第45話 思わぬ来訪者
それから、しばらくの時が過ぎた。
イプ=スキ族がわたしたちヘルシラント族に帰順し、事実上合併、併合した様な状況となった。
族長であるサカ少年と、側近サラク。そして彼らの部下たちが、ヘルシラントの洞窟に引っ越してきた。彼らには、元々アクダムが住んでいた区域に入って貰っている。
彼らは形の上では人質だが、族長のサカ少年は、自分たちの子供の様に、部族のゴブリンたちに暖かく迎えられていた。
サカ少年の可愛らしさとその性格、そして側近であるサラクの謙虚な人柄もあり、危惧していた程にはヘルシラント族の者たちとのトラブルも起きず、仲良くやっている様だ。
だが、現場レベルでの双方の領地の住民たちの和解、そして本格的な交流については、まだまだこれからの事になるだろう。長い目で見なければなるまい。
これらの引っ越しと平行して、ヘルシラントに編入されたイプ=スキ族の版図についても、把握するべく調整を進めていた。
サラクやイプ=スキ族の側近たちに教えられて、イプ=スキ族の領域について学んでいく。
イプ=スキ族の領域は、新しくヘルシラント領になったと同時に、現在進行形でマイクチェク族の脅威に晒されている地域でもある。
早く把握して、北方から侵攻してくるであろう、マイクチェク族に対応しなければならない。
境界に近い北方では、最近彼らに奪われたチランの村近辺を中心に、小競り合いも起きている様だ。
やはり一度近いうちに、北方の最前線に赴き、直接確認しなければならないだろうか。
今後の敵になるであろう、マイクチェク族。
彼らは歩兵が中心であり、これまでの弓騎兵中心だったイプ=スキ族とは対応が異なってくる。
ここ最近、騎馬兵中心のイプ=スキ族対策で、要所要所に「スキル」を使って堀を作ったり、見張り台を兼ねた櫓を建てたりしていた。こうした対策は勿論、マイクチェク族に対しても一定の効果はあると思うけれど、彼らの侵攻を阻止するためには、新たな対策が必要になってくる事になりそうだ。
また、今のところこうした対策を取っているのは、元からのヘルシラント領土だけだ。今回の統合で一気に領土が北方面に伸びたわけだが、旧イプ=スキ族領地においては、こうした対策も手つかずだ。
北方から攻めてくるだろう、マイクチェク族への対抗策を、急いで整備する必要があった。
強力な歩兵で、数も多く、更には射程距離の長い弓、威力の高い矢まで持っている。
正直、マイクチェク族は、武力や兵士の質においては、わたしたちヘルシラント族を全てにおいて上回っている。
彼らに対抗するためには、イプ=スキ族との協力が不可欠だし、勝つための何らかの作戦。そして、わたしの「スキル」を生かした戦い方をする事が必要になるだろうと考えられた。
マイクチェク族が本格的に南下して来るまでに、対抗策を打たねばならない。わたしは焦りつつも、どう対抗すべきか考えを巡らせる日々が続くのだった。
……………
……しかし、焦っている状況とは裏腹に、現実には不思議な状況が生じていた。
……………
なぜか、マイクチェク族が、それ以上攻撃してこない。
不思議な事に、彼らに南下の動きが見られないのだ。
イプ=スキ族との戦いに勝利し、重要拠点であるチランの村を制圧したと聞いていたので、正直なところ、彼らの南下が進行して、次々と、旧イプ=スキ族の拠点が襲われる……という状況を覚悟していた。
帰順したイプ=スキ族の領土掌握は、進展するであろうマイクチェク族の南進との「時間との戦い」になると思っていたのだ。
しかし、不思議な事に、マイクチェク族の南下が止まっている。
直近の戦いで奪われたチランの村に対しては、(帰順する前のイプ=スキ族時代から)定期的に斥候を放って様子を探っている。
報告によると、チランの村については占領直後から、マイクチェク族の軍勢が駐留し、更には確実な領地化を図って、ゴブリンたちも移住して来ている様だ。
彼らは獲得したチランの村を確保すべく、がっちりと守りを固めているし、斥候たちが彼らに発見されて、小競り合いなども起きている。
だが……なぜか、「その次」の動きが見られない。
更なる南下の動き、旧イプ=スキ族領地への侵攻の動きが見られないのだ。
占領された村はおろか、襲われた村すら、一つもない。
前線にはほぼ無防備に近い村も多かっただけに、マイクチェク族側に全く動きが無いのは、不思議であり不気味な現象だった。
イプ=スキ族がヘルシラント族に帰順した……わたしたちが手を組んだ事で、警戒しているのだろうか。
それとも、まずは重要拠点であるチランの村の確保を優先しているのだろうか。
しかし、それにしても動きがなさすぎる。わたしたちの領土への強行偵察や、侵略のための先遣部隊を出した様子すら無いのだ。
「不思議なほど動きがないですな。我々としては助かりますが……」
ヘルシラントの「族長の間」で行われた会議。その場で、サラクも不思議そうな表情を浮かべていた。
「重要拠点のチランが落ちた以上、その周辺の村たちはほぼ無防備で、彼らにとっては『ただ取り』に近い状況の筈です。この状況で全く南下の動きを見せないのは……正直、なぜだかわかりません」
その言葉に、わたしも当惑しながら尋ねた。
「……マイクチェク族に何かあったのでしょうか?」
「わかりませんが、彼らが動かないでいてくれるのであれば、チャンスでもあります」
サラクが言った。
「今のうちに、前線の村について防備を固めるとともに、守り切れない拠点については、村人を南部に移住させるなどの対策を取っていただけると助かります」
その言葉に、わたしも頷いた。
「そうですね。それに、早いうちに前線を見ておきたいですね。わたしの『スキル』であれば防御陣地も構築しやすいですし……」
「はい、お願いします」
サラクが頷いた。
「マイクチェク族が動かない理由は不明ですが、遠征軍の準備を整えているのかもしれません。イプ=スキ、そしてここヘルシラントまで一気に制圧を図る様な、大攻勢を行ってくる可能性があります」
「確かに、それはありえますね……」
サラクの言葉に、わたしは頷いた。
少しずつ支配地を増やしていくよりも、マイクチェク族の全力を挙げた攻勢で、一気にヘルシラントまで攻略して、この「火の国」の統一を図る……十分にありえる事だ。
「いずれにしても、今のうちに最前線となる地域で対策を行う事は重要だと考えます」
「そうですね」
マイクチェク族が動きを潜めている意図は、わからない。
どんな理由であっても、前線の村が襲われずに済んでいるのであれば、わたしたちとしても助かる。
だが、サラクが指摘する通り、周囲の小村など放置しておいて、一気に勝負をつけるべく、イプ=スキやヘルシラントを狙った攻勢を狙っているのかもしれない。
いずれにしても、マイクチェク族の情勢を早期に探っておく必要がありそうだ。
マイクチェク族側の沈黙を不思議に思いつつも、わたしたちはなるべく早めに、北部の前線地域確認に現地に赴くべく、調整を進めていたのだった。
……………
事態が動いたのは、そんな、ある日の事だった。
ヘルシラント山の洞窟入口で、大声で叫ぶ、人影があった。
「ヘルシラントの部族長はいるか!? お会いしたい」
「我が名は、マイクチェク族のウス=コタ!」
ヘルシラントの山にやってきた、一人の若き騎馬武者。
騎馬に乗り、銀色に輝く薙刀を持った、大柄なゴブリン。
彼の来訪によって、事態は大きく動くことになるのだった。
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