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夢と自主規制

 鴉羽さんの提案は簡単なものだった。


 俺と鴉羽さんがここでそうして逢ったように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()という話だ。


 ただし、問題は三人が眠っている時間でないといけないので、原則的にタイミングは夜中になる。その上、俺と鴉羽さんが繋がったように()()が必要らしい。


「条件?」

「例えば、()()()()()()。特に()()は記憶に()()()()()()()から、その触媒になってくれた」

「でも、あの三人はここの匂いを知らないし、()()()()()()()()()もなかったと思いますよ?」

「大丈夫よ。だって、()()()()から」


 俺は自分を指差して首を傾げたが、犬山さんは鴉羽さんの発言に納得しているだけだった。


 俺のように漫画の背景に描かれているモブの友達みたいに特徴のない人間を捕まえて、一体何を言っているのだろうかと思ったが、鴉羽さんは押し切るつもりらしい。

 変な模様の枕を手渡し、俺に言ってきた。


「あの時みたいに体調を崩していたら別だけど、今回は人為的に繋げるから、その枕で眠ってね。そうしたら、三人の内の誰かに逢えるから」

「誰かって、逢えない人もいるんですか?」

「それは大丈夫。一晩の間に三人には逢えるはずだから。ただ一度には逢えないから、一人で時間を使い過ぎると、全員と逢う前に朝が来てしまうわ。それだけは気をつけて」


 その忠告を受け、喫茶店で奇妙な模様の入った枕を受け取ってから数時間が経ち、俺はその枕を使ってベッドで横になっていた。一応、瞼も閉じているが、まだ眠っていない。


 というか、()()()()()()


 やはり、昼間にあれだけ眠ったからなのか?それとも、枕が変わったからなのか?


 どちらにしても、眠れないことは問題なのだが、眠れないことが問題だと思えば思うほどに眠れない。眠ろうと意識すればするほどに頭が冴えてくる。

 何かを考えているのだから眠れないのだろう。何も考えないようにしないといけない。その考えを考えてしまって、結局眠ることができない。


 あれだ。数を数える奴をやってみよう。もしかしたら、それで眠れるかもしれない。

 そう思ってから、頭の中で真っ先に思い浮かんできた物を俺は無心で数え始める。


 縞パンが一つ。縞パンが二つ。縞パンが三つ。縞パンが――――


 そうして、大体三十くらいまで数えたところで、俺はいつの間にか、椅子に座っていた。


 これはまさか夢?無事に眠れたのか?そう考えながら、周囲を見回してみると、その空間がゆっくりと広がっていく。


 椅子はスツールでどこかのカウンターの前に置かれているようだ。その近くには特徴的な衝立が見え、その向こうには革張りのソファーが置かれている。その手前にはテーブルがあって、その上にはコーヒーカップも見える。


 あれ?ここって?そう思いながら、俺は正面に視線を戻した。


 そこに()()()姿()()()()()()が立っていた。


「何で私なんですか!?」


 犬山さんが猫の耳と尻尾を飛び出させながら絶叫した。


「こっちの台詞だよ!?何で犬山さん!?」


 いや、原因は分かっている。起きる直前に犬山さんの縞パンを数えていたからだ。あれで犬山さんの縞パンとリンクして、その夢と繋がってしまったのだろう。


「ていうか、一発で夢って分かったんだね」

「はい。さっきまで優子と話してて、こうなるかもっていう冗談を言われたので」


 それは今すぐ姫渕さんに報告したいところだが、事態はそれどころではなかった。


 今は犯人候補の三人に逢うことが先決であり、犬山さんに逢っても仕方のないことだ。メイド姿の犬山さんを見られることは貴重だが、それは喫茶店で引かれるほどに凝視すればいいだけの話で、夢の中で見る必要はない。


「ちょっと犬山さん。他の人に場所を譲って」

「できませんよ!そんな器用なこと!」

「だよね」


 さて、どうしようかと考えていると、不意に犬山さんが俺に顔を近づけてきた。その顔の近さにドキリとした俺とは対照的に、犬山さんは俺の顔を睨みつけるように見てくる。


「ところで一体何を考えていて、私と逢うことになったんですか?」

「え…?いや、それは…」

「何ですか?」


 更に犬山さんは顔を近づけてくるのだが、怒っていようが可愛い顔は可愛いものであって、非モテの権化で童貞の化身である俺には耐えられそうにない。


「ちょっと一回離れて」


 そう言って、俺は犬山さんの身体をカウンターの向こうに押した―――つもりだった。


「突然、何ですか?」


 不意にその声が聞こえ、俺が正面を見てみると、そこには()()()が座っていた。



   ▲▲   ▲▲   ▲▲



 驚いた顔で俺を見つめる光峰様の姿に気づき、俺はいつの間にか、場所が()()()()()()()()()()()()()()()ことに気づいた。天岐と逢うために訪れ、光峰様の歪んだ愛情を知ったあの図書館だ。

 試しにテーブルの下を覗いてみると、そこにはご丁寧にビニール袋も置かれていた。再現度が凄まじい。


「どうされたのですか?」


 テーブルの下を覗く俺を見て、光峰様もテーブルの下を覗こうとしていた。


 もしも、ここでビニール袋の中身を発見されても、夢の中なのだから通報される心配はないと思うが、問題は中身のエロさに光峰様が発狂する可能性があるかどうかだ。


 発狂して、ここで殺されることがあったら、死ぬことはないにしても、夢から覚めるかもしれない。

 そうなった時にまた眠れるかは分からないので、目が覚めたら、夢の中で本心を聞こう作戦は失敗だ。


「天岐君!」


 咄嗟に俺は頭の中に浮かんできた光峰様の興味を引けそうな言葉を口にした。

 途端に光峰様の動きが止まり、テーブルの下を覗こうとしていた顔をゆっくりと上げている。


「会長が…どうかしましたか…?」

「いや、その…彼と一緒に何かができるとしたら、何がしたいのかなぁって思って」


 ビニール袋の中身を見られたくないと思ったら、ビニール袋の中身に載っていることしか頭の中に浮かんでこなくて、それを連想させる質問をしてしまった。


 明らかに質問のタイミングと意図が怪しい。ここを切り抜けられても、次に話を聞き出すことが難しくなる。

 そう思った俺の前で光峰様は小さく震え始めた。


「そんなこと…」

「そ、そんなこと…?」

「××××に決まっているではありませんか!?」


 想定の五倍は直接的な発言が光峰様から飛び出し、俺の脳は自主的に規制音を発していた。


 あまりに強烈な発言に頭がクラクラとするが、これで夢の中はその人の本心が強く漏れ出すことが証明された。この形の証明で良かったのかと思うが、分からないよりは良かったと思い込むしかない。


「私の×××を会長の×××××××××」

「ああぁ!?分かったから!?そこまででいいから!?」


 これ以上、光峰様の口からいろいろな言葉が飛び出したら、俺の貞操観念と性的嗜好が捻じ曲がり、現実世界を楽しく生きていくことができなくなる可能性がある。


 必死になって俺が止めると、流石の光峰様もゆっくりと停止し、途端に恥ずかしくなったのか、頬を赤く染め始めた。


「あら、こんなことを言ってしまうなんて、お恥ずかしい…」


 恥ずかしいで済む発言ではなかったが、と俺は思ったが、夢の中で掘り返す必要もない。

 これはここに置いて、もう忘れることにしようと思いながら、俺は肝心の質問を考えていた。


 光峰様の本心が聞けることはもう分かった。嫌というほどに。ここで何かを聞けば、犬山さんの呪いに関する話も聞けるはずだ。


 ただ直接的に呪いましたかと聞いても良いものだろうかと俺は思っていた。


 仮に光峰様が犯人だった場合、光峰様は魔術の存在を知っていることになる。夢の中で犬山さんを呪ったのか聞く俺と逢ったら、それが魔術によって現れた存在かもしれないと悟られるかもしれない。


 そうならないためには、まずは外堀から埋めていかないといけないが、悟られないように外堀を埋めることの難しさと言ったらない。


 図書館で逢った時の会話から、順番に確認していくのが一番かもしれないと思い、俺はその中で最も真相に近そうな質問を二つしてみることにした。


「その好きな天岐君にもしも好きな人ができたらどうするの?」

()()()()()


 前回と全く同じ回答が返ってきた。あれはやはり、本心だったようだ。


「じゃあ、これまでに好きな人がいると聞いたことは?」

()()()()()()。あったら、私は前科持ちになっていますから」


 くつくつと笑いながら発せられた物騒な発言に、俺は少しも笑うことができなかったが、犬山さんを知らないということが嘘ではないと分かった。


 知らない相手に呪いをかけることはできない。それにこれだけの殺意があって、猫の耳と尻尾が生えるくらいの呪いをかけるとも思えない。


 光峰様は恐らく()だ。


 そう断定した俺の前で、光峰様が再び身を捩り始めた。


「だけど、もしも会長の好きな相手が私だったらどうしましょう?素直になれない会長を愛おしく思えばいいのでしょうか?」


 いや、それはないから安心して欲しい。そう思ったが、それを口に出す勇気があるはずもなく、何となく、ばつの悪さから顔を逸らしてしまった。


 テーブルの下に目を向け、そこでそこにビニール袋が置かれていることを思い出す。

 それを光峰様に発見されると厄介であることは変わっていないので、見つかる前に回収するしかない。


 そう思って、俺はテーブルの下に手を伸ばし、下に落ちていたビニール袋を座っている椅子の脇にまで引っ張ってきた。


 これでもう大丈夫だ。発狂した光峰様に殺される心配もない。

 そう思いながら顔を上げて、自分を見つめる視線が目の前にあることに気づいた。


「落とし物ですか?」


 それは光峰様――ではなく、()()だった。

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