構うことなく桐緒は追っ手に向かって飛び上がった。


「へははっ!いいぜ“七歩蛇”その調子!!もっと俺に寄越せ!!」

「こんなただの蹴り、受け止めて──────!!」


 無慈悲のドロップキックが、追っ手の腕諸共吹き飛ばす。

 数回床を跳ねると、吹き飛んだ追っ手は他の者達と遜色ない様子で、倒れたまま動かなくなった。


「ヒュー!最っ高だねこの力。これなら翔真にも負けねぇ…!かははっ!!」

「桐緒様。恋花様達はもう病因から出たようです。我々も行きましょう」

「あー、そうか。さっさと合流すっかあ」


 そうして死屍累々を踏みしだきながら、桐緒はその場を後にする。


 後の報告によれば、その場にいた“憑景”の契約者に死亡した者はおらず、病院にいた患者及び職員には何の被害もなかった…とか。


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