第42話 イプ=スキ族の決断
「我々、イプ=スキ族はヘルシラント族に帰順し、服属致します。どうか我らイプ=スキ族を、傘下にお加え下さい」
「!!!」
サラクの突然の言葉に、「族長の間」が大きくざわめく。
今回彼らから出てきたのは、前回の降伏勧告、臣従要求とは、真逆の言葉。
部族首脳部の彼らが来たという事で、「和睦の使者」「休戦協定の使者」あたりの可能性はあるのでは……と思っていたが、まさか彼ら自身から服属すると申し出てくるとは思わなかった。
「その……本当ですか!?」
わたしの言葉に、サラクは頷いた。
「はい。我らイプ=スキ族は、ヘルシラント族の、りり様の傘下に入らせていただきます」
きっぱりとそう言った。
「族長の間」の中のざわめきが、更に大きくなる。
これまで、ヘルシラント族にとって、イプ=スキ族は最大の脅威だった。
弓騎兵で間断なく北方から襲ってきて、村々を略奪する最大の敵。彼らが襲ってくる度に、わたしたちは避難して籠城するしか無く、なすすべ無く村を焼かれたり物資を奪われたりしていたのだ。
そして、先日の「ナウギ湖畔の戦い」でもし敗れれば、彼らに征服されるところだったのだ。
そんな彼らが、わたしたちヘルシラントに降伏、帰順するなど、ありえるのだろうか。
そして、彼らのこれまでの所業を考えると、彼らを信用して迎え入れてもいいのだろうか。
「し、しかし、これまでの経緯もあるし、すぐに信用するわけには……」
ヘルシラント側から出た言葉に、サラクは即答した。
「勿論、そのご懸念はごもっともです。それゆえ、ご信用いただくためにイプ=スキ族として、ヘルシラント族に人質を出させていただきます」
「人質?」
わたしが尋ねると、サラクは傍らの少年を見て……きっぱりと言った。
「はい。族長である、サカ様自身です」
「な、なんと……!!」
驚きの声の中で、皆の視点が少年族長に集まる。その視線の中で、少年は決意を秘めた表情ではっきりと頷いた。
「そして、この私、サラクも人質として滞在させていただきたい。そして今後は、りり様の元で働かせていただきます」
「!!! あなたまでが人質に!?」
疑問の声に、サラクがきっぱりと頷いて言った。
「はい。人質としての位置づけではありますが、サカ様と私が、皆様の部下として加わるとご認識下さい」
驚いた。ここまで思い切った手を打ってくるとは、思わなかった。
こうした場合、先々に決裂する可能性も加味しないとならない。
そうなれば、通常は人質は処刑され、捨て駒に……犠牲になってしまう
だから、人質には、出される側としては担保となる「ある程度以上」の有力者が必要だ。だが、捨て駒となる可能性も考慮すれば、人質提供側にとっては「有力すぎない」有力者やその家族を出すのが、順当なところだろう。
ところが、イプ=スキ族は、族長であるサカ少年自身が。そして、最側近であり、おそらくは現在の最高実力者であるサラク自身が。人質としてヘルシラントに来るというのだ。
つまり、イプ=スキ族の最上位のゴブリンが、自ら人質になるという事だ。
いや、人質というよりこれは……完全にイプ=スキ族自身が、わたしたちヘルシラントにその身を預けていると言える。
これは本当に、形の上での服属ではなく、イプ=スキ族全体がヘルシラント族にその身を預ける……。全面降伏……いや、合併、吸収と言っていいレベルの行動であった。
「そ、その判断は、イプ=スキ族全体の、そして族長も承知の上での判断なのですか?」 わたしは改めて二人に聞いた。
「勿論です」
サラクが答える。
「りり様のご存じの通り、北方からマイクチェク族が勢力を伸ばしております。我々イプ=スキ族だけでは、もはや支える事はできません」
サラクの言葉に、わたしたちは顔を見合わせた。
マイクチェク族の勢力拡大、北方での戦い、チランの村陥落などの情報は聞いていたが、思っていた以上に、イプ=スキ族の置かれた状況は切迫していた様だった。
「彼らは『火の国』の武力征服を目指しており、交渉できる余地はありません。このままでは、イプ=スキは陥落して、部族は滅ぼされる事になるでしょう」
サラクは、わたしたちを見回して言った。
「その前に、ヘルシラント族の傘下に加えていただき、りり様の『ゴブリリ』としてのお力、そして先日お見せになった軍略をもって、守っていただきたいのです」
「し、しかし……」
逡巡するわたしたちを前に、サラクは続けた。
「このままでは、イプ=スキはマイクチェク族の手に落ちます。
そして、次に彼らの侵略の手は、ここヘルシラントにも伸びてくる事になるでしょう」
「……………」
「イプ=スキの領地を制圧してしまえば、マイクチェク族は支配地を増やし、更に強大化してしまいます。そこまで行けば、ヘルシラント単独で対抗する事は不可能でしょう」
サラクが力説する。
「その前に、我々両部族が、力を合わせてマイクチェク族に対抗する必要があるのです」
「皆様に信じていただくため、族長であるサカ様自身。そしてこの私の身柄をお預け致します。
どうか、お力をお貸し下さい! どうか、これまでの経緯をお許しいただき、イプ=スキ族をお救い下さい!」
そう言って、サラクが、そしてサカ少年が、ヘルシラントの皆の前で頭を下げる。
その様子を見ながら、わたしは考え込んでしまった。
サラクがさりげなく、利害面……マイクチェク族の南進は、ヘルシラント族の脅威でもある点を強調するのを忘れていなかったけれど。
しかし、彼らの真意が、自分たちを保護下に入れて、イプ=スキ族を救って貰いたい点にある事は確かだった。
わたしは、「族長の間」に集まっている、ヘルシラント族のゴブリンたちを見回した。
皆、当惑した表情をしている。
……本当に彼らイプ=スキ族を信用しても良いのだろうか。
そして、これまでの経緯を考えると、彼らを迎え入れてもいいのだろうか。
どのゴブリンたちも複雑な表情をしている。
族長であるわたしは若いし、外の世界を知らず、幽閉されていた期間が長い。だから、これまでのイプ=スキ族との確執について、どちらかと言えば「知識としてしか」知らない。
だけど、この部屋にいるヘルシラント族のゴブリンたちは、長い期間、イプ=スキ族の脅威に晒され続けていたのだ。実際に襲われたり、被害を出した者も多い。
だからこそ、先日のイプ=スキ族との戦いをみんな支持してくれたし、わたしが「ナウギ湖畔の戦い」に完勝した事で、部族内での支持も盤石のものになったと言っていい。
そうした背景があるのに、これまでのわだかまりを捨てて、彼らを許し、イプ=スキ族の帰順を受け入れても、彼らを信じてもいいのだろうか。
そうした複雑な感情が、彼らの表情からは見て取れた。
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