第84話 新たなる火種
爺がまだ憤慨した様子で話し続ける。
「それに、下品な笑いをさせたり、下らないダジャレとか言わせないで下され! 儂のキャラじゃないのに……」
「ごめんなさい、落とす必然性を持たせるために、つい……」
「全く……儂も赤ちゃんが可愛いですし、お生まれになってめでたいと思っておるのですぞ!
……ウス=コタ様、わたくしにも見せて下され」
よたよたと歩み寄る爺に、ウス=コタが快く赤ちゃんの映像を見せてあげる。
「いやぁ、本当に可愛いですな」
赤ちゃんの映像を見て、爺が表情を緩ませる。
「りり様も、赤子の時は、本当に可愛かったですぞ! そして本当に手の掛かる赤ちゃんでした。あの頃の思い出と言えば、好きなおもちゃが……」
まずい。
爺は生まれた時から、リーナと共にわたしの世話をしてくれている。
だから、わたしの乳幼児時代の出来事も、当然知っているのだ。
このまま喋らせておけば、わたしの乳幼児時代の恥ずかしいエピソードなどを言い出しそうなので、わたしは慌てて話を変えることにした。
「そ、それにしても、ウス=コタ将軍の子供達は本当に可愛いですね。
それも4人も同時に生まれて、本当に賑やかになりますね
マイクチェク王の一族が再興し、益々栄える事を楽しみにしています」
わたしの言葉に、ウス=コタが嬉しそうに一礼する。
「ありがとうございまする!」
「りり様」
その会話を聞いて、コアクトが進み出て発言した。
「国土が統一され、社会情勢が落ち着いた事もあり、我がヘルシラントでも出産を控えた者たちが数多くおります」
「そうなのですね」
「はい。もう暫くすれば、このヘルシラントの洞や周辺の村々で、直接赤ちゃんをご覧になれると思いますし、直接お抱きになる事もできますよ」
コアクトの言葉に、わたしは頷いた。
「それは楽しみですね」
「僕……わたしのイプ=スキ族からも、同様の報告を受けています」
サカ君が続けて報告してくれる。その言葉にウス=コタに目を遣ると、彼も肯定して頷く。マイクチェク族も同様の様だった。
「わあ……、それでは、『火の国』全土で子供たちが生まれそうなのですね。それは嬉しいです」
「火の国」を統一して、わたしがハーンに即位して。
戦乱が収まって平和になり社会が安定した事で、「火の国」全土でベビーブームの到来を迎えつつある様だ。
とても嬉しい出来事だし、将来的には国民の増加。そして国力の増大にも繋がる。
「火の国」の皆が安心して幸せに生活できる環境になりつつある様だ。ハーンとしてこれまでやってきた事が、何だか報われている様で嬉しかった。
できればこの流れを「火の国」だけでなく、まずは中南部が編入された「日登りの国」に。そしてできれば、ゴブリンが生きる、大陸全ての地域に広げられる様にしたい。
これからも、この大陸に住むゴブリン達に手を差し伸べ、仲良くして、この国に加えていこう。
そしてこれからも、我が国に暮らす者たちが、そして全てのゴブリンが幸せになれるように頑張ろう。未来はきっと明るい筈だ。
わたしは改めて決意を新たにしたのだった。
……………
だが……
やはり大陸の情勢は、そんなに甘いものでは無かった。
そして、この大陸に暮らす全ての者たちが、ゴブリン達が「話せばわかってくれる」「仲間になってくれる」様な甘い世の中では無かった。
わたしがそうした事を再認識させられる事になる、事件の情報が舞い込んだのは……このすぐ後の出来事だった。
……………
「た、大変でございます!」
その日、「玉座の間」に駆け込んできた使者から、速報がもたらされた。
「日登りの国」南部を統括するオシマ族長グランテから、文烏による速報で送られて来た情報だった。
「『隅の国』のシブシ族に派遣していた通商使節団が……」
「カラベの街にて、密偵の疑いを掛けられ、抑留されたとの事です!」
届けられた情報に、わたしたちは顔を見合わせた。
先日、「隅の国」を統治するシブシ族に対して派遣していた、通商使節団。
シブシ族との友好関係を樹立するために、多数の贈答品と様々な交易品を用意した、規模の大きな使節団だった。
同じくシブシ族との通商を求める「灰の街」と共同で編成された使節団は、「火の国」を出発して「日登りの国」を通り、南側に隣接する「隅の国」に入った。
そして「隅の国」北部にあるカラベの街に到着したのだが……そこで、カラベの街の太守であるテューク総督に密偵の疑いを掛けられ、抑留されてしまったというのだ。
彼らの言い分によれば、通商使節団だというのは見せかけであり、実際は将来侵攻するために、「隅の国」の状況を探る事が目的の密偵だと言うのである。
「どうやら、考え方に行き違いがあるようですね」
報告を聞いて、わたしは言った。
「彼らはシブシ族との友好のために派遣した使節団です。侵略のための密偵であるなどありえません。そうですよね、コアクト」
「……………はい」
コアクトが頷く。
「彼らの誤解を解き、使節団を解放して貰える様、使節を派遣しましょう」
わたしは、少し考えてから、続けた。
「ラン、そしてホーク。いますか?」
「はっ」「ここにおります」
わたしの呼びかけに応じて、文官たちの中から二名が玉座の前に歩み出てきた。
ランル・ランと、シュウ・ホーク。ともに壮年の男性ゴブリンである。
彼らはヘルシラント族の名族、ラン家とホーク家の当主だった。
この二家は、コアクトの家である(旧族長家でもある)コエン家と合わせて、ヘルシラント族で最も有力な三大氏族を構成していた。
ラン家はわたしの族長就任当時から、わたしを支持してくれている。そしてホーク家は初期は「旧アクダム派」だったものの、後にわたしの支持に回ってくれた。
その後勢力が広がり、諸部族を統合してリリ・ハン国が成立した現在においては、この二人はヘルシラント族生え抜きの、わたしを支えてくれる信頼できる家臣なのだった。
玉座の前に進み出た二人に、わたしは告げた。
「あなたたち二人を、朕の名代としてシブシ族への使節に派遣します。シブシに赴き、彼らの誤解を解き、使節団が抑留から解放される様に交渉して来て下さい」
「承知いたしました」
「朕からシブシ族族長、イル・キーム殿への親書を送ります。使節団が解放され、シブシ族との友好関係が樹立できる様、親書を手渡して下さい。
本件については、同じく使節が抑留されている『灰の街』と連携して、対応に当たる様にお願いします」
わたしの言葉に、二人は頷いて拝礼した。
「ははっ、必ずハーンからの親書をお届けして参ります」
「必ずや通商使節団の解放を実現させ、共に帰国いたします」
……………
こうして、ランル・ラン、シュウ・ホークの二人は、わたしの……ハーンの特使として、ヘルシラントを出発した。
「火の国」を北上した彼らは、北部にある「灰の街」に立ち寄り、「灰の街」側の使者であるトピクス評議員と合流した。
そして一行は東の「日登りの国」を経由して南下し、シブシ族が治める「隅の国」へと向かったのだった。
この間、わたしは……事態を楽観視していた。
誤解はすぐに解けるだろう。抑留された使節団は解放され、シブシ族との友好関係が樹立されるだろう、と考えていた。
そして、どちらかと言えばそれ以降の対応について……シブシ族との国交の詳細や、特使の任務を果たすであろう二人に、どの様に報いようか……などの物事を考えていた。
国土が広がって内政を行う地域も増え、更には隣接地域との交流も必要になってくる。こうした対応の重要性と仕事量が増してくる事を考えると、今後はコアクト以外にも高位の文官が必要になってくる。
今回の功績によってラン家とホーク家を昇格させ、貴族階級に任じるのもいいのではないか。爵位を持つ高位文官としてハーンを支え、国家運営に加わって貰おう。
そんな先の事まで、漠然とであるが、考えを巡らせていた。
だが……そんな淡い考えは、最悪の形で裏切られる事になる。
……………
特使の二人が出発して、暫く経った頃。
「大変でございます! き……急報です!!」
文烏による急報を持った伝令官が駆け込んできた。
そして、情報が書かれた紙片をコアクトに手渡す。
「……………!」
内容に目を通したコアクトの顔色が変わる。紙片を持った手が震えているのが見えた。
「何事ですか!?」
「りり様。いえ、ハーン……」
わたしの問いかけに、コアクトは少しの間沈黙して……息を整えてから言った。
「……情報が入りました。悪い情報です」
続いてコアクトが告げたのは……耳を疑う様な内容だった。
「カラベの街にて抑留されていた通商使節団が……。
全員、殺害されたとのことです」
……………
それは、後の世に「カラベ事件」として伝わる事件。
……そして、「リリ・ハン国」の東で巻き起こる、戦乱の始まりを告げる出来事だった。
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