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エースと缶コーヒー

 ファミレスでの打ち合わせがあった翌朝。俺は朝の五時から犬山さん達が通っている高校近くの河川敷にいた。


 どうして、そんな場所にいるのかと言うと、それが犬山さん達の特定した三人の犯人候補の一人目と逢う方法だったからだ。


足利(あしかが)迅矢(ときや)。うちの高校の陸上部のエースです」


 昨日、俺の正面に座った姫渕さんがスマホを見せながら、そう言ってきた。スマホには陸上部のユニフォームを着た男子生徒がグラウンドを疾走する画像が映し出されている。


 陸上部と言うだけあって、外で運動していることが一目で分かる健康的な日焼けと、引き締まった筋肉、遊んでいる雰囲気のないスポーツ刈りに、それらを全く意識させないほどに整った顔立ち。

 正にエースという雰囲気の姿に俺は正直、疑問だった。


「この子の告白を断ったの?」

「まあ、良く知らないので」

「いや、でも、試しに付き合ってみようとか、考えなかったの?」

「相手が真剣なのに、こちらが適当に付き合うとかできないじゃないですか」


 何故か俺が怒られる形で、犬山さんは主張していた。

 この主張だけを聞いていると犬山さんが真面目な良い子のように思えてくるのだが、真面目な良い子はフォークを客に投げたりしない。これは間違いなく、錯覚だ。


 その足利について、犬山さんは良く知らないようだったが、姫渕さんは調べていたようで、足利が短距離走の選手であること、短距離走の選手でありながら、早朝の長距離のランニングを欠かさないことを説明してくれた。


「短距離走なのに、どうしてランニングしてるんだ?」

「大会の日に途中でスタミナが切れることのないように、体力をつけるトレーニングをしているみたいですよ。既に長距離走でも結果を出せるくらいの実力になっているとか」

「化け物じゃん。絶対に友達になれないタイプだわ」


 自分勝手にストイックならいいのだが、ストイックな人はストイックであることを普通に考える傾向がある。

 それを普通のこととして人に押しつけられても、こちらからすると異常なのだが、それを理解してくれる相手と理解してくれない相手がいて、そのどちらにしても、俺は押しつけられることが嫌いだった。


 ストイックは余所でやってくれ。そう思ってしまうから、仮に足利が同級生にいても、俺と親しくなることはなかったはずだ。


「そのランニングは毎朝決まって行われているので、そのタイミングに合わせて接触してください」

「早朝ってどれくらい?」

「五時前には走り出していますね」

「起きられるかな?」


 ここで起きないと永遠に起きられなくなる未来が待っていることは分かっているので、流石に意地で起きたのだが、この時の俺は不安に思っていた。


「起きられたとしても、一つだけ気をつけてくださいね」


 そう言いながら、姫渕さんがその次に忠告してくれたことを俺は思い出した。

 ちょうど河川敷沿いをこちらに近づいてくる人影があると気づいた時のことだ。


「彼はあくまで短距離走の選手なので、そのためのスタミナを作ることを意識しています。ですので、毎朝十キロ走っているのですが、その際のタイムは…」


 その言葉を思い出しながら、俺は慌てて止めてあった自転車に飛び乗る。


()()()。つまり、()()()()()()で走っています」


 自転車に飛び乗った俺の隣を足利が通過していって、俺は全力で自転車を漕ぎ出した。

 時速二十キロなど、自転車でも楽に出せる速度ではない。


 その速度で、その速度から落ちることなく、平然と走り続ける足利は正直、化け物にしか見えない。


 何らかの魔術の影響。鴉羽さんから得た知識を参考にすると、そうとしか思えないのだが、この段階で確証がないということは、超常現象に匹敵する超人はそのレベルということだろうか。


 俺は何とか自転車で足利の隣に追いつくことに成功するが、そこから、普通に声をかけることができるはずもなかった。


 まず、この速度に自転車が並走している時点で異常だ。それを足利が普通と思ってくれるはずもない。


 しかし、言葉を考えられる余裕が俺にあるはずもなく、俺は必死に自転車を漕ぎながら、無理矢理に声をかけることにした。


「ねえ、ごめんだけどぉ!もしかして、君ぃ!足利君じゃないぃ!?短距離選手で有名だよねぇ!?こんなところで偶然だなぁ!」


 自転車を全力で漕いで並走しながら、俺はそう言っている。馬鹿と罵らないでくれ。頭を働かせるだけの酸素に余裕がないのだ。


「え?何ですか?」


 流石に俺が話しかけていること自体には気づいたようだが、生憎耳の横を通り抜ける風が多く、声が聞こえていないようだった。


 足利は走りながら、こちらの声を聞くように片手を耳に当てているのだが、それをする余裕があるなら立ち止まれ、と俺は叫びたかった。


「足利君じゃないですかぁ!?」

「ああ、はい。そうです。知ってくれてるんですか?」

「見たことがありますよぉ!」

「ありがとうございます」


 この状態でどうやって呪いを聞けばいいのだろうか?


 俺は既に限界を迎えかけている足で必死にペダルを漕ぎながら、何とか会話を継続させる道を見つけ出そうとした。


 しかし、現実はそれどころではなかった。


「あっ、前、気をつけてください」

「えっ…?」


 会話を継続させる道を見つけ出す前に、自転車を走らせる道を見つけた方が良かったようだ。


 俺は前方のカーブに気づかず、そこにある()()()()()()()()()した。そのまま、自転車と一緒に身体が宙に放り出される。


 あっ、死んだ。空中で足利の驚いた顔を見ながら、俺はそう思った。


 まさか、呪いよりも先に事故で死ぬとは思ってもみなかった。



   ▲▲   ▲▲   ▲▲



「缶コーヒーでいいですか?」

「ありがとう…」


 足利が渡してくれた缶コーヒーを両手で掴みながら、俺は身体を縮こまらせていた。つめたいではなく、あたたかいの缶コーヒーは救いのようだ。


 宙に放り出された俺だったが、そこが河川敷であることが幸いして、俺と自転車は川の中に落ちるだけで済んだ。


 もちろん、ガードレールにぶつかり、川に落ちた影響で自転車はダメになった上に、俺は全身を強打して、身体のあちこちが痛いが、呪いより先に死ぬ未来だけは回避できたようだ。

 もしくはこれも呪いの影響か、と俺はデスノートを思い出しながら考えた。


「いや、無事で良かったですよ。目の前で飛んでいった時は死んだと思いましたから」

「うん…俺も思ったよ…ありがとうね、助けてくれて…」


 川に落ちた俺を引き上げてくれたのが足利だった。そこから、近くのコンビニで缶コーヒーとタオルを買ってきてくれて、今は河川敷で休んでいる状態だ。


 最初はもちろん、他の温める場所に行こうとしていたのだが、俺の全身が思った以上に痛くて、少し休まないと移動は無理そうだった。


「君は陸上部で運動もできるし、顔はカッコいいし、これだけ優しいとなると、とてもモテるんだろうね」


 犬山さんのことを思い出したわけでもなく、いつもの自虐をするノリで、ついそう口に出したところ、足利は酷く言いづらそうに苦笑を浮かべていた。


「いえ、そんなこともないですよ。好きになった子には振られてしまったし」


 そう言われて、そう言えば犬山さんのことを聞くのだったと俺は当初の目的を思い出していた。


 いつの間にか、俺の中では異常な速さで走る高校生に並走することが目的になっていた。これは目的ではなく、その目的のための過程だ。


 ここから、俺の巧みな話術で呪いのことを足利から引き出す予定なのだが、その予定を実現するための話術が俺に備わっているのか、ここに来て急に不安になった。


 いや、思い返してみたら、呪いのことを知らない相手に呪いの話を振ることや、知っているかもしれない相手に疑われないように探ることは異常に難しくないだろうか?


 俺が超やり手のセールスマンなら未だしも、ただのファミレスのキッチンのバイトに、それが実現できるだけのスキルがあるとは思えない。


 ここはもう呪いのことを一度忘れて、もう少しライトな質問から攻めることにしよう。

 そう思った俺は少し深掘りするように話題を振ってみることにした。


「好きになった子って、どんな子?」

「同じ学校の同級生で、とても可愛い子なんですよ。表情がコロコロ変わる明るい子で、それにとても優しいんです」


 最後の一言は良く分からなかったが、その手前は概ね俺も同意するところだった。


 確かに犬山さんはとても可愛い女の子であり、表情がコロコロ変わる明るい子だ。間違ったことは言っていない。


 それに、その言い方は純粋に好きな物を楽しそうに紹介する言い方で、そこに必要以上の恨みがあるようには見えなかった。


 犬山さんに呪いをかけたようには見えない。そう思っていたら、付け足すように足利が言ってきた。


「ただ、あまり心を開いてくれないというか。告白する前に何度か試合を見に来るように誘ったんですけど、一度も来てくれなかったですし」


 優しいという前評判を君の口から聞いていたのだが、その話に優しさは微塵もないのではないか、と俺は思ったが、暗い表情で語る足利の横顔を見ていると、流石に追い打ちをかけるような言葉は口にできなかった。


「一緒に昼食を食べようと誘っても、誘いに乗ってくれないですし。ただ困っていたら、ちゃんと助けてくれる良い子なんですけど、あまり踏み込んでくるものは嫌うというか」

「猫みたいだね」

「そう。そうなんですよ。そこがまた可愛いんですよ」


 この子は陸上の才能がとてもあるのかもしれないが、それ以外の部分は恐らくダメなのだろうとその一連の発言で思った。


 取り敢えず、将来的に才能を変なところで潰されないように祈っておく。直接的にかけられる言葉はない。


 だが、反応を見るからに恨みを発端としない呪いの可能性があるのかとも思った。


 魔術に関して鴉羽さんから聞いたばかりで詳細は知らないが、相手にかけることが自由にできるなら、その動機を恨みと固定する必要はないはずだ。

 特に今回のように特殊なタイプとしか言いようのない呪いなら、その理由が恨み以外のものである可能性の方が高い。


 例えば、今の話の流れからすると、犬山さんがもっと人に心を開けるように、その隙を一つ作ってあげようとした。

 それが猫みたいな印象から歪曲して、結果的に犬山さんを苦しめる形になってしまった。その可能性もある。


 これは白と断定することは難しいと思いながら、俺は缶コーヒーを啜り、朝練があるためにそろそろ高校に向かうという足利に礼を言って、見送った。


 取り敢えず、足利迅矢は()()。それが最初の判断だ。

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