魔法少女と似た者同士
姫渕さん曰く、姫渕家はその界隈では有名な家系らしく、姫渕さんはその家に生まれた次世代を担う逸材だそうだ。
「その界隈とは?」
「もちろん、魔法使い界隈ですよ。先ほど、魔法をお見せしましたよね?」
この薄らトンカチは何を言っているのだろうか、とは口にしなかったものの、そう言いたい気持ちが筒抜けの言い方で、姫渕さんが俺に確認してきた。
確かに魔法と言われる力は目にした。実際に狛犬に触れてみたが、それは確かに新しくなっていた。
その上で俺の疑問は未だに解消されていない。
それを確認するために改めて質問してみることにする。
「それは魔術とは違うの?」
「全然、違います。あんなオカルトと一緒にしないでください」
嫌悪感すら滲ませながら、姫渕さんはそう言ってきたが、正直なところ、どちらもオカルトだろうと思わずにいられなかった。
魔術も魔法も俺からしたら超常現象の類だ。そこにどのような違いがあるのか知らないが、その違いを理解できない人間からすると、それは同じものとしか思えない。
それこそ、名前が魔術や魔法ではなく、超能力だとしても構わない。どっちでも同じことだ。
そう思うのだが、やはり、当人からすると違うらしい。
「術式という訳の分からないものを使い、自然の力という存在するか分からない力を行使すると言い張っている魔術と違い、魔法は使うものの体内の力を外に放出するものです。その仕組みは科学的に証明こそされていませんが、証明することもきっと可能ですよ」
いや、それなら、証明されてから言って欲しいと俺は思ったが、その気持ちを口に出したら、何かしらの力で頭を捻り取られそうだったので口を噤むことにした。
良く分からないことには触れない方がいい。これは俺の持論だが、その正しさは俺の現状を見てもらったらすぐに分かることだ。
良く分からないものに、特に何の考えもなしに触れた結果が今の呪われた状態だ。
これほどまでに説得性のある持論もなかなかにないものだろうと俺は思う。
「つまり、姫渕さんは魔法を使う魔法使いだった。そういう風に思っていいんだよね?」
「そういうことです。そのために魔法を見せましたから」
チャイナドレスの似合いそうな妖艶な魔女の次は、見るからに委員長をしていそうな優等生の魔法少女の登場だ。
真面目に考えたら、頭がこんがらがりそうな状況だが、俺は最初から真面に考えるつもりがないので、その心配はない。
どちらも不思議な力を持った不思議ちゃん。そういう認識で取り敢えずは間違いないはずだ。
「あれ?ちょっと待って?ここに俺が呼ばれた理由って、犬山さんの謎の言動について、姫渕さんが知っていることを説明してもらうためだよね?」
そこで魔法使いの素性を知らされたということは――流石に馬鹿ではないので、そこまでの状況が揃ったら察することができる。
姫渕さんは俺の前で表情を崩すことなく、俺の考えを肯定するように頷いた。
「そうです。私が莱花の記憶を消しました」
「え?何で?何でそんなことしたの?」
犬山さんの記憶を消したことの善悪とか、そういうどうでもいいことも頭を過ったが、それは本当にどうでもいいことなので、それ以上に俺は最初に気になった理由を聞くことにした。
姫渕さんは犬山さんを親友と称していた。その親友の記憶を消す理由が俺には分からない。
そう思っていたら、姫渕さんは唐突に俺の傷を抉るようなことを聞いてきた。
「海原さんはご友人がいますか?」
「……俺を殺そうとしてる?」
「どうしてそうなるのですか?いるかどうか聞いただけじゃありませんか?」
どうしてと聞かれて、どうしてだと説明できるほどのメンタルを持っていたら、俺はとっくの昔に友人ができているはずだ。
そういう話を迂回して、適当な話しかできないから、俺の周りに友人と呼べる人物はいない。
「いや、一人も…」
「私もそうでした」
俺に一人も友達がいないという事実に、姫渕さんは哀れむ暇もなく、すぐさまそう言ってきた。その表情は相変わらず、冷たさも覚える表情だが、それが今は寂しく見える。
「ずっと子供の頃からそうでした。家系が家系ですので、姫渕家の人間として立派な魔法使いになるために育てられた私に、普通の友人ができるはずがありませんでした」
俺は最初に姫渕さんと逢った時のことを思い出した。
冗談で俺が委員長かと聞いた時に、姫渕さんは習い事が忙しくて、委員会にも部活にも入っていないと言っていた。
その習い事とはつまり、家を継ぐための修業みたいなものだったのだろう。
「だから、高校に入って、莱花という友人ができた時、私はとても嬉しかったのです」
そう言いながら、姫渕さんの表情がほんの少しだけ柔らかいものに変わる。
その表情の変化を見ていたら、姫渕さんの表情がいつも変わらないのは、何も感じていないからではなく、変え方が分からないだけなのかもしれないと思った。
これまでに感情を見せてきたことがなかったから、いざ感情を出そうとしてもうまく出すことができない。そういうに顔が固まってしまった。
そういうことがあると俺は良く分かっている。
「莱花という親友と出逢って、私は生まれて初めて、友達と遊ぶという楽しい体験をしました。できれば、高校生の間だけでも、この体験が続いて欲しいと私は願っていました。ですが、そこに一つの問題が降りかかったのです」
問題、という表現が正しいのか分からないが、何があるのかという想像は簡単だった。
これまでに俺はその答えを何度も見ている上に、その答えを既に聞かされた後の説明の時間だ。
考えるまでもなく、その問題の正体は分かる。
「莱花が告白されました。相手は同級生の男の子です。私はどうするのかと聞いたら、莱花は断ろうと思っていると言って、その時はとても安心しました。ですが、これが何度も続いて、莱花がもし誰かと交際を始めたら、その時に私との関係はどうなるのだろうと思ったのです」
「だから、足利君が接触した時のこととか、そういう告白の結果に関わりそうな記憶は消したの?」
姫渕さんはゆっくりと頷いた。それは叱られた子供のような動作であり、それだけで姫渕さんが自分のやったことに、どれだけの罪悪感を懐いているのか理解できた。
「これは私の我が儘で、もしかしたら、莱花の幸せを奪っているだけなのかもしれない。そう何度も考えましたが、私はこの瞬間にも続く莱花との時間を思うと、それをせずにいられなかった」
親友。そう呼べる相手がいたことのない俺にとって、それがどれだけの存在なのかは分からない。
ただ、いないからこそ、同じくいなかった姫渕さんの気持ちは想像できる。
ぽっかりと空いていた空白に埋まった存在が、どこかの誰かに取られるかもしれないと思ったら、自然と身体が動いてしまうことも、俺には強く分かった。
「優等生、と周りの人や莱花にも言われることがありますが、私はそう呼ばれるだけの人間ではないんですよ。誰よりも自分勝手で、他人の幸せを平気で壊せるような人間なんです」
その自虐的に発せられた一言を聞き、俺は姫渕さんとファミレスで向かい合った時のことを思い出した。
姫渕さんは自分の名前を紹介する時に、優秀の優と説明して、そこで表情を曇らせていた。
それはつまり、自分の行いの全てがその名前から懸け離れてしまった事実に、罪悪感を覚えていたのだろう。
それなら、そんなことをしなければいいだけのことだ――と人は思うかもしれないが、俺はそう簡単には言えない。
だって、俺も姫渕さんと同じ立場なら、同じことをしたかもしれないから。
俺に姫渕さんを否定できるだけの理由がない。
ただ一つ。気になっていることがあった。
これはどうしても、ちゃんと確認しなければいけないことだ。
「それで姫渕さんは犬山さんに呪いをかけたの?」
自分の傍から離れないように。そう思った時に、犬山さんにかけられた呪いは最適と言えた。
人に話すことはできないが、見られてしまったら話さなければいけない。その状況も姫渕さんとの仲を取り持つ要因になる。
しかし、それは考え過ぎだったようだ。
「それは違います。流石にそこまではしていません。呪いは耳と尻尾を見るまで知りませんでした。あれは恐らく、どこかの魔法使いが魔法を行使したのだと思います」
「それは姫渕さんにも分からないことなの?」
魔法使いなら、同じ魔法使いの存在くらいは分かりそうな物なのだが、と俺は思ったが、姫渕さんはかぶりを振るだけだった。
「その候補に私は光峰未実を挙げました」
「ああ、光峰様は確かに…」
魔法使いっぽい。そう思ったが、それはあくまで印象である上に、どちらかというと魔法少女というよりも魔女に近い印象だ。
それは魔法使いを名乗る姫渕さんよりも、魔術師を名乗る鴉羽さんに近いもので、そちらの関係者と言われた方がしっくり来る。
まあ、未だにそこに違いがあるのかどうかは分からないのだが。
「今話したことは莱花に話してもらっても構いません。それで嫌われても仕方ないことだと思いますので。ただ莱花に呪いをかけた相手を探すことだけは協力したいんです。ですので、海原さん。協力をお願いします」
姫渕さんはそう言いながら、俺に頭を下げてきた。
その身体は小さく震えていて、あれだけ俺にいろいろと言ってきたが、姫渕さんもまだ若い女の子なのだと当たり前のことを思う。
「別に話さないよ。それがいいことなのか分からないけど、俺に否定できるほどの人格はないし。ただ多分、犬山さんは誰かと付き合うことになっても、姫渕さんと逢わなくなるほどに冷たい子じゃないと思うよ?」
そうでなければ、犯人が特定できないほどの数の馬鹿達が好きになるはずがない。
それは姫渕さんに分からなくても、馬鹿を通過してきた俺には強く分かることだ。
「だから、これからは振られた相手のために、振られる理由を残してあげて欲しいよ。そうしないと彼らは貴重な成長の機会を失ってしまうから」
俺がそう言ってのけると、姫渕さんはしばらく驚いたように俺の顔をじっと見てきていた。
そんなにじっと見られると照れるのだが?と俺が思っていたら、姫渕さんはその表情のまま、いつもの調子で言ってくる。
「海原さんって意外と大人なんですね?」
それはそうだ。俺は大人だから、この人気のない空間で姫渕さんと二人きりになっても、特に何もせずにいるのだ。
そう思ったが、それを口に出した拍子に通報されそうだったので、俺は適当に「それなりに」と返すだけにした。