第87話 逆鱗
「……シブシ族のキーム王の要求は、以上でございます……」
「……………」
ヘルシラントの「玉座の間」。
わたしは、帰還した……というより、国境沿いから搬送されて来たと言っても良い、副使シュウ・ホークの言葉を聞いていた。
シュウ・ホークの姿は見る影も無い。報告によれば、首から上の毛を全て剃り落とされたと聞いている。彼が誇っていた髻も、髭も全て切られてしまったのだ。その姿を恥じ、頭巾で頭を覆っていたが、それでも痛々しい姿だった。
何より、ボロボロになった服。身体の各所に見られる痣と血の跡。歩く事もままならないその様子が、過酷な仕打ちを受けたであろう事を示していた。
そして、ランル・ランの姿が見られないこと。代わりに傍らに置かれた木箱。
それが……彼が告げた報告が。信じがたい事実が。悲報が、現実の事であると示していた。
「臣は……」
シュウ・ホークが、ボロボロになった身体で、絞り出す様に続けた。
「ハーンより大命を仰せつかりながら、任務を果たす事叶わず……
正使であるラン殿が殺害される事をお救いできず……。また、使節団の虐殺も阻止できませんでした」
「……………」
「また、ハーンの名代、国の代表たる身でありながら、この様な辱めを受けましたこと、いずれも大罪に値するものであります。
この身でおめおめと帰りましたのは、恥ずべき身であれど、事の次第をハーンにお知らせするべきであろうと愚考したからであります」
「……………」
「どうか大命を果たさざりし罪は、臣一身にお与えになり、命に代えて努めを果たされたラン殿には寛大なるご処置をお願いいたします……」
「ホーク」
わたしは語りかけた。
「……はっ」
「よくぞ、困難な任務を果たしてくれました。ありがとう。礼を言います」
「し、しかし、臣は……」
「貴方が、そして貴方たちが最善を尽くしてくれたこと、朕は十分に承知しています」
「ハーン……」
「貴方に……いえ、『卿』には罪などありません」
わたしが呼びかける言葉を言い直したので、シュウ・ホークが怪訝な表情で顔を上げた。
「今回、重要で困難な任務に取り組んだ功に報い、貴方に『大当戸』の爵位を与えます」
「……………!」
「まずは静養し、傷を癒やして下さい。そして傷が癒えましたら、改めて復帰して、朕を支えて下さい。朕は……そして我が国は、まだまた貴方を、卿を必要としています」
「あ……ありがとうございまする!」
シュウ・ホークが平伏して礼を言う。
そして、その表情に心配の色が見えたので、わたしは傍らに置かれた箱に語りかける様に、改めて続けた。
「勿論、ランル・ランにも、『大当戸』の爵位を遺贈します。
また、その嫡子には蔭位として『骨都侯』の爵位を与え、引き続き朕に仕えて貰います」
「あ、ありがたきお言葉……ありがとうございます……」
安心して力が抜けたのであろうか。平伏したシュウ・ホークが、がくりと崩れ落ちる様にバランスを崩す。
「ホーク卿、まずは御治療を!」
文官たちが後ろから彼を支えて、わたしに一礼して下がっていく。
合わせて、彼が持参していた木箱も、大事そうに抱えられて下がっていった。
「……………」
ランル・ランの首が入っているであろう、その箱を見て……わたしは渦巻く気分を押さえながら、彼らが下がっていく様子を眺めていた。
……………
「……………」
わたしが黙って玉座に座ると、引き続きコアクトが追加となる補足情報を報告した。
「殺害された通商使節団の遺体につきましては、左日逐王様(シブシ族の北隣に領地を持つ、オシマ族長グランテ)がカラベ総督と交渉して、回収いたしました」
カラベの総督があっさりと返還に応じたのは意外だったが、別に人道上の配慮では無く、街の外にいつまでも大量の死体が転がっていては邪魔だから、という理由の様だった。
「その際も我らは丸腰での引き取り作業を強いられ、街の中からは罵声や投石が浴びせられた、との報告を受けております」
「……………」
「また、『灰の街』の使節トピクス殿も、ホーク卿と同様の仕打ちを受けたものの、『灰の街』に帰着したとの事です」
「……………」
「『灰の街』からは、弔意とともに、『我らと共に、シブシ族への断固たる対応を求める』旨の親書が届いております」
「……………」
「……コアクト」
「はい」
わたしはこみ上げる気持ちを必死に押さえながら、コアクトに語りかけた。
「……報告は以上ですか? それ以上の情報はありませんか?」
「現状におきましては、これ以上の動きはございません」
その言葉を聞いて、押さえていた気持ちが溢れ出してしまう。
「何故、カラベの街を、シブシ族を放置しているのです! 左日逐王(オシマ族長グランテ)は、左谷蠡王(マイクチェク族長ウス=コタ いずれも「隅の国」近辺の領主)は、何故兵を出さないのです!」
思わず大声を出してしまう。
「我が国の民が虐殺されたのですよ! なぜ兵を出さず、手をこまねいているのです!」
わたしの突然の怒声に驚きながらも、文官たちが言葉を返す。
「し、しかし、ハーンのご許可なく、独断で他国に出兵する事はできません……」
「通商使節団が殺されただけではありません! 送り出した特使も殺され、辱めを受けているのですよ! そんな悠長な事を言っている場合ですか!」
わたしはコアクトたちを見ながら、叫ぶ様に言った。
「朕の股肱の臣である、ランを殺すなど、真綿で朕の首を締めるのに等しい行為です! 何故事態の重大性が理解できないのですか!」
わたしが普段にない剣幕で、感情を露わにして大声を出したので、居並ぶ廷臣たちは畏れ驚き、ぎょっとした様な表情を浮かべていた。
でも……わたしは感情を抑える事が出来なかった。
使節団抑留の第一報、そして特使派遣の時から、日々、彼らの無事と事件の円満な解決を願い、祈り続けてきたのに。
日を追って入ってくる悲報。通商使節団と特使が受けた、胸の痛む境遇。そして、誠実とはほど遠い、悪意しか感じないシブシ族の対応。
そして、こうした状況に何も対処できずにいる事への、やりきれない気持ち。
そうした思いが心の奥底から湧き上がって、わたしは押さえられなくなっていた。
「し、しかし、外交面などを考慮してから判断しなければ……」
震える声で文官が言うので、わたしは更にかっとなって叫んだ。
「手をこまねいて、諸侯が兵を動かさぬのであれば、朕自ら近衛軍団を率いてカラベに攻め込みます! 馬を持ちなさい!」
わたしの叫んだ声が、「玉座の間」に響き渡った。
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