第77話 周辺部族、入朝(2)
「諸侯たちよ。入朝、大儀である」
平伏する諸侯たちに、凜としたハーンの玉音が響く。
「朕の目指すところは、大陸に生きる全てのゴブリンたちの守護である。
今般、そなたたちが自ら王化に浴し入朝してくれたこと、朕は嬉しく思うぞ」
ハーンが薄幕越しに、諸侯たちに声を掛ける。
しかし、この場で彼ら諸侯が直接ハーンに返答をする事は許されない。諸侯たちは、ただ下を向いてハーンの言葉を聞いていた。
絹の薄幕の前に立つ大尚書コアクトが、復唱する形で言った。
「ハーンが『大儀である』と仰せです」
そこで始めて諸侯たちは一斉に平伏し「ありがとうございます」「光栄でございます」と口々に叫んだ。
大尚書コアクトが、薄幕越しに諸侯たちの言葉をハーンに伝える。
諸侯達には、薄幕越しに見えるハーンの目が一際大きく輝いた様に見えた。
コアクトの言葉を聞いたハーンは頷いて、改めて諸侯たちに声を掛けた。
「そなたたちが我が国に加わってくれた事、嬉しく思うぞ。
朕は、汝らに爵位を与えることとする」
「『日登りの国』中部諸侯の皆様は、所領を安堵されるとともに、ハーンの思し召しにより爵位が授与されます。
3つ以上の洞を持つ諸侯の皆様には『大当戸』の爵位が。それ以外の方には『骨都侯』の爵位が授与されます」
より詳しい説明を加えて、コアクトが復唱する。
平伏する諸侯たちを前に、ハーンは言葉を続けた。
「『日登りの国』はゴブリンが数多く暮らす、大陸東部の要地である。
特に中部地域……ユガ地方の統治は最重要であるため、朕はそなたらを守るため、国司を派遣することとしよう」
「『日登りの国』中部、ユガ地方については、国司を配置して、地域全体を統括する事と致します」
大尚書コアクトを中継して、諸侯たちに今後の統治方針が伝えられる。
「ありがとうございます」「ありがとうございます!」
諸侯たちは、平伏してお礼を言上するのであった。
……………
平伏し見上げる諸侯たちの前で、薄幕に映されたハーンの影がゆらめく。そして両眼がひときわ輝き、ハーンの玉音が響いた。
「今回の入朝を嘉して、そなたたちに浴湯を授ける」
コアクトが復唱する。
「今回入朝された功績を評価し、ハーンから諸侯の皆様に、玉湯が下賜されます」
その言葉に、諸侯たちから歓声と驚きが入り交じったどよめきが起きた。
「ハ、ハーンの玉湯を!?」「そんなものがいただけるのですか!?」
玉湯。現在ハーンがその身を浸している、浴槽の湯が下賜されるというのである。
望外の下賜に、諸侯達は驚き恐懼した。
狼狽している彼らを横目に見ながら、メイドのリーナが器を手に、一礼して薄布の後ろに入っていく。
そして銀の柄杓で、ハーンが身を浸す浴槽から、浴湯をすくい取って器に注ぎ入れた。
暫くして、リーナはハーンの浴湯が入った器を持ち、諸侯の前に戻ってきた。
そして諸侯の前を一人ずつ周り、置かれた椀に浴湯を注いでいく。
やがて「日登りの国」中部諸侯たち全員の前に、「ハーンの浴湯」が入った腕が置かれた。
諸侯たちは震えながら、目の前の腕を見つめる。
まさに今、ハーンが玉体を浸していた浴湯……玉湯が、湯気を立てて自分たちの目の前にある。
他ならぬハーンの思し召しにより、玉湯が自分たちに下賜されたのである。何と有難い事であろうか。
その事実に「日登りの国」中部諸侯たちは身を震わせた。
薄幕越しに見えるハーンの目が輝き、諸侯達に改めて告げた。
「そなたたちに、朕の浴湯を下賜する」
ハーンの言葉と共に、コアクトが諸侯たちを見て頷く。
諸侯たちは、一斉に「ありがとうございます」と一礼して、一斉に震える手で腕を持ち、浴湯が入った器を口に運んだ。
まだ十分に暖かい、ハーンの浴湯を口に含む。
ヘルシラント温泉特有の微かな塩気が感じられる。
そして、湯に入れられているのであろうか。湯を微かな緑色に染めている、薬草の様な味も伝わってくる。
……だが、それだけではない。
この浴湯には、まさに今、偉大なるハーン、リリが。トゥリ・ハイラ・ハーンが身を浸していたのだ。
これから彼らを守護し導く、伝説の「ゴブリリ」の特別な身体が。自分たちの主となるハーンが。
……そして何より、13歳の穢れ無き少女が、その身を、素肌を、一糸纏わぬ肌を浸していた湯なのだ。
この湯には、ハーンの玉体から染み出し、湯に溶け込んだ味が含まれているのだ。
そんな浴湯を、ハーン自らが分け与えてくれたのだ。
その有り難さに……諸侯たちは感激に打ち震えた。
少しずつ味わいながら、湯に含まれるハーンの味を、偉大なるハーンの滋養を、神気を余さず感じられる様に舌に転がしながら、諸侯たちは器に入った浴湯を流し込んでいく。
舌に伝わる玉湯の味、ハーンの玉体の味。そして喉を通って入って来る、ハーンの滋養と神気。
その味に、味わう事ができた感激に心が震え、自然に涙が溢れてくる。
身体の奥が、心がびりびりと震える。身体の奥底から力が燃え上がり、活力が突き上げてくる。そして精神全体が天に持ち上げられる様な、不思議な気持ちがわき上がってくる。
どれだけ飲んでも、もっと欲しくなる。喉の、そして心の渇きが、渇望感が湧き上がってくる。
ハーンの玉湯、神気を分け与えられた諸侯たちは……飲みながら、感激に身体を震わせる。
その心は彼らの新たなる主人、偉大なるハーンへの感謝と忠誠心で一杯に染まっていくのであった。
一部の諸侯たちには、自分だけでなく自分の部族の者たちにも分け与えようと、玉湯を持参した器に小分けにして流し込んでいる者もいた。
玉湯を飲み干した諸侯たちは、名残惜しげに空になった器を眺めた。
今自分たちの感じた、得がたい体験に身体を震わせる。
ハーンの玉湯を飲ませていただいた。何と有難い、すばらしい経験だろうか。
自分たちにこんな天にも昇る快楽を与えていただいた、ハーンに忠誠を誓おう。
そしていつの日かもう一度、極上の褒美を……玉湯を与えていただける様に、自分たちの身を捧げて、一生懸命お仕えしよう。
諸侯たちは万感の思いを抱きながら、改めて、一斉にハーンに拝礼したのであった。
……………
感激、そして恍惚の表情で浴湯を飲んでいる、「日登りの国」中部諸侯たちを横目に……「日登りの国」南部の部族であるオシマ族の長グランテは、不安げな表情を浮かべていた。
この場に参集している「日登りの国」の諸侯たちで、ただ一人だけ彼には爵位等の沙汰が無かったし、「ハーンの浴湯」も与えられていない。
不安げな表情で、ちらりとハーンの座する薄幕の方を見た時……ハーンの声が響いた。
「オシマ族の族長、グランテよ」
「オシマ族族長、クランテ殿」
コアクトがハーンの言葉を復唱すると同時に、グランテは改めて平伏した。
「ははあ……っ!」
何故自分には、玉湯が下賜されなかったのだろうか。
そして、果たして自分にはどの様な沙汰が下されるのであろうか。
グランテは、不安に身体を震わせた。
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