第66話 後始末、そして戦士の帰順
しばらくして、ようやく皆の興奮が収まって来た頃。
涙を拭いて顔を上げて、コアクトが周囲を見渡した。
ゴブリンたちによる後始末は着々と進んでいる。
聖騎士サイモンが所持していた品物類は、てきぱきと洞窟へと運び出されていた。
聖騎士サイモン自身は、鎧を脱がされ、動かない身体が地面へと安置されていた。
そして、封鎖されて入れない少し遠くから……数名の人間が遠巻きにこちらを眺めているのが見えた。
「りり様」
コアクトが、深呼吸をして……感情を整え、いつもの声色に戻りながら、わたしに言った。
「りり様に、やっていただきたい事があります」
「……………?」
「死者への冒涜、と思われるかもしれませんが……必要な事です。
この一手が、必ず後々に効いてきます」
そう言って、わたしに耳打ちする。
その内容を聞いて少し驚いたけれど……コアクトの意図する考えと、その意味は十分に分かったので、わたしは頷いた。
わたしは地面に倒れている、聖騎士サイモンの遺体の方に歩み出した。
ミスリル鎧を脱がされた聖騎士サイモンの動かぬ身体は、ヘルシラントの山頂から墜落した衝撃で、かなり酷い状態になっていた。
わたしはそんな聖騎士サイモンの表情を、そして身体の状態を見ないようにしながら……それでも、ちらりと見ながら、すっと、手を身体の、胸元の上へとかざした。
「……ごめんなさいね」
わたしは、一言言ってから。
「採掘」を発動させた。
……………
しばらく経ってから、現場を遠巻きに眺めていた人間たち……「灰の街」から派遣された冒険者たちは、コアクトに連れられて、封鎖されていた現場に入ることを許された。
彼らに与えられた使命は、戦いを見届けて、結果次第で行動する事。
そのうち、もし聖騎士サイモンが敗れ、死亡した場合にすべきだった事。それは、彼が持つ様々な所持アイテムの回収だった。
しかし、落下地点を発見、到着する前にゴブリンたちに現場を封鎖されてしまった。そして、アイテム類はゴブリンたちに軒並み持ち去られてしまったので、目的に反して、収穫はゼロになりそうだった。
現場には、もうほとんど何も残っていない。
聖騎士サイモンの、銀色の……ミスリル鎧、そして剣や盾だけが地面に転がっており、その側には穴が掘られていた。
そして、そのミスリル装備も、ゴブリンたちが洞窟へと持ち去って行くところだった。
「聖騎士サイモンは、りり様によって倒されました」
現状を傍観するしか無かった「灰の街」の冒険者たちに、コアクトが宣言した。
「そして、聖騎士サイモンの遺体は、この場で埋葬されます」
そう言って、コアクトが地面に掘られた穴を指し示す。
「貴方たちの雇い主はレバナス殿ですね? 報告するためにも、確認して下さい」
冒険者たちは、促されて穴の中を覗き込んだ。
「う……っ」
覗き込んだ「灰の街」の面々から、呻き声が漏れた。
穴の中に横たわる、鎧を脱がされた、聖騎士サイモンの遺体。
その表情は苦悶に歪んでいた。
それだけではない。遺体の損傷が極めて激しかった。
身体の各所についた傷は、墜落の衝撃によるものなのだろう。しかし、それだけでは無かった。
胸の中央についた傷が一際大きく、深く。まるで胸板を穿かれた様であった。
墜落しただけではこんな傷がつくわけがない。何らかの攻撃で付けられた傷なのは、明らかだった。
「……確認しましたか? この状況を、レバナス殿に報告して下さい」
コアクトが言った。そして、続ける。
「そして、レバナス様に伝えて、呼んできて下さい。我がヘルシラントの洞窟に来る様に、と」
その言葉に、冒険者たちは一斉にコアクトの方を見た。
「聖騎士サイモンの『所持品の分配』について、そして、『これからの事について』相談があります。その様に、レバナス殿に伝えて下さい」
……………
更にその少し後に。
喧噪と歓声に包まれた現場に、ひとりの大柄なゴブリンが、よろよろと歩いてきた。
ウス=コタだった。
彼は、周囲の状況を、呆然とした表情で眺めていた。
前方の地面に掘られた穴の中には、聖騎士サイモンの動かない身体が横たわっている。
自分が全力を尽くしても勝てなかった、全く歯が立たなかった相手が。
今や、動かぬ死体となって転がっている。
ウス=コタは、よろよろと聖騎士サイモンの方に歩みだし、その身体を覗き込んだ。
あれだけ自分を手玉に取り、戦いの相手にもされなかった聖騎士サイモンが。
目の前で、無念の、苦悶に満ちた表情で事切れている。
そして、自分では一太刀たりとも入れられなかった。全く歯が立たなかった、その肉体は……激しく損傷していた。
全身についた傷、そして胸板を穿かれた様な大きな傷。
自分では傷一つ付けられなかったサイモンの身体に、これだけの傷を刻んだ者がいるのだ。
……あれだけ自分の武力を豪語したのに、そして言葉に違わぬよう、修練を重ねたのに。
なのに、聖騎士サイモンに、自分の力は全く通用しなかった。
それだけでも衝撃を。屈辱感を覚えているというのに。
その聖騎士サイモンを、倒してしまった者がいる。
「ヘルシラントのリリ」が、この歓声の中央にいる少女が……聖騎士サイモンを倒したのだ。
「ゴブリリ」としての能力か、知恵によるものか、策略によるものなのか?
いや、攻撃も魔法も、そして策略も全く通用しなかったのは、目の前で見てきた。そして、自分自身が嫌というほど実感した筈だった。
そんな、聖騎士サイモンを……目の前の少女が、「ゴブリリ」が、倒したのだ。
……どうやって倒したのかなど、問題ではない。
聖騎士サイモンを、彼女が倒した。
その事自体が、ウス=コタを震わせた。
力を、武力を誇りとする、マイクチェク族。部族の気風として、力を持つ者が敬意の対象であり、強き敵を倒した者こそが、尊敬の対象となる。
マイクチェク族を束ねる一族として、族長の、王の名に恥じぬだけの鍛錬を重ね、その結果獲得した力を、ウス=コタは誇っていた。
そんな自分が。
どれだけ力を尽くしても、力が全く及ばなかった敵を、倒してしまった。
そして、その相手が……目の前にいる。
その事に、ウス=コタの精神は、身体は。衝撃に、恐懼に打ち震えるのだった。
「ウス=コタ殿」
自分に気がついた「リリ」が呼びかけた。
「貴方も頑張ってくれてありがとう、礼を言います」
周囲に鳴り響く、「リリ」を称える歓呼の声の中。彼女が自分に語りかけた。
……その声を、言葉を聞いて、ウス=コタの身体は打ち震えた。
「……………」
ウス=コタは……自然と彼女の前に歩み出て。
そして、跪いていた。
「りり様」
ウス=コタは、跪いたまま、言った。
「私、ウス=コタは」
「……そして。我が、マイクチェク族は。
……りり様に服属致します。りり様に、忠誠をお誓い申し上げます」
跪いたウス=コタは、そう言って、深々と頭を下げたのだった。
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