外伝2 新年参賀
時は少し遡り、トゥリ・ハイラ・ハーンの2年(王国歴594年)の年明け、元日初日。
夜が明け、朝食を食べ、暫く経った頃。
ヘルシラント周辺に住むゴブリンたち、そして人間たちが、ぞろぞろとヘルシラントの山の周辺に集まって来た。
めいめいに新年の挨拶を交わしながら、「そろそろですかね」などと話しつつ、ヘルシラントの山を見上げる。
東側にヘルシラントの山が立っており、東側の視界が遮られる形になるため、この地域には所謂「初日の出」は見られない。
しかし、ある程度陽が昇ってくると、太陽がヘルシラントの山頂から姿を現す。
姿を現した瞬間、山頂から宝石の様に輝く陽の光を眺める事が、言わばこの地域では「初日の出」代わりの縁起物として、年初の行事とも言えるものになっていた。
ましてや今回は、前年の秋にこの地で「クリルタイ」が開催され、新たなるハーンが誕生したばかりである。
陽が昇るヘルシラント山は、リリ・ハーンの玉座がある場所。ハーンの居住地でもある。いわばこの山自体がご神体みたいなもの。これまでと比べて、一段と山の神聖度も増したと言えるのだった。
そうした事情もあり、この年はヘルシラント周辺の住民だけで無く、「火の国」各所からやってきた者たちも見受けられる。そのため、例年よりも多くの住民たちがヘルシラント山の麓に集まっていた。
……………
「まだかなぁ」
「まもなくですよ」
麓に集まった者たちが、ざわざわと山を見上げる中、ついにその時間がやって来た。
影になっていた山頂の端から、さあっと光が差してくる。
眩く輝く太陽が差し込んでくる姿は、まるで宝石の様だった。
その光に照らされ、山の形が一層くっくりと輝き、そして山頂に生い茂っている穂草が銀色に輝く。
そして、差し込んできた日光で、住民達が立っている草原も明るく照らされた。
その様子に、見上げた住民たちが、歓声を上げた。
「いやぁ、おめでたい」
「ご来光、綺麗ですなぁ」
「今年も良い事がありますように……」
歓声を上げながら、住民たちが山上を眺め、今年の幸福を願って祈りを捧げる。
「このお山の中に、ハーンがおられるのですなぁ、有難いことですじゃ」
「今年が『火の国』にとっても、良い一年だといいですなぁ」
そんな事を言いながら、山上を眺めて手を合わせる者たちもいた。
……………
その時だった。
「あれ? 山頂に、誰か立っていないか?」
誰かが気がついて言った。
「本当だ……誰だろう?」
確かに、山頂に誰かが立っており、こちらを眺める様に見下ろしている。
その姿は、ご来光の光の中に包まれて、まるで後光が差しているかの様だった。
「! あれは……」
小さな人影。
その頭上で輝くもの、そして手に持っている輝く杖に気がついた者たちが、驚きの声を上げた。
「……ハーンだ! ハーンが立っておられるぞ!」
「りり様が!?」
驚きのざわめきの波が、麓に集まった者たちの中を広がっていく。
そして、その波が群衆の隅々まで広がったその時……彼らのテンションは一気に最高潮に達した。
「うおお、ハーンがお姿を見せて下さった! ハーン万歳!」
「トゥリ・ハイラ・ハーン、バンザイ!!」
「りり様! 新年おめでとうございます!!」
「ハーンに栄光あれ!!」
「りり・ハーン、万歳!!」
観衆たちが、大歓声に包まれる。
山上で彼らを見るハーンに向けて、手を振る者。そして万歳を叫ぶ者。
うねりとなった観衆の響きは、周辺に響き、山を包み、山上にまで届いた。
その歓声に応えて、ハーンが麓に向けて手を振る。
それを見て、群衆達の興奮が更に高まる。
「りり様、万歳!」
「トゥリ・ハイラ・ハーンに栄光あれ!!」
「りり・ハーン、ばんざい!!」
群衆達の興奮は、太陽が昇りきり、そしてハーンが退出して姿が見えなくなるまで続いたのだった。
……………
思いもかけない、ハーンの来臨。
新年早々から、ハーンの姿を仰ぐことが出来た感激。
興奮冷めやらぬ群衆達であったが、新年早々の彼らの幸運は、これだけでは終わらなかった。
ヘルシラント山の洞窟から、荷車と共に出てきた、大尚書コアクトが彼らに告げたのである。
「ハーンから、お集まりの皆様にお言葉を預かっております」
「『皆とともに、こうして新年を祝うことができて、誠に嬉しく思います。今年一年、皆が健康で幸福である様、祈念します。また、我が国の益々の発展と、我が臣民の幸せを祈ります』」
集まった群衆たちにハーンから下された勅語に、皆は感激の声を上げた。
「ハーンが我らにお言葉を……ありがたいことじゃ」
「りり様からこの様な言葉をいただけるとは……」
手を取り合って喜ぶ群衆たち。
その様子を見ながら、コアクトは更に彼らに語りかけた。
「新年の縁起物として、ハーンからお集まりの皆様にご下賜品がございます」
そう言って、荷車で運んできた樽を地面に置く。部下達が樽の中に入っている液体を、枡に入れ始めた。
「大晦日である昨晩遅く、ハーンがヘルシラントの温泉にて、国家と臣民の幸せを願い、沐浴された際の『御玉湯』でございます。この『御玉湯』を皆様にお振る舞い致します」
その言葉を聞いて、群衆たちが歓声を上げる。
「ハーンの御玉湯が飲めるのですか!?」
「りり様が入ったお湯を味わえる!!」
瞬く間に、配布する場所の前に、長蛇の列が出来る。
並んだ者、一人一人に枡が手渡され、ハーンが入浴した湯が注がれる。
彼らはそのお湯を、感激の表情を浮かべながら口にするのだった。
「何とありがたい……まさか正月からこんな縁起物がいただけるなんて……」
「ハーンからこの様なご下賜をいただけるなんて、何とありがたい……!」
「りり様が入ったお風呂の水、美味しい!」
そして更に、彼らの幸運はそれだけに留まらない。
大尚書コアクトにより、更に彼らを感激させる言葉が伝えられたのである。
「畏れ多くもハーンにおかれましては、我が国と臣民の幸せを願う気持ちを、皆様と共にされたいと思し召しです」
「具体的には、昨夜にハーンがご入浴されたヘルシラントの温泉を、そのまま皆様に開放いたします」
続いて、横に立っているヘルシラント温泉(+酒場)の女将が言った。
「ハーンの思し召しにより、何と入浴料は本日無料だよ! 酒場の方は有料だけど、サービスするからみんな食べて行ってね」
その言葉を聞いて、群衆達の興奮が最高潮に達する。
「ハ、ハーンが入浴されたお風呂に入れるのですか!? しかも無料で!」
「りり様と同じお風呂に浸かれる!? ある意味、りり様と一つになれるじゃないか!」
「うおおおおおおおお!!!」
配布会場で玉湯を飲んだ者が、一斉にヘルシラント温泉の方に向かって動き出す。
「みんなが入って薄まる前に、濃度の濃いハーンの湯に入るんだ!」
「最初に行けば、りり様汁が飲み放題!」
中には、玉湯の配布そっちのけで、温泉に向かって猛ダッシュする者もいた。
……………
こうして、山を拝む者。行列を作って玉湯を飲む者。そしてヘルシラントの湯に走り、長蛇の列を作る者で、元日のヘルシラント山の麓は、大いに賑わったのであった。
麓に集まる群衆たちに答えようと、ハーンであるリリの発案……ふとした思いつきで行われた、この行事。
あくまでも単発イベントとして行われたものであったが、大評判となったこの日の出来事は「火の国」に。そしてリリ・ハン国全体に瞬く間に伝わる事となる。
その結果、翌年以降に集まる群衆達は数倍となり、ハーンの臨御は数回に分けて行う事となり、ハーンの勅語も唱石(音声を伝える魔導具)を使い、山上から玉音を直接群衆に伝える形へと変わっていく。
こうしたこの行事は、リリ・ハン国では「新年参賀」と言われる宮中行事として定例化する事となるのであった。
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