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ぼったくりと正義感

 いかにも丸く収まった雰囲気に襲われていたが、一切合切何も解決していないことに、もちろん俺は気づいていた。


 全ては振り出しに戻っただけで、犬山さんに呪いをかけた人物は結局見つかっていない。俺の呪いもそのままだ。

 このままだと俺は確実に死ぬ。呪いでどうにかなって死ぬ。


 ここから、普段の俺なら、呪いでどのように死ぬかシミュレーションするところなのだが、今の俺にその余裕はなかった。


 夢の中でのあれこれを経過して鴉羽さんに枕を返し、自転車を引き取ってから姫渕さんの秘密を知る。

 その流れの濃さから忘れていたが、今日は金曜日だった。


 そして、その夜に俺のバイトのシフトが入っている。


 つまり、その日のバイトは()()()()()()()ということだ。


 それに気づいた時には、俺は騒がしさの渦中に放り出されていた。呪いよりも先にこれで死ぬのではないかというラッシュに飲まれ、卒倒しそうなほどに熱いキッチンの中で、眩暈がするほどの伝票を捌かなければいけない。


 それはあらゆる考えごとを頭から弾き飛ばす忙しさで、犬山さんに呪いをかけた人物が誰なのか考えられない代わりに、呪いで死ぬことを不安に思う余裕もなかった。

 それをありがたいことと思うか、辛いことと感じるかは人次第かもしれないが、俺はもちろん、ふざけるなと怒り出したい気分の方が強かった。


 その波が収まっても、その波で生まれた片づけに追われ、ようやく俺が一息ついた時には、既に深夜と呼ばれる時間になろうとしていた。


 控え室のテーブルで死んだように座っていると、同じく上がりだった白瑞さんも部屋に入ってきた。

 流石の白瑞さんも少し顔色が悪くなるくらいに今日は忙しかったので、俺と白瑞さんは顔を合わせるとすぐに消え入るような声での挨拶しかできない。


 夜中で店内も静かだから聞こえるくらいの声で、今日の忙しさを二人で再認識しながら、何とか家に帰るだけの力を回復させようとする。

 せめて、自転車を漕ぐくらいの体力がないと、俺はこのファミレスに骨を埋めることになる。

 俺も流石にそこまでファミレスに命を捧げるつもりはない。


 そうして、二人で何とか体力を回復させようとしていたら、唐突に白瑞さんが思い出したように言ってきた。


「そういえば、君が()()()()()()()()()()()っていう噂が立っているけど?」


 その一言に俺は盛大に水を吹き出すことになった。白瑞さんの身体にかかってしまったが、それを気にする余裕もない。


「どんな噂ですか!?」

「この前、店に連れてきたって、愛川さんが」


 いや、確かに間違いではない。二人の女子高生を店に連れてきたことは事実だ。


 しかし、それで侍らせていると言われては人聞きが悪いにも程がある。


「違いますよ!?ちょっとした知り合いの悩み相談を受けていただけで、侍らせているとか、そういうのじゃないですから!?」

「海原君が?またまたぁ」


 白瑞さんは笑顔で俺の言葉を流してきた。

 今の反応は完全に――お前に相談する人間がいるものか――というものだ。


「いやいや、冗談じゃないですよ!?」

「海原君に相談?海原君が相談じゃなくて?」

「流石の俺でも、女子高生に相談するほど路頭に迷ってませんよ」


 それはもう足元も分からなくなった人の末路だろう?

 流石の俺でも足元くらいは見えている。


「白瑞さんには相談しましたよね?」

「ああ、コミュニケーションを取るのが難しいとか、そういう話だっけ?」

「そう。それです。その時に話してた相手がその女子高生です」

「そもそも、何でコミュニケーションを取る必要があるの?どういう経緯?」


 どういう経緯かと聞かれると、呪われた相手を目撃したら呪われたという経緯だが、それをそのまま説明しても、何の説明もしていないものと同じになる。

 いや、それ以外に説明する方法はないのだが、その説明を聞いて信じる人物はいないだろう。


 いるとしたら、それは鴉羽さんのような魔術師か、姫渕さんのような魔法使いだけのはずだ。その違いは未だに分からないが。


「彼女達の個人的な話が絡んでくるので詳細は話せませんが、ざっくりと説明すると、脅されて協力している形です」

「やっぱり、手を出したの?」


 え?そうなるの?


 てっきり心配されるとばかり思っていたから、その白瑞さんの想定外の反応に俺は驚いて、一瞬何も対応できなかった。

 このままだと誤解されるとすぐに気づいて、慌ててかぶりを振ったが、白瑞さんは懐疑的な目を向けてくる。


「本当に手を出してないの?何か示談的な何かの話じゃなかったの?」

「そういう話なら家でしますよ」

「家でしてるんだね…」

「IF!?もしも話!?何もしてませんから!?」


 おかしい…どれだけ説明しても、俺の白が証明されるどころか、疑いが増していくばかりだ…


 やはり、この世界はどこかおかしいのではないだろうか?俺の全うな人生にいろいろと泥を塗ろうとし過ぎていないか?この平凡な人間のどこに犯罪の香りがあるというのだろうか?


 俺はこの状況に陥っていることに一向に納得がいかなかった。


「それで、その悩み相談って何だったの?」

「まあ、簡単に言うと、探し物的なあれですね。探すのを手伝ってくれないか的な話です」

「ああ、それで海原君なんだね」


 ここに来て、ようやく白瑞さんが納得したことに、俺は全く納得がいかなかった。


 これまでに納得できるポイントはいくつもあったはずなのに、何故、今の説明で納得したのか全く理解ができない。


 そう思っていたら、その思考が読み取られているのではないかと思ってしまうタイミングで、白瑞さんが言ってきた。


「海原君、時間()()はあるもんね」

「白瑞さんって笑顔で心にナイフを刺してきますよね…?」


 姫渕さんとは違った攻撃性に、俺の心はズタズタだった。


 別に間違ったことは言っていない。確かに時間だけは余るほどにある。


 でも、時間だけとわざわざ言わなくても、せめて、時間はあるという言い方でも良かったではないかと俺は思ってしまう。


 その付け足した、だけ、でどれだけの命が奪われたか、白瑞さんはきっと知らないのだろう。


「ごめんごめん。ちょっと言い方が悪かったね。それで探し物を手伝うことになったんだ。でも、脅しって?」

「ああ、それは完全な脅しですよ。出された一杯のコーヒーを飲んだら、協力するように脅されました」

「何それ?ぼったくり的な?」

「そうじゃないですけど、それみたいなものでしたね」


 突然、鴉羽さんに呪いをかけたと宣告される様子は、確かに突然、多額の請求を受ける様子と似ていたように思う。


 そう考えると、確かにあれは詐欺みたいなものなので、警察に駆け込みたいところなのだが、警察に駆け込んで呪いを信じてくれるとは思えない。

 こいつはきっと頭がおかしいのだろうな、と思われて、適当にあしらわれるに決まっている。


 相手に絶対に泣き寝入りを強要するという意味ではある意味、ぼったくりよりも質の悪い詐欺だ、と俺が考えていたら、いつの間にか、白瑞さんの正義感が膨れ上がっているようだった。


「それって店で被害に遭ったの?どこの店?」

「いや、ぼったくりって言っても、それに近しいものって話で、別に本当にぼったくりに遭ったわけでは…」


 そう説明するのだが、白瑞さんは俺から店の名前を聞き出すことに集中しているようで、俺の話を聞いてくれる雰囲気がなかった。

 本当に行動力のある善人ほどに厄介な存在はいないと俺は思う。


「ほら、教えて。俺が話をつけに行くから」


 そうしつこく言われては仕方がないと、取り敢えず、鴉羽さんの店の名前と場所を言いながら、俺は何とかぼったくりではないということを説明しようとした。


 しかし、その必要はないようだった。


 俺が店の名前と場所を言った途端、白瑞さんは突然、静かになっていた。


「別に普通の喫茶店で、ぼったくりって言うわけじゃ…あれ?どうかしました?」


 その変化に気づいた俺が聞くと、白瑞さんはさっきまでの熱い雰囲気から打って変わって、冷静さを保ったまま、真剣な顔を向けてくる。


「海原君って、その店の店主と何か関係があったりする?」

「関係ですか?」


 呪い呪われの関係だが、それを説明することは大変難しい。

 それを迂回しての説明も非常に面倒でしかないので、俺は適当にかぶりを振ることにした。


「そう。それならいいけど」


 そう言ってから白瑞さんは立ち上がり、更衣室の方に移動してしまった。

 その姿を見送りながら、俺は急な白瑞さんの態度の変化を考える。


 もしかして、白瑞さんはあの店を知っていて、鴉羽さんと知り合いだったりしたのだろうか?それで何かを思って、俺に今の謎の質問をしてきたのだろうか?


 そう思って、白瑞さんに確認しようと思っていたが、更衣室から出てきた白瑞さんはさっさと帰ってしまい、その話を聞く暇もなかった。


 その急いだ様子や急に雰囲気が変わった理由はとても気になったが、それを控え室でゆっくりと考える時間はなかった。


 白瑞さんと入れ違いになる形で、非常に機嫌の悪そうな愛川さんが控え室に入ってきた。


 俺は恐る恐る挨拶をしてみたが、既に臨界点に達していたようで、愛川さんは俺がまだ残っていることに怒鳴ってきた。

 その怒鳴りから逃れるように、俺は慌てて支度をして、急いでファミレスを出る。


 そうしていたら、すっかり白瑞さんのことは頭から抜け、俺は家に帰るまで自転車を漕ぎながら、犬山さんに呪いをかけた犯人のことをずっと考えていた。

 もちろん、考えたところで分かることではない。今の状況で特定は不可能に近い。


 そう思っていたのだが、この時、その問題に()()()()()が起きていたことを俺は翌日になってから知るのだった。

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