呪術師と名前
呪いに興味があるか。その質問はつまり、光峰様の自白であると思った俺に対して、次に光峰様が言ってきた言葉は想定外のものだった。
「呪術師というものをご存知ですか?」
「呪術師…?」
魔術師や魔法使いではなく、呪術師?
その新たなに出てきたワードに俺は眉を顰めたが、魔術師や魔法使いと比べた時に同じであるのか、違うものであるのか、その確認はできなかった。
それが魔術師や魔法使いの派閥の呼び名であればいいのだが、魔術師と魔法使いが互いを違う存在だと断固否定するように、別の存在であるとしたら、俺はいらないことを言ったことになる。
光峰様が魔術師や魔法使いを含めて、いろいろと知った上での呪術師発言なら、俺は何とでも答えることができるのだが、そうでないのなら俺が下手なことを言ってしまってはいけないので、俺は純朴な童貞になるしかなかった。そもそも童貞だろうというツッコミは受けつけない。
「実は私、一つ隠していることがありまして」
今の話の流れに加え、姫渕さんの前例があったので、光峰様が何を言い出すのか俺はすぐに察してしまった。
最初にそうであると思ったように、これはやはり、光峰様からの解答編のようだ。
そう思いながら、俺が確認するように聞く。
「君がその呪術師なの?」
「いえ、違います」
「……え?違うの?」
「はい。違います」
どうやら、早とちりだったようだ。
これは光峰様の解答編ではなく、姫渕さんの時とはまた違った話であるらしい。
「え?なら、何を隠してたの?」
光峰様からの話に割り込んだことは分かっているのだが、俺は思っていたものとは違う話の流れに、つい前のめりになって光峰様を問い質すように聞いていた。
その前のめり加減に光峰様は少し驚いたようだが、特に気を悪くすることもなく、最初から話す予定だったことを俺に話してくれる。
「実は犬山さんのことで私は一つ嘘をついたのです」
「嘘?」
「はい。私は犬山さんの殺害を思い止まったと言いましたが、それは直接的に殺害する必要が出たからで、実は最初、間接的な殺害を考えていたのです」
「間接的な殺害?」
そう聞き返しながらも、俺は既に答えを聞いていることに気づいていた。
以前から聞いていたことだが、さっき光峰様はそれに関して、新たな情報を与えてくれている。
それが答えであると馬鹿でも分かるはずだ。
「私は犬山さんを呪おうとしていました」
やはり、呪い。
そう思った一方で、俺は光峰様の言い方が少し気になった。
呪おうとしていた。それはつまり、呪わなかったということだ。
犬山さんは確かに呪われて、猫の耳や尻尾が生えるようになったり、黒猫の姿になったりしたが、それに光峰様は関わっていないということだろうか?
そう考えていたら、光峰様が急にスマホを取り出した。少し操作をしてから、その画面を俺に見せてくる。
そこにはネットで有名な掲示板サイトが映し出されていた。
「実は以前から調べていたんです。もしも、会長に近づく方がいたら、その人を殺害するためにどうしようかと思いまして」
唐突な殺意の告白だが、これまでの光峰様の行動から、それくらいはしているだろうと思っていたので、特に驚くことはなかった。
「様々な殺害方法を考えましたが、やはり、警察に捕まらずに殺すことは難しい。そこで最初はプロを雇おうと思いました」
プロ。殺しのプロ。要するに殺し屋ということか。
そんなものが本当にいるかどうかは分からないが、少なくとも、光峰様はいると仮定して、その存在を探したそうだ。
「ですが、見つかりませんでした」
それはいなかったというよりも、ただの女子高生が調べられる範囲に存在していなかったという表現が正しいのだろう。
魔術師や魔法使いに比べたら、まだ殺し屋の方が存在していてもおかしくないはずだ。
その可能性を否定することは俺にはできない。
「ただその中で一つの噂を耳にしたのです」
「噂?」
「はい。それが呪術師の噂でした」
呪術師と呼ばれる存在がいる。それは人に呪いをかけることを生業としており、その人達に頼むことで、誰にも知られることなく、他者を殺害することも可能である。
その噂に光峰様は行きついた。
そして、光峰様はその噂を更に調べることにした。
「もしも、呪いで人を殺害できるのなら、これほど最適なことはありませんから。私は呪術師の居場所を調べ、そして、有名な呪術師一家の一人の所在を突き止めることに成功しました」
本当にこの人は何者なのだろうか?
光峰様の脅威の行動力にそう思う一方で、その行動力を以てしても、一切見つかることのなかった殺し屋の異常性に俺は驚いた。
やはり、殺し屋は存在しないのだろうか?魔術師や魔法使いは存在するのに?
俺はその自分の中の常識が崩れる感覚に、脳が破壊されそうになる。
「その人の連絡先を私は保管していたのですが、犬山さんのことで私はついに連絡する時だと思いました」
それで光峰様は呪術師に連絡したが、呪いをかけることはなかった。
「連絡が取れなかったの?」
「いいえ。無事に連絡自体は取れたのですが、肝心の呪いをかけるという部分は断られてしまいました」
「え?どうして?」
「何でも、呪術師は引退したとかで。もう人に呪いをかけることはしていないそうです。今は解呪を無料で請け負っていると」
人を呪うことではなく、人の呪いを解く方に回った。
それは良識的であり、その呪術師の人柄を端的に表すように思えた。
もちろん、逢ったこともない人なので、あくまでその部分からの印象だが、少なくとも、犬山さんはそれで助かったのだから、お礼が言いたいくらいだ。
「この話を正直に会長にお話ししたら、貴方に話すように言われました」
「そういえば、さっきもそう言ってたけど、何で天岐君は俺に?」
「それは本当に、何となく、と。本人も分からないそうなのですが、何だか貴方が呪いに興味がある気がしたそうです」
そう言われて、俺は確かに天岐の前で呪いの話をしたことを思い出していた。
ただし、そのことを天岐は覚えていないはずで、だからこそ、天岐は何となく、俺に話そうと感じたのだろう。
そう考えたら、無駄なことはなかったと思う一方で、この情報が犬山さんの呪いに繋がるとも思えなかった。
ただ解呪を請け負っているというなら、一応は犬山さんの呪いを解ける可能性がある。
その人に連絡を取ってみても良いかもしれない。そう思って、俺は光峰様にその人の名前や連絡先を聞いた。
「連絡先は少しお待ちください。今から調べますので」
「ちなみにどんな人なの?」
できれば女性がいい。それも鴉羽さんくらいに美人がいい。
俺はそう願ったのだが、その願いは届かなかった。
「若い男性でした。名前は確か唯人という方だったと思います」
若い男。美人を望んでいた俺はその事実に少しだけ逢う気力を失いかけた。
しかし、すぐに光峰様の言った名前が頭に入って、俺の意識は一気にそちらに引っ張られた。
唯人。その名前には聞き覚えがあった。
あれ?その名前は確か…
そう思っていた俺の前に光峰様がスマホを差し出してくる。
「連絡先はこれですわ」
そう言いながら、光峰様が見せてきた画面を覗き込み、俺は目を見開くことになった。
「マジか…」
どうやら、俺は遠回りをしていたかもしれない。




