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第1話 白狐

私はまだ無垢で、何も知らない

 三上(みかみ)四季(しき)。18歳。

 オレの事である。


 時は春の一歩手前、気候は日ごとに暖かくなってきている。


 淡い陽光の中、オレは座敷から庭を眺めていた。見えているのは名前も知らない草花や伸びまくったツタ。 一切手入れがされていないのが窺える。


「ふぅ…」


 居座り始めた当初、庭はこうではなかった。なら、何故今はここまで緑で満ちているのか。それは今この家にめんどくさがりのオレしかいないからである。


 今いるこの家は幼馴染の実家だ。幼馴染の名は高澄翔真(たかすみしょうま)。幼馴染と聞くと可愛い女の子を思い浮かべる者も多いかもしれないが、名前から察せるに男である。


 家が近いこともあってか、生まれたころから両親共々の付き合いで、中学までは毎日のように顔を合わせていた。中学までというのは、高校を上がった辺りでオレが遠くの方へと引っ越したからである。こんな時代なので、スマートなフォン的な何かで連絡は取れるものだが、直接会うことはまずなく。徐々に翔真とは疎遠になっていった…。


 では何故、今その翔真の家に居座っているのか?


「あー…」


 そんなこと、今はどうでもいいだろう。大事なのは今の状況なのである。荷解きを終えて、ざっと2日、庭の手入れ諸々しっかりしてやろうと意気込んでいたが、無精者にはそんなこと無理。加えて、片田舎なこの場所には、暇つぶしのひの字もないわけで。こうしてひたすらに庭を眺めていた。


「──────!そういえば」


 ふと身を起こし、おぼつかない足取りで家の裏を目指した。


 たどり着いたのは木造の蔵。それはオレが幼い頃からも見てきたものである。見た感じは本当に何の変哲もない蔵。だが在りし日、翔真は何故だかオレがそこに足を踏み入れることを禁じていた。かたく、かたく、それはもうかなり強めに禁じていた。祥真の両親はこれに対して何も言わず、禁じず、ただの物置とだけ。

 要するに、この蔵には祥真の個人的な理由で、オレに見せたくない何かがあるのだ。


「へへ…翔真、悪いな」


 退屈×好奇心

 手を出さないワケにもいかず。この場に居ない彼に謝りながら戸を開ける。


「…?!ごっほ!ごほぉ!!」


 開くと同時、盛大に咳き込んだ。申し訳程度に扇ぎながら、中へと踏み込んでいく。


 灯り一つない、薄暗い蔵の中。適当に見渡してみたところ、そこに変わったものは何もない。ボロボロのサッカーボール、プラスチック製のバットなど、幼少期に翔真と使っていた、見覚えのある物があちこちに転がっているくらい。祥真が隠したいようなものは何もないように見えた。


 成人向け雑誌くらいはあると踏んでいたのだが、オレをこの中に入れたくなかったのはそういうのではないのか。


「…?なんでアイツこんなとこ…」


 見切りをつけ、出ようとしたその時。転がっている物達の下に何かあるのに気づいた。白い?色褪せた“何か”が覗いている。気になったオレは辺りにある物を押しのけ、その全貌を見ようとした。そして、それは姿を現す。


 瞬間、ゾッと強く撫でるような衝撃が背を駆け抜ける。


 びっしりと、その床にお札が貼られていたのだ。黄ばんだお札には、墨で(つづ)ったであろうミミズのような文字。達筆すぎるのか、単に汚いだけなのか、その文字はオレには読めない。


「なんだこれ、アイツのいたずら?」


 札が貼られている床から、取っ手が伸びている。間違いなく、これは下へと続く戸だった。そのありさまから、スピリチュアル的なものを感じずにはいられない。翔真のいたずらにせよ、マジなやつにせよ、触れて得するなんて一つも無い。


「いたずら…だよ、な?」


 それでも手を伸ばさずにはいられなかった。生唾を飲み込むよりも早く、オレは戸を開いていた。


 すぐ現れたのは下へと続く階段。その先は暗くてよく見えない。降りる必要がある。絶対ヤバい、そう感じながらも、オレは階段の最上段に着地していた。見上げると、先ほど開けた戸の裏に貼り紙がある。


『自己責任

 覚悟して進め』


 ()()の字で、そう書いてあった。深くは考えず、懐中電灯を頼りに恐る恐る降りて行った。恐怖心と好奇心を共存させながらも、十数段降りる。すると、すぐ広めの空間へと出た。


 暗くてよく見えない。そう感じ、懐中電灯を横に振ったその瞬間だった。


「──────誰!!」

「いいっ?!」


 地下室の奥から響く声に、思わず声を上げた。声の高さから、それが女性のものだと分かる。オレは身を竦ませながら、ゆっくりと懐中電灯を向けてみた。


「女の、子?」

「…!誰!?」


 そこには警戒の色を見せる、一糸まとわぬ少女の姿があった。頭の上から獣耳、後ろからは毛の塊のようなものが伸びているように見える。オレはそのコスプレじみた姿を見て戦慄した。少女に対してでなく、翔真に対して。


「地下室に、女の子監禁してるって、えぇ……しかも、コスプレさせてるし」


 翔真。いくらなんでも業が深すぎやしないか。いくら親友のオレでも擁護しきれないぞこれは。


「えっと…ここからオレはどうすれば……」

「っ、近づかないで!アナタが誰なのかって聞いてるの!!」

「ああ、ごめん怖かったかな。オレは_____」


 ド ゴ ォ !


 突如、爆発したような音が室内を響いた。音の出処である後ろへ振り向くと、打ちっぱなしのコンクリートにクレーターじみた跡ができていた。そして、そこにはコンクリートを貫く毛の塊が、尾っぽのように少女から伸びている。


「外した」


 ボソッ、と呟く。まるで少女がそれらを意図してやったかのように。


「…アナタは誰?」


 易々と、尻尾をコンクリートから引き抜くと、少女はもう一度オレに聞いた。


「三上、四季、デス」

「私に何か用があるんでしょ?」

「イエ、トクニナニモ」

「……ふぅ」

「あ、あの?」

「…言伝は」

「はい?」

「ショーマから言伝はないのかって聞いてるの!!」


 次はないぞと言わんばかりに、少女の尻尾が躍動する。コンクリートを貫くことができるのなら、きっとオレのひょろっこい体など造作もないだろう。オレは頭をフル回転させて少女を納得させる何かを頭の中から探した。言伝、伝言、なにか、なにかないか…!


『自己責任

 覚悟して進め』


 戸の貼り紙を思い出す。覚悟、ってまさか翔真、死の覚悟ってことか?やっぱりこの部屋は開けちゃいけない場所だったってワケか?ならもっと早くに言ってくれよ!!


「5、4、3、2」

「なっ?!ちょ、ちょ、待って待って、それ、ストップ!なんのカウントダウンか知らないけど、ストップ!」


 少女の口から無慈悲なカウントダウンが始まる。だが、いくら翔真との記憶を掘り出しても、少女に関するようなことは何も聞いてない。そもそも翔真が言伝するにしてもオレには頼まない。高校に上がってからはほとんど会話することもなかったのだから。それに、なによりアイツは──────


「1、0。さよなら」

「──────!!言伝なんてないよ!だってもうアイツもう()()()()()()()()()!!」


 突いて出た一言。

 オレの顔面を貫かんと放たれた白尾はその一言に、一寸のところで止まっていた。死の一歩手前。その状況に安心と共にドッと汗が噴き出る。もう少しでオレは…と、考えていられるのも束の間。


「ひッ…ひぐッ…!」

「えっ!?あ、ご、ごめん咄嗟にウソ…あ、いやウソじゃないんだけどさ」

「なんでぇ…どうして、しょうまぁ…!」

「翔真のことは残念ー、いや違うか。オレも丁度一年前くらいに聞いてさ。それで、えと、なんて言えばいいか」

「ひっ、ひっく……ふっ、ふふ」


 泣いている少女へと駆け寄ろうとしたところで、伸びていた尻尾がゆっくりと動き出した。独立した生き物のように尻尾は動いているが、おそらくそれは彼女の意志によって動いている。ただの尻尾と言うには太く、巨大。その白く美しい毛並みは、オレの周りをぐるりと一周したかに思うと。


「えっ──────あ゛」

「嘘よ。アナタが嘘を言ってるんでしょ」


 その巨躯でオレの身体をきつく絞り上げた。


「あっ…かはっ…!!」

「アナタは悪い人。私とショーマの敵で、私を騙すためにそんなことを言ってる」

「い…や…違、う」

「そうとしか考えらんない。だって翔真は生きてる、そうでしょ?」

「…!」

「そうなんでしょ?!ねぇ!!」


 全身の空気が無理やり押し出されている感覚。吸うことも、吐くことすらもできない。死ぬ…?なんでこんな目に遭ってるんだ。翔真のせい?いや、オレが退屈しのぎに、勝手にここを開けたから?


「何とか言ってみなさいよ…!!」


 地面の感覚が無くなり、視界が少し高くなる。絞る力は緩めないまま、オレの身体は少女の手が届く位置にまで掴み寄せられた。


「何で、なんでなのよ…!」


 見目好い少女は、泣いていた。なんでこんな子を残してお前は死んだんだ?お前はそんな歳で死んでいいほど悪い人間だったか?お前が生きていれば、この女の子は泣いてなかったぞ。それにオレもきっと、お前がいれば今頃…。


「泣い、てるの?」

「あ……え…?」

「なんで泣いてるの」

「い、や、オレは…」

「悲しいの?なんで?死ぬのが怖いの?」


 目を丸くして少女はオレに問いかける。問いかける度に尾の力は緩んでいっていた。どうやらオレは泣いているらしかった。何かを悲しんでいるとすれば、それは──────


「オレ…翔真に死んで欲しくなかった。今になって、気づいたんだよ。アイツ、良い奴だった」

「……!」

「くっ…ははっ!オレ、なんで今更。あの時だって、こんな」

「アナタ、私と一緒だわ」

「……え?」

「私も、悲しかった!ショーマが死んだんだって知って、もう会えないって思ったら、すごく悲しかった」

「でも、オレが嘘言ってるかもしれないよ」

「アナタが言うのなら、きっとそれは本当よ。だって、アナタは良い人でしょ?私を騙そうと考えてない、良い人」


 どういう訳か、少女はオレに心を開く。尾が完全に解け、地面に足が着くや否や、少女はオレの体を抱き寄せた。


「私の名前はシロ。ねぇ、シキはショーマの友達なんでしょ?」

「う、うん。アイツとは友達だよ」

「私もよ。私にとってもショーマは大事な人、相棒だもの」


 先程まで殺さんと動いていた尾は、癒そうとするかのようにオレを包み込んでいた。


「私ね。1人でずっと寂しかったの。翔真が急にいなくなっちゃってずっと…でも、もう大丈夫。シキがいてくれるんだもの。私たちは親友。ずっと一緒よ」

「親友……そうだね。ずっと一緒は、無理かもしれないけど」

「大丈夫よ。何があっても、私がシキを──────」



 ドッ ドッ ドッ ドッ


 シロの言葉を遮るように、重苦しくも慌ただしい足音が頭上で鳴っていた。今日、家に誰かが訪れる予定はない。複数人の足音は何の迷いもなくこの部屋へと近づいて来ていた。


「動くな」


 そして、それはすぐに現れた。人が二人、黒いスーツに黒いサングラスは、映画のような出で立ちだった。突然の展開に動揺するオレなどよそに、彼らは何かを懐から取り出す。


「"欠片"を追って"白尾"を発見した。予定通り、確保に移る」

「え?え?ちょっと、待っ──────」


 パンッ、って感じの乾いた破裂音がどこかで鳴った。


「動くなと、警告はしておいた」


 みるみると身体から力が抜けていく。痛いとか、案外考えてる余裕はない。急な展開が連続して何が何やらだが、多分、拳銃かなにかで撃たれたんだ。夢みたいな感覚だった。このまま暗転したら、また翔真の家に戻ってるんじゃないかと思うくらい。


「あ、シロ?逃げた方、が……」


 いいかも。とまでは言えなかった。死ぬ間際で人の本性は表れる何て聞いたことがあるが、オレは結構いい人だったのかも…。


 "大丈夫、ずっと一緒だよ"


 オレを見て、シロは花が咲くみたいに笑う。それが最期の光景。意識は暗転していき、最後には無となった。


 ~~~~~~


 目を覚ます。靄がかった視界に飛び込んできたのは、翔真の家の天井であった。


「なんだ…やっぱり夢…」

「シキ、起きた!」

「…ん?あれ?」


 視界の外からひょいと現れた白髪の少女に、親しみを覚える。何となく、この子がここにいるのは当たり前だと感じている。


「シキ、どうしたの?」

「いや、なんか…えと、シロ?」

「なぁに」

「シロはオレの友達?」

「違うわ、私たちは親友よ。ついさっきそう言ったでしょ?」

「さっき?」

「さっきはさっきよ」


 まだ、夢を見ているような感覚だった。この少女が目の前にいることが何だか、気のせいな気がして。今に至るまでの経緯がなんだか、おぼろげにしか思い出せない。


「ああ、なんだろう。なんか結構色々あった気がするんだけどな…ていうか、なんで寝てるんだっけオレ」

「大丈夫?膝枕は嫌?」

「あ、ううん。それは助かってる。ありがとう」

「どこかまだ痛むところはある?」

「痛む…?いやどこも。そ、そんなことよりもシロは、まずさ」

「…?」

「服を着たらどうかな」


 どうでもよくなったオレは、全裸の少女に膝枕されているという、絵面を気にした。


 これが、多分シロと初めて会った日。この少女がなんなのか、どうしてここにいるのか、何も分からない。でも、それもこれも元をたどってみればきっと友人である翔真へと収束する。翔真、オレといない時何をしてたんだ?


 そうモノローグせずにはいられなかった。


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