第99話 裏話
ピー ピー
空調の音が静かに流れる部屋の中、定期的な電子音が病室をこだましている。そんな病室の扉を、2人の女が尋ねてきた。
「──────入るぞ」
内1人が引き戸を開くと、部屋中に立ち込めていた白煙が廊下へと流れ出ていく。
「うわっ、何この煙」
ゆっくりと雲のように流れていく煙。それを見た恋花が思わず声を出した。
「気にすんな。ウチの者の能力だ」
「害はないのよね…?シロに何ともないならいいけど」
「安心しろ。人間にも象物にも、悪影響はない」
部屋の奥から男の声が聞こえる。見ると、ベッドに横たわっているシロの傍に、銀髪の青年が腕を組んで立っていた。
男は入ってきた飾音を見るなり、すぐさま膝まずく。
「“九尾”の警護。なんの問題もありませんでした」
「誰も来なかったか?」
「病院の周りをうろつく“怪しい輩”が何人か」
「ははーん。やっぱな」
「どういうこと?シロを狙うヤツらが“箱庭”に侵入して来てるの?」
「いーや?“箱庭”自体はいつも通りだな」
飾音は気だるげな仕草ですぐ近くにあった椅子に腰をかける。すると、腰を下ろす一瞬で椅子は消え失せ、いつの間にかそこには煙で象られたソファが現れていた。
「…余計なことすんな」
「そこの椅子は安物です。巫女様にそのような物に身を預けさせるわけには…」
「なんでもいいんだよ…ったく」
「…飾音、もしかしてこの人って」
「“守り人”だ。“り煙”って名前でな、目つきは悪いけど間違いなく私らの仲間だから安心しろ」
“り煙”は表情を変えず、ずっと腕を組んで立っている。
“守り人”とは、“時枝家”直属の契約者集団である。メンバー構成も、契約している象物も一切が隠されているが、名家をも凌ぐ実力者の集まりだという噂も流れている。
「それで、この人が言った“怪しい輩”ってのは何なの?飾音はどこの人間なのか目星がついてるみたいだけど」
「なんのことはねぇ。“箱庭”の中にいた人間なんだから、普通に考えりゃ“憑景”の人間だろ」
「…?なら、別に怪しくはないんじゃない?」
「その話はあと一人が来てから…っと、もう来たか?」
廊下の方から2人分くらいの足音が聞こえてくる。
足音が止まるとすぐに引き戸が開けられ、その2人は現れた。
「よ、ちょっと遅くなった」
「桐緒、と千弦ちゃん!!」
「お、お久しぶりです…恋花様」
現れたのは星衛桐緒と百合川千弦。
星衛家の現当主とその付き人であった。
「誰か連れてくんなら事前に言っとけヨ。ちょっと身構えちゃったじゃねぇか」
「百合川が勝手に付いてきたんスよ。巫女様が迷惑と言うのなら追い返しますけど」
「いや、いいよ。今は猫の手も借りたい」
「もう巫女様って言っても怒んないスね」
「もう巫女に“なった”からな」
「……へぇ」
直後、少し不機嫌な顔をした桐緒に刀が突きつけられる。刀の主は“り煙”。桐緒を睨んでいた。
「なんだよ」
「今、巫女様をバカにしたか?」
「なにも言ってねぇスけど」
「死にたくないのなら──────」
と、言いかけた“り煙”の身体は、折り紙でできた手裏剣によって一瞬で包囲された。
「どなたか存じ上げませんけど、その刀下ろしてくださる?」
「……」
一時の静寂と、硬直。
その時間は桐緒の言葉によって終わりを迎えた。
「百合川、そいつ多分“守り人”」
「……えっ?はっ?!“守り人”って、あの?!」
「“り煙”。ケンカすんな」
「御意」
主の声で両者は即座に武器を納める。
いきなりの“挨拶”に、恋花からはため息が漏れ出ていた。
「よし。まあ実は1人足りてないんだが、大体揃ったしメインのお話するかね…まず、この辺をウロついてた“怪しい輩”の説明からだなー」
その場にいた面々が椅子に腰掛けるのを確認すると、飾音は話を始めた。
「この辺にいた奴らの正体は、ここに寝てるシロを狙った“憑景”の人間だ」
「なんで今更“憑景”の人間がシロを狙い始めるの?」
「狙い始めるっつーか、四季がシロと一緒に“箱庭”に来た時点で、“憑景”はシロを狙ってたんだよ。今はその動きがちょっと大胆になってきてるだけだ」
「それは、やっぱり四季がいなくなったから?」
「そーだな。それもあるだろうし、今こうしてシロが身動き取れない状態だからってのもある」
「……待ってくださいよ巫女様。そもそもなんで“憑景”がシロちゃん狙う必要があるんスか?四季くんの言うことしか聞かない子なんだ。捕まえたところで、そう簡単に利用できねぇっスよ」
「お前らは確か…“童の足跡”から直接聞いてたよな。“九尾”のこと」
“九尾”
シロやクロの元になったという象物。
その身から生えている尾は本来ならば九本であり、その力もシロやクロの数倍はあるという存在のことだ。その力があれば、どんな願いも叶えられるという。
「シロやクロみたいな“九尾の片割れ”は、同じ存在を吸収することで、その“九尾”本来の力に近づいていく…片割れと契約しているやつらは、どうにかして他の片割れを捕らえて、吸収させたいはずだ」
「つまり“憑景”がシロを狙うのは…」
「その“九尾”の力。尻尾目当てだろうな」
「でも“憑景”にシロ以外の九尾はいないはずでしょ?シロを捕まえても、言うことを聞かないんじゃ意味が…」
「それが、いるんだな。黄色い尻尾の片割れを持ってるヤツが」
「…誰?」
「風間和葉。風間家の元当主で、風間式の父親だ」
「……」
「確か、今は和氣龍馬って名乗ってるんだっけかな?」
「…!長が、九尾を…!?それに風間って…」
「ソイツの近くに象物がいなかったか?なんか居たなら、多分それが“片割れ”だ」
恋花はすぐにその象物を思い浮かべられた。
いつも長の近くにいた、黄色い髪の人型象物。
「そんな…確かあれは長が研究してたっていう“人工の象物”なんじゃ…」
「人工の象物なんてもの、1人の者の努力でできるようなものでは無い。少し考えれば分かるがな」
と、“り煙”が鼻で笑った。
恋花は情報の一つ一つを噛み砕くように、ゆっくり考え込んでいた。
「ま、そういうワケで今シロは“憑景”中から狙われてるってことナ」
「……」
「百合川、帰りたいなら帰っていいぞ」
「い、いえ、私は桐緒様の付き人ですので」
「…は!よおく言った。もう引き返すなよ。何があっても。もう無理だからなぁ」
へへ、と苦笑いする千弦に、桐緒は邪悪な笑顔で返す。
「……と、まあでも、シロが動けない以上、私たちはここに張っとくしかないし。“憑景”の連中もシロが目覚めない以上は、この病室の場所までは分からないから──────」
「──────巫女様下がってください!!」
ズ オ ッ
と、一気に病室全体に異様な雰囲気が漂う。
寝起きで機嫌最悪な猛獣が、その場に現れたかのような。ピリついた空気がその場に漂う。
全員がその出処に目を向ける。
話の中心にあった、ベッドに眠っている彼女へと。
「……四季。なんで?」
白い尾を発現させ、その場に佇む彼女の頬には涙が一筋流れていた。彼女の内にあったのは、確かな喪失感。四季と彼女を繋いでいた、繋がりの消失であった。




