第56話 対策の練り直し
「……ミスリルは、消せませんでした」
わたしは、手のひらを眺めて、先ほどの感覚を思い出していた。
「採掘」の能力で、ミスリル鉱石を消してみようと、意識を向けてみたけれど。
ミスリルを意識で「掴む」事ができなかった。「掴もう」としても、能力が「散る」様な不思議な感覚がして、「掴む」事が出来なかった。
改めてミスリル鉱石を持ってきて貰い、「採掘」の能力を試してみる。しかし、結果は同じだった。
意識でミスリル鉱石を「掴む」事ができない。「採掘する」事ができない。
能力が、ミスリル鉱石を「掴もう」とした瞬間に、散ってしまう感覚がする。
間違いない。
わたしの能力では……魔法銀ミスリルを「採掘する」……「消す」事はできない。
「これは……困った事になりましたね」
その様子を見て、コアクトが呟く。
その声を聞きながら……わたしは、自分が狼狽えているのを感じていた。
魔法銀ミスリルは、わたしの「スキル」では「採掘」できない。
それはつまり……これから来襲するであろう聖騎士サイモンの装備に対して、わたしの「採掘」の能力が、一切通用しない事を意味する。
彼が身につけている鎧にも、彼が持つ剣や盾にも、わたしの能力は全く通用しないだろう。
つまり、彼に対して、わたしの能力を生かした戦い方はできない。
聖騎士サイモンの情報を聞いた時。
やって来る日時さえ把握できるのであれば、彼の装備を「採掘」で消してしまえば、どうとでもなると思っていた。
聖騎士サイモンが来襲しても、実質、丸腰にした状態で戦えると思っていたのだ。
だが。そうした目論見が完全に崩れ去ってしまったわけだ。
自分の「採掘」の「スキル」は、聖騎士サイモンには効果がない。
全身ミスリル装備に包んだ、Sランクの「七英雄」騎士に対して、全く無力な一人のゴブリンとして、立ち向かわなければならないのだ。
どうしよう。
正直……今の時点では、対応策が思い浮かばない。
横に立っているコアクトもその事を判っているようで……険しい顔をしていた。
そして、思い出した様に続ける。
「それにしても、先ほどのレバナスという商人。そして、『灰の街』……信用できませんね。彼らの情報を過信するのは危険かと」
「……そうですね」
コアクトの言葉に、わたしも頷いた。
やはり、コアクトもわたしと同意見だった様だ。
今回、レバナスがミスリルを献上して来たのは。そして、「スキル」で消してみる様に促したのは。わたしの「ゴブリリ」としての能力……「採掘」が、ミスリルに通用するかを見極める意図もあったのではないだろうか。
どんな魔法力も弾く魔法銀ミスリルは、わたしの能力であっても弾くのか。それとも、わたしの「ゴブリリ」としての能力は例外で、ミスリルすら消せるのか。
その事を見極めて、わたしが聖騎士サイモンに勝機があるのかを見定める意図があったのではないだろうか。
もしかすれば、その結果次第で「灰の街」としての行動を変えるつもりだったのかもしれない。
幸いにも、コアクトの機転で「わたしがミスリルを消せない」事はバレなかったけれど。今回のやり取りだけで、上手くごまかせたのかは判らない。
そして、いずれにせよ、わたしの「採掘」の「スキル」が通用しないミスリル装備に身を包んだ、聖騎士サイモンと戦わねばならない事には変わりがない。
「灰の街」からの情報では、聖騎士サイモンが来襲するまで、僅かな期間しかない。
その間に、どの様に彼らと戦うか、対策を考えなければならないのだった。
……………
「コアクト、どうしよう……。このままじゃ……」
改めて自覚すると、押さえられない身体の震えが湧き上がって来て、わたしは思わずコアクトにしがみついていた。
自分の「スキル」が聖騎士サイモンに通用しないという事は、有効な対抗策が無い。
このまま、聖騎士サイモンが来襲して来たら……。
「わたしがみんなを守れないと、みんなが、みんなが……!」
わたし自身の身が危険なのは、勿論だ。
だが、それよりも怖いのは……皆が、仲間達にも危害が加えられるだろうという事だ。
リーナや爺、そしてコアクトたち、そしてこの洞窟や各地に住む、ヘルシラント族のみんな。そして、新たに仲間になったイプ=スキ族のゴブリンたち。
様々な出来事を通じて、わたしの元に、ヘルシラントに集まってくれた、ゴブリンたち。
だが、それが、崩壊してしまうかもしれない。
わたしの元に集まって来てくれた、わたしを信じてくれているゴブリンたちが……全員、殺されてしまうかもしれないのだ。
イプ=スキ族との戦いの時には、対抗策を考える事ができた。
そして、最近のマイクチェク族との対立も、直接戦わなくて済みそうな情勢になってきていた。
だが、今回の聖騎士サイモン来襲には……どの様に対応すればいいのだろうか。
わたしの「スキル」、「採掘」で何とかしないと、わたし自身が、そして仲間たちが殺されてしまう。
だが……聖騎士サイモンには、わたしの「採掘」は通用しないのだ。
「どうしよう、どうしよう……!」
「大丈夫、きっと大丈夫です、りり様」
その時、コアクトが、わたしの身体をそっと抱きしめてくれた。
「私が、このコアクトがついています。この私が、りり様をお守りいたします」
「コアクト……」
見上げると、コアクトは決意を秘めた目で、わたしを見つめていた。
「それに、ヘルシラントの皆がついています。私たちの力と知恵を結集して……聖騎士サイモンを倒すのです。わたしたちなら、きっと出来ます!」
「でも、皆に危害が及んでしまったら……」
「りり様。どうか、私たちにお任せ下さい。頼って下さい。
ヘルシラントの皆が。そして……この私、コアクトが。りり様をお守りいたします」
コアクトは、まるで自分に言い聞かせる様に。もう一度、わたしをしっかりと抱きしめて、はっきりと言った。
「私と、ヘルシラントの皆で、聖騎士サイモンを迎撃する、最善の体勢を整えます。りり様には、そして部族の皆には、指一つ触れさせません」
コアクトはそう言って、わたしの目を見た。
「ですがりり様も、念のために対抗策を考えて下さい。サイモンに直接『スキル』が使えなくても、落とし穴を掘ったり、罠を作ったり、何かできるかもしれません」
「……そうね。ありがとう、コアクト」
わたしは頷いた。
今こそ、わたしたちの総力を結集する時だ。
コアクトであれば、きっと最善の迎撃策を考えてくれるだろう。そして部族の皆からも何か良い案が出てくるかもしれない。共に意見を出し合って、最善の迎撃態勢を整えるのだ。
わたしを信じて集まってくれた皆を、信じよう。
そして、このわたしも、頼り切りにならず、自分にできる事を考えよう。
部族を挙げた迎撃策を一緒に考えるのは勿論だけど。
でも……もし、それでも聖騎士サイモンを止められなかった場合……部族の皆に、被害が出ない方法を考えなければならない。
聖騎士サイモンの目標は……本来、わたし一人だ。
だが、仲間達に危害を及ぼさない保証など、どこにもない。部族を挙げて迎撃するのなら、尚更だろう。
迎撃策を突破して、聖騎士サイモンが襲ってきた場合、何とかしないと、自分だけでなく、仲間達皆が命の危険に晒される事になる。
そうならない様に……最善の行動を考えなければならないのだ。
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