第10話 木の葉の風
「私の部屋から、出ていけぇーー!!」
飾音の絶叫と共に、三上とシロの身体は衝撃波によって吹き飛ばされた。
ガラスや庄子を突き破り、2人は敷地内の庭へと転がり出たが、シロの尻尾がクッションとなり、2人は無傷である。
「なんだなんだ!どうした!」
「騒がしい、何事ですか!」
騒ぎを聞きつけた綾児と貫田が駆けつける。
見えるのは割れたガラス、投げ出された2人、そして…。
「あの男…!やっぱりそうだ!テメェ、何しにきやがった!!私に何をして欲しいってんだ!!」
「どういうことですか?石川さん?!」
「あ…やべ、もしかしてバレた?」
「ふぅ……!ふぅ…!死ねぇぇぇ!!」
飾音の叫び声に呼応して、周りのコウモリが鳴き声を上げた。
甲高い、電子音にも似た声は幾重にも重なり、耳を塞ぎたくなるような轟音に豹変する。
パリン パリン パリン
ガラスが一斉に割れる。
飾音は必死の形相で、コウモリ達と共にこちらを睨んでいた。
「ち、超音波でガラス、割れたよなぁ?」
「…?」
「ほ、他も割れるってことだよ!!あぁ?!」
指にはめていた金属製の指輪を数個、三上に向かって投げつけ、指輪目掛けて、握り拳を作って見せた。
「解釈拡大──────“共振爆”!!」
コウモリが一斉に鳴いたと思うと、今度は投げられた指輪が一斉に弾けた。
砕けた金属の破片は、弾丸の如く飛び交い、三上達を襲う。
「…!シキ、危ない!」
破片は守るよう展開した尻尾によって飲み込まれ、消える。
シロの表情はあっという間に臨戦態勢へと移行していった。
敵だ、親友を殺そうとしたのだ、憧れの存在だろうと許す訳にはいかない。
「よくも…!」
「さ、先にやってきたのはそっちだろ?ああ?!」
2人を包むので精一杯だった尻尾が、みるみる大きくなっていく。
対する飾音を囲むコウモリ達も、みるみるその数を増やしていく。
白と黒。
対比するかのようなお互いの群が、今にも庭を埋め尽くさんとしていた。
「前みたいに追い返しただけじゃ、また来るんだろ…?殺してやる、殺してやるよ!!」
「そんな小さなお友達で私達が…」
「シロ、オレのお願いを聞いて欲しい」
「…なに」
焦るわけでも、怒るわけでもない。
三上はシロに優しく問いかける。
「戦わないで、オレを守って欲しい」
「なんで。また、殺すなって言うの?」
「そう。オレはシロに人殺しをして欲しくないし、あの子にも──────」
至って落ち着いた様相で、飾音に視線を投げた。
蠢く黒の中で、無数の赤い瞳が三上を見ている。
「…救いたいんだ。だから…お願いできるかな?」
「!…任せて!私は、私はシキの親友なんだから!なんでもできるわ!」
「…ありがとう」
「キ、キヒヒ…!血ぃ、血ぃ吸い尽くして、ミイラみたいにしてやるよ──────!!」
飾音が手を振り上げると、黒の群は霧散し、獲物目掛けて一気に飛びかかった。
黒雲に臨む2人は、逃げも隠れもしない。むしろ清々しい表情をしている。
「ちょ、三上!逃げろって!」
「センセーはそこで見てな、さいっ!!」
掘削機のように、シロの尻尾は飛びかかるコウモリ達を追い払う。
黒と白だけの風景の中、三上はじっと考えた。
自分自身の安全ではなく。
シロの心配でもなく。
ましては、依頼を達成した後の報酬のことでもない。
そして、明光院飾音のことでもなかった。
こんな時、翔真ならどうするだろうか。
それだけを一心に考えていた。
トラウマを刺激され、怯えきった顔で、目の前の敵を迎え撃つことしかできない少女。
翔真なら彼女を救える。
何をどうすれば“翔真のように”彼女を救える?
三上はひたすら考えた。
「…ん?」
そして、考え切るよりも先に、三上は感じ取る。
コウモリの中に在る違和感を。
「シキ危ないよ!もっと下がって!」
「大丈夫、ちょっとだけだから」
三上はそう言うと、コウモリの波に手を突っ込み、何かを掴むとすぐに引っ張り出した。
手にあったのはやはり、なんてことない1匹のコウモリだった。
「これだ…」
「何?それがどうかしたの?」
「分からない。けど、このコウモリだけが妙に目についた」
キィ、と鳴いたかと思うと、そのコウモリの背から白煙がたった。見ると、何かしま模様のフサフサなものが生えていた。
「尻尾…?なんかタヌキっぽいけど」
「──────っ?!あ、がっ、あああぁぁ!!」
突如、2人を囲んでいた暗雲が晴れる。
固まって飛んでいたはずのコウモリ達は散り散りとなり、そこには頭を押さえて苦しむ飾音の姿だけがあった。
「いっ、てぇ…!なん、だこれ…?」
「…シキ、それ貸して」
と言いながらも、シロは半ば三上から奪い取るようにコウモリを手に取り、勢いよく地面に叩きつけた。地面と激突と同時、コウモリから大量の白煙が上がる。
黒と茶色の毛皮。
ずんぐりとした体。
そして、犬に似た顔つき。
そこに倒れていたのはコウモリとは程遠い生き物の姿だった。
「これって──────」
その現象を受け入れる前に
タ タ ッ
三上の背後に走りよる影。
その場にいた誰もがタヌキの姿に気を取られていたからか、その足音を気にも留めなかった。
あまりにも自然で、それでいて、迷いがない。
そうして、三上は振り向く。
能面のような顔つきをした貫田が、包丁を振り上げている姿を、その視界に捉えた。
「飾音は、私のモノなのに」
突然の光景に、あっけなく迫り来るその光景に三上は凍りつく。今その包丁が三上に突き立てられんとしたその刹那──────
「“風波”」
一陣の風が、その凶刃ごと押し流した。
吹き飛ばされた貫田の身体は地面にバウンドしてから、ゴロリとその場に転がる。
「…っふぅ。間一髪だな」
「あ…せ、先生」
「息止まってたぞ。ほら、深呼吸深呼吸」
全てが過ぎ去ってから、三上はようやく呼吸を始めた。
冷や汗をかきなから、寿命が何年も縮んだ気分で、肩を撫で下ろす。
地面に無造作に置かれた包丁が、まだ少し怖い。
「なんだったんです。これと、あの人」
「“猩々”っていう“箱庭”に巣食う犯罪組織の一員だなありゃ。恐らく、長年もかけて明光院飾音に催眠か何かかけてたんだ」
「催眠…?じゃあもうあの子は」
「貫田…が、やったってのか」
飾音はよろめく足取りで歩き、綾児の服の裾を掴んだ。
「あの日から、今まで…男が怖くてしょうがなかったのは、全部、貫田のせいだってことか…?」
「いや、それよりも前だね」
「な、は…?」
「後から調べて分かったことなんだが、君を刺そうとした男も、象物によって何かしらの幻覚を見せられていた。ちょうど今の君みたいな状態だったよ」
「…ん、なワケねぇ!そもそもテレビに出れるようになったのは貫田のおかげだ!アイツのおかげでやってたんだ!」
「それで、コレって…んな回りくどいやり方あるか!裏切るワケねぇんだ!貫田が、私を…」
「それは知らないよ。いつから“猩々”なのかなんて、そこの彼女に聞いてみないとさ」
綾児の指さす先には、起き上がった貫田の姿があった。
血走った目つきで、三上を睨みつけている。
「飾、音は…!私の──────!!」
「フーちゃん“拘束”」
ビュオ、と風が吹いたと思うと、貫田の身体はいつの間にか縄で縛り上げられていた。
ため息をつきながら、綾児は拘束されたその身へと向かう。
残された3人は、呆然と立ち尽くすのみであった。
「貫田…なんで…?」
「カザネン、大丈夫?」
「っ…うるせぇ!お前らが来なかったら、私は、こんな思い……せずに、すんだのに…」
「でも…でも、私達が来なかったら、カザネンずっと部屋の中だったよ」
「それでも、そっちの方がマシに思える」
「…本当?」
「……かもしれねぇだろ」
力なく、飾音は膝をついた。
今まで信じてきた存在が、突然敵に変わった。
どうしたらよいのか分からない。だが、今の状況が、前の自分よりも好転しているような気がしてならなかった。
何か、胸のつかえが取れた気がしていた。
「私は、自信が無いからって、他人に頼りきってた節があった。それが、自分で分かってたんだ」
「自覚してると思えるなら、大丈夫だと思う」
「でも、あの時、貫田は確かに心の支えになってたんだ。アイツがいたからここまでやれた」
「それが確かなことなら、それでいいと思う」
「そうか?はぁ、そうか……なぁ、貫田は本当に最初から、私の敵だったのかな」
「それは、これから分かるんじゃないかな。今オレ達に聞いても分からないよ」
飾音は三上の答えを聞いて、少し複雑そうな顔をした後、笑った。
「もっと優しい答えくれよ。オブラートに包んだみたいなさ」
善処する、と立ち上がろうとする飾音に手を貸した。細い腕は弱々しく見えるが、力強く三上の手を握った。
彼女の行く先は良い方に進んだのか、悪い方に進んだのかは分からない。
ただ、道は拓けたと言えるはずだ。




