第65話 戦いの後
ヘルシラント山の麓。
ゴブリン洞の入口とは反対側に位置する平地。
山頂から落下して、地面に叩き付けられた聖騎士サイモン……だったもの、の周りに、ゴブリンたちが集まりだしていた。
リリを追って、聖騎士サイモンが山を上がっていってから、しばらくの時間。
高い山の上で何が行われているのか。見えないながらも山上を見上げていたゴブリンたちが見たものは。
頂上からものすごいスピードで落ちてくる、銀に輝く鎧の人物。そして、彼が地面に叩き付けられる、凄まじい音だった。
聖騎士サイモンの落下地点に、ゴブリンたちが集まって来る。
そして、遠巻きにしながら、山の上から落ちてきた聖騎士サイモンの様子を見た。
地面に叩き付けられた鎧は、激しく凹んで、損傷していた。
だが、自己回復機能でもあるのであろうか。眺めているゴブリンたちの目の前で、鎧の凹みや傷が、塞がる様に回復して、元の美しいミスリル鎧へと戻っていく。
しかし……鎧の中にいる人物は、全く動きを見せなかった。
地面に叩き付けられた衝撃か、鎧の腕や脚、そして首や腰の部分のつなぎ目が……中にいる人間が生きているのであれば、ありえない方向に曲がったままになっている。
そして、鎧の隙間からは……とめどなく血が流れている。
そんな不自然な体勢のまま、鎧はぴくりとも動かない。
首がありえない方向に曲がっており、被ったままになっている兜の中の表情は見えない。
しかし……鎧の中の人間が生きていないのは、明らかだった。
それに加えて、聖騎士サイモンが落ちてきた地面の周りには、ものすごい数の品物が散乱していた。
剣や盾だけではない。食器や器の様なもの、着替えの服の様なもの。そして、旅に使う雑貨類の様なもの……どこにしまいこんでいたのか判らない程沢山の品々が、地面に散乱していた。
聖騎士サイモンが腰につけていた「収納の魔法鞄」が地面に叩き付けられ、壊れた事で、しまいこんでいた所蔵アイテムや旅の道具が全て飛び出して、周囲に散乱していたのだった。
そんな状況を遠巻きに眺めながら、ざわざわと騒いでいるゴブリンたち。
その場に、よろよろと歩きながら、ひとりの女ゴブリンがやって来た。
白い髪の女ゴブリン……コアクトは、状況を一通り確認すると、周囲に素早く指示を出した。
「直ちにこの地域を封鎖して下さい! 人間たちをここに入れない様に!」
先ほどの戦いで疲労している身体をおして、周囲のゴブリンたちに指示をする。
「落ちているアイテム類は全て回収して、洞窟の倉庫まで運んで下さい!」
指示を出したあと、コアクトは、聖騎士サイモンが転がっている側まで歩いてきて、様子を確認した。
そして……少しだけ警戒しながらも、兜を外して……中身を確認する。
(う……っ)
鎧の中、聖騎士サイモンの悲惨な状況を確認して……コアクトは、周囲のゴブリンたちに言った。
「……大丈夫。間違いなく、死んでいます」
おおっ、と、ゴブリンたちの中から安堵のどよめきが起きる。
コアクトは、一言付け加えた。
「りり様がサイモンを倒して、山の上から叩き落としたのです!」
その言葉に、ゴブリンたちのどよめきが、一段高い、歓声に混じったものに変わった。
聖騎士サイモンの死亡を確認した、コアクトの言葉に安心しながら、指示に従って、ゴブリンたちは周辺を固めつつ、手分けして荷物を収集して、洞窟に運んでいく。
運搬しながら、ちらちらと聖騎士サイモンの方を見るが、やはり、不自然な姿勢のまま、ぴくりとも動かないのだった。
「! そうだ、誰か、山の上まで、りり様をお迎えに行って下さい」
コアクトが慌てて指示をしようとしたとき。
「……大丈夫ですよ、コアクト」
声がした。
その声に皆が山道を見上げると、馬に乗ったリリが、山頂から降りてきたところだった。
リリが鞍の上でもたれ掛かる様に馬に乗り、左右から手綱を持って、リーナと爺が馬を引っ張って歩いていた。その後ろには数名のゴブリンたちがついて来ている。
山上の出口から様子を見に行った者たちが、リリを助けて山を下りて来てくれていたのだった。
「りり様」
「りり様!」
「りり様……!」
リリの姿を認めた、コアクトが。そして周囲のゴブリンたちが、一斉に呼びかける。
その呼びかけに、リリは、しっかりと頷いて、無事な姿を見せたのだった。
……………
わたしは、リーナに助けられながら、馬から下りた。
山登り、そして山上での戦いで動き回ったためか、少し足元がおぼつかないけれど……うん、大丈夫だ。
わたしは、改めて前方を確かめた。
山の上から墜落した、聖騎士サイモンが地面に横たわっている。
コアクトを見ると……彼女は聖騎士サイモンをちらりと見て、こくりと頷いた。
「どうやら、倒せた……ようですね」
わたしは安心して、ため息をついた。
「りり様……そのお怪我は……」
わたしの方を見て、コアクトが心配そうな表情を浮かべる。
自分では見えないけれど、サイモンに斬られた額の傷は、結構深かった様だ。
斬られた直後には、流れた血で視界が遮られる程、結構出血があった。
駆けつけてくれたリーナによって応急処置が施されていたけれど、巻かれた包帯には血がにじんでおり、結構痛々しい見た目になっている様だった。
「大丈夫ですよ」
わたしはコアクトや皆を安心させる様に言った。
「聖騎士サイモンと戦って、この程度で済んだのですから、まだ良かった方です」
「で、でも……」
コアクトが、心配そうにわたしの顔を覗き込む。
わたしは、そんなコアクトの……白くなってしまった髪を見ながら、言った。
「それより、コアクトの方こそ、ありがとう」
そう言って、コアクトの手を取る。
「わたしのために、あれほどまでに、頑張ってくれて……本当にありがとう」
「りり様……!」
「あなたのしてくれた事、そしてあなたの気持ち、わたしはいつまでも忘れませんよ」
見つめたコアクトの目が、みるみる内に涙で潤んでいく。
「りり様……ありがとうございます。ご無事で、ご無事で、本当に良かったです……!」
涙を流しながら、潤んだ声でそう言うと、コアクトがわたしに抱きついてくる。
わたしも、胸が熱くなるのを感じながら、しっかりとコアクトの身体を抱きしめたのだった。
ふと見ると、いつしか、ゴブリンたちがわたしの周りに集まって来ていた。
わたしは、ゴブリンたちにも呼びかけた。
「みんなも、頑張ってくれてありがとう。礼をいいます」
わたしの周りを囲む、ゴブリンたちから歓声が上がった。
「りり様」
「りり様!」
「りり様万歳!」
「りり様に栄光あれ!!」
「りり様、ばんざい!」
わたしとコアクト、そして地面に斃れた聖騎士サイモンを囲んで。
ゴブリンたちの歓声は、しばらくの間、鳴り止まなかった。
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