第76話 周辺部族、入朝(1)
トゥリ・ハイラ・ハーンの2年。
「火の国」にハーンが即位し、「リリ・ハン国」成立の祝賀ムードで明け暮れた年が過ぎ、新たなる年がやってきた。
そして、新たなる年は……「リリ・ハン国」にとって、幸先の良い出来事からスタートする事になった。
「火の国」の東部に隣接する「日登りの国」。
この国もゴブリンたちが在住し、ゴブリン諸勢力が点在している地域である。
その南部に勢力を持つオシマ族。そして中部に点在する諸部族たちが揃って入朝し、ハーンへの忠誠を誓うとともに、「リリ・ハン国」への編入を求めて来たのである。
確固たる強国が無く、ゴブリン諸部族が不安定な情勢下で小競り合いを続けていた「日登りの国」。
彼らは「リリ・ハン国」の傘下に入ることにより、庇護を求めたのである。
「リリ・ハン国」にとっては、戦わずして隣接する「日登りの国」の南部~中央部、およそ2/3を手に入れる形となった。
……………
「リリ・ハン国」の本拠地、ヘルシラント。
謁見の間(玉座の間)には、右賢王サカ、弓騎将軍サラク、大尚書コアクトを先頭に、「リリ・ハン国」の首脳陣が勢揃いしている。
王妃の出産のため本領マイクチェクに一時帰国している左谷蠡王ウス・コタを除き、主要メンバーがほぼ全員揃っていた。
そして彼らの前で、入朝した「日登りの国」の部族長たちが平伏していた。
後方に並んで跪いているのは、「ユガ地方」と呼ばれる「日登りの国」中部に勢力を持つ、様々な小部族の代表たちである。
ヨゥマチ族、タゴゥ族、マユラ族、クシマ族などが代表格であるが、代表である彼らの勢力範囲ですら、洞窟数カ所、数村程度である。
その他、洞窟および村1~2箇所程度のみを統治する、小規模な部族の代表たちがこの場に集っている。
「日登りの国」中部は、確固たる大勢力がいない、数多の小勢力が分立する不安定な地域なのだった。
そして彼らの先頭に位置し、最前列で跪いているのは、「日登りの国」南部地帯を勢力とする、オシマ族の長、グランテだった。
「日登りの国」南部地帯は、概ねオシマ族の支配地域である。そのため、同席している中部地帯の諸侯と比べれば、突出して大きな勢力を持っている。
しかし、それほど豊かな地域ではない事から、国力はそれほど強く無く、周辺に侵攻して勢力を拡大する程の余力は無い。
彼らの西隣には、「火の国」のマイクチェク族、そして「灰の街」の勢力がある。
また、南隣は「隅の国」に隣接しており、こちらはシブシ族が支配している。
彼らの戦力ではいずれにも手が出せないし、むしろ周辺部族の……特に強壮で知られるマイクチェク族の圧力に怯えている状況だった。
そして、こうした勢力への警戒が必要であるため、自身の勢力拡大のため、北に……「日登りの国」中部地帯に進出する程の余力も無い。
そうした状況下で、「火の国」に伝説の「ゴブリリ」が現れた。
そして、瞬く間に勢力を拡大。警戒していたマイクチェク族すら傘下に加えて併合。「火の国」を統一して、ハーンに即位。「リリ・ハン国」が成立してしまったのである。
彼らにとっては、西部に隣接している警戒すべき勢力が合体し、一気に強大化した事を意味していた。
過去数代の経緯から能力が疑問視されていた「ゴブリリ」だが、今回のゴブリリは、周辺部族を従えて「火の国」を統一するだけの手腕を持っている。
そして個人の武勇としても、強力な消滅能力を持ち、人間最強で知られる七英雄を一騎打ちで討ち取っているのだ。
絶対に侮ってはならない……そして、敵対してはならない相手だった。
地政学的な位置関係を考えると、「リリ・ハン国」がこの先勢力を伸ばす先は、「日登りの国」が最有力である。
「火の国」の諸部族を束ねた戦力を持つ「リリ・ハン国」と敵対すれば、オシマ族など、ひとたまりもない。
そしてそうした状況は、オシマ族よりも更に勢力の小さい、「日登りの国」中部地帯の部族にとっては尚更であった。
……ただ、「リリ・ハン国」を統治するハーンは、百年に一度現れるという伝説の「ゴブリリ」であり、「全ゴブリンの守護者」を名乗っている。
そして状況視察も兼ねて、ハーンを選出する「クリルタイ」、そしてハーンの「即位の儀」に参加していた彼ら代表たちは、山上に君臨するリリ・ハーンのカリスマ性、そして即位したハーンに向けられた、統合された「火の国」住民たちの熱狂と歓迎という、熱い雰囲気を肌で感じる事になったのだった。
その体験は、彼らの気持ちを固めるに十分だった。
このまま敵対して、圧迫そして侵攻を受けてしまうよりも、むしろ……その懐に飛び込むべきではないか。
オシマ族の長グランテは、考慮を重ねた結果、「リリ・ハン国」に従属し、その庇護下に入る事を決意したのだった。
そして、隣接する中部地帯の諸部族たちにも声を掛けて、共に揃ってヘルシラントへと入朝したのである。
……………
入朝した、「日登りの国」の部族長たちは、謁見の間で平伏していた。
「面を上げよ」
彼らに向けて、良く通る、透き通った玉音が響き渡った。
「皆様、面をお上げ下さい」大尚書コアクトが復唱する。
その言葉に、彼らはおそるおそる顔を上げた。
平伏する彼らの前……本来玉座が置かれている高い場所は、絹の薄布で作られた幕が張られており、ハーンの素顔を直接見る事はできない。
だが、絹の薄幕越しに、鎮座するハーンの姿が……その身体の輪郭が見えた。
本来玉座が置かれている場所には、今回の特別な謁見のために「ハーンの浴槽」が置かれていた。
それは、ハーン自身が削り出した玉石で作られた、まさに「玉槽」というべき浴槽であり、注がれたヘルシラント温泉の湯が湯気を上げている。
リリ・ハーンは、身体を浸していた「ハーンの浴槽」から身を起こし、平伏する諸侯たちに相対していた。
玉座の間後方の壁には、一面に「魔光石」が張られ、輝いている。その輝きがハーンの身体を照らし出し、その肢体を影絵の様に、絹の薄幕に映しているのだった。
浴槽に入っているリリ・ハーンは、一糸纏わぬ姿である。しかし薄幕で隔てられているため、諸侯たちからは直接その姿を見ることはできない。
彼らからは、薄幕越しに身体の輪郭だけが見える。
その輪郭の中で……眼鏡を掛けた両眼が煌煌と輝いているのであった。
そして「ハーンの浴槽」の後ろには、大きなミスリルの鎧が安置されており、こちらも「魔光石」の光を跳ねて輝いている。
平伏する諸侯たちが目にするのは、一段高い場所で……絹の薄幕でヴェールに包まれた、光り輝く舞台。
ハーンの傍らで輝く、ミスリル鎧の虹銀色の光。
そして……絹の薄幕に輪郭が映し出される、ハーンの肢体だった。
輪郭が、シルエットだけが映し出され、両眼が輝いているハーンの姿は……カリスマ性を増幅して、平伏した諸侯たちを益々畏怖させるのであった。
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