第191話 回廊の戦い(18)対策会議
トゥリ・ハイラ・ハーンの4年(王国歴596年)、水の月(6月)3日の夜。
昼間に行われた一連の戦闘で、地竜を投入してきたタヴェルト軍によってわたしたちリリ・ハン国の防衛ラインは突破されてしまった。
地竜軍団が突破した後に歩兵や戦車部隊が続く形で、タヴェルト軍は我が軍の堀と防衛陣地を次々と突破。回廊西出口に構築していた我が軍の防衛ラインは蹂躙され、完全に制圧されてしまったのである。
わたしたちリリ・ハン国のゴブリン軍は回廊内部に撤退し、回廊中心部の陣地で体制を一旦立て直したが、これは一時的なものにすぎない。
タヴェルト軍は夜襲のリスクを避けて、今夜はこれ以上の追撃を行わず、占領した回廊西出口の陣地に留まっている。しかし、間違い無く翌朝になれば進撃を再開し、回廊内部に軍勢を進めてくるだろう。
タヴェルト軍が擁する地竜、そして戦車部隊。今日の戦闘の結果が示すとおり、我がゴブリン軍の戦力では対抗する事ができない。このまま翌朝以降も戦況が進展すれば、回廊内の陣地では守り切れずに次々と突破されるだろうし、最終的には回廊全体を制圧され、タヴェルト軍が回廊を抜けてわたしたちの本国「火の国」に突入するのは必至であると考えられた。
この状況から、この先わたしたちリリ・ハン国としてはどう行動すべきか。本陣は深刻な雰囲気に包まれていた。
……………
「まずは回廊内の各砦で守りを固めて迎撃。侵攻を遅らせると共に敵軍を削るしかないかと」
本陣での対策会議。
まずは今後の方針の叩き台とすべく、左日逐王グランテが「常識的な」提案発言をした。
その言葉に、わたしを含めて皆が顔を見合わせて考え込んだ。
確かにその通り。当初の作戦はこの方針通りであったのだが……。
「しかし、敵軍にあの地竜が、そして戦車がある以上、簡単ではありませんぞ」
シュウ・ホークが発言し、わたしたちは回廊の地図を睨みながら考え込んでしまった。
我が軍としては本来の作戦で目指したかったのは、回廊西出口の陣地で守り切り、敵軍を回廊に進入させないことだった。
そして、もし西出口の陣地が陥落した際に取るべき次善手は、回廊内部の各地に設営された砦や陣地で迎え撃ち、敵軍の侵攻を遅らせる遅滞戦術だった。
各防御拠点で迎え撃つ事で敵軍を少しずつでも削れる筈だし、随所で籠城する事で時間を稼ぐこともできる。その間に敵軍が兵糧切れや補給の途絶などを発生させ、攻勢限界点に達する可能性がある。
そしてもし、全ての拠点が陥落して回廊が占領された場合でも、回廊での戦闘で「削った」敵軍を回廊東出口の陣地で迎え撃つ事で、有利な形で決戦を挑む事ができる筈。
これらどこかの防衛線で最終的にタヴェルト軍を食い止め、本国「火の国」への侵攻を阻止する。それが……この回廊でタヴェルト軍を迎撃する際の基本戦略だった。
しかし。敵軍にあの戦車部隊が……そして地竜の軍団がいた事で、その作戦は根本的な破綻が生じていた。
タヴェルト軍の戦車部隊。機動力に加えて強固な装甲で守られた軍勢に対して、我が軍は有効な対抗手段を有していない。通用するのは一部の新兵器くらいであったが、ほぼ撃ち尽くして残段が残っていない状態だ。
ただ、戦車部隊に対しては籠城すれば対抗する事はできる。
問題は……タヴェルト軍の「竜騎兵団」、地竜の軍団だった。
あの地竜の巨体、そして圧倒的な力。我が軍の戦力で……ゴブリンの体躯で対抗できないだけではない。防御陣地も何の役にも立たず、破壊され、突破されてしまう。その戦闘力は、今回の西陣地での戦闘で見せつけられたばかりである。
地竜の前には、我が軍が回廊各所に設営した防御陣地や砦は何の役にも立たない。圧倒的な力の前では陣地も砦も盾も紙に等しく、ただ簡単に次々と蹂躙され、破壊されるだけだろう。
そう考えると、もはや……当初の戦略としていた、各防御地点で「時間を稼ぐ」「敵軍を削る」事は不可能であると考えられた。
そうなると、回廊内で防衛に回っても短時間で各個撃破されるだけあり、各拠点で徒に犠牲を増やすだけという事になってしまう。
昼間の戦闘で地竜の圧倒的な戦闘力と破壊力をまざまざと見せつけられたわたしたちにとって……その事は痛いほど判っている事だった。
……………
「敵軍にあの地竜がいる以上、回廊の各拠点で少勢で防御する事は現実的ではございません」
コアクトが地図を見ながら言った。
「いっそのこと、回廊から完全撤退して東出口まで撤退し、東出口の陣地に全軍を集結させて決戦を挑むべきかと」
その言葉に、一同はざわめいた。
「タヴェルト軍に回廊を明け渡すのですか!?」
「確かにそこまで軍を下げれば、タヴェルト軍側にとっては補給線が伸びるので、付けいる隙も出てくるかもしれませんが……」
「回廊の外で迎撃したところで、敵軍の陣容は変わりません。確実な勝算が見込めるわけではありませんぞ」
「もし回廊東出口で阻止できなければ、タヴェルト軍が『火の国』に侵攻し、雪崩れ込んで来ますぞ! そうなれば我が国は……」
「それに、戦略拠点である回廊がタヴェルト侯の手に渡る事自体が、我が国の重大な脅威となります!」
その言葉に、一同が次々と動揺の声を上げる。
それこそがわたしたちリリ・ハン国の者が最も恐れている最悪の展開だ。タヴェルト軍の本国侵入を許せば、あの機動力溢れる戦車部隊、そして圧倒的な力を持つ地竜の軍勢で、本国はあっという間に蹂躙されてしまうだろう。
当然それは防がねばならないが……現実問題として、タヴェルト軍を回廊内で防ぐ手立てが無い。そして、回廊東出口まで下がって迎え撃ったとしても、勝てる見込みなどないのだった。
要するに手詰まりという状況に、わたしたちはひたすら地図を眺めながら頭を抱えていた。
……………
その時だった。
コアクトが突然、鋭い目つきをして、本営の端に目を向けた。
そして足音を潜めて天幕の外に出て行こうとしていた人物を咎める。
「……待ちなさい!」
鋭い声で咎め、指を差して指示する。衛兵達が素早くその人物を拘束した。
「不用意な行動は慎んで貰いましょうか、レバナスどの」
「べ、別に怪しい事はしておりませぬ、ただお手洗いに行こうと……」
何かを誤魔化す様に、あたふたとした口調で言ったのは、一人の人間の男性……「灰の街」から派遣された観戦武官、レバナスだった。
「……………」
コアクトはそんな言い訳には耳を貸さず、速歩でレバナスの側まで歩み寄ると手を伸ばして彼が所持していた鞄に手を伸ばした。そして半開きになっていた鞄に手を突っ込んで探り、すぐに発見した何かを掴み、引っ張り出した。
それは……鞄の中に収納されていた文烏だった。その脚には何かの通信文と思われる紙片が括り付けられている。
コアクトは無言で懐から小刀を取り出した。そして、素早い動きで文烏の喉を掻き切る。
小さなくぐもった悲鳴とともに、文烏が絶命する。その悲鳴と共に、レバナスも悲鳴を上げた。
「ひいっ」
コアクトは無造作に文烏の亡骸を叩き付ける様にして地面に投げ捨てた。そしておもむろに右手を向け、火炎魔法を放つ。文烏の亡骸は、脚に括り付けられた通信文と共に、巻き上がる炎の中で焼けて行った。
「な、何をなさいます……」
弱々しく抗議するレバナスを尻目に、コアクトはわたしたち全員に伝える様な大声で言った。
「現在の戦況を。タヴェルト軍に前線を突破され、我が軍が敗北寸前であるという事を、本国に……『灰の街』に伝えようとしていましたね」
コアクトが鋭く指摘する。
「そして……自らの、『灰の街』の身の安全のためには、速やかにタヴェルト侯側に寝返る様に、そして軍勢を出して我が軍の背後を突き、タヴェルト軍と挟み撃ちにする様に進言しようというわけですか」
「い、いえ、そんなわけでは……」
我が軍の者たちのどよめきの中、レバナスが慌てて否定する。しかしその声の震える感じ、そして目が泳いでいる様子から、指摘した通りの内容の通信文を「灰の街」に飛ばそうとしていた事は間違いなさそうだった。
「レバナスどの、その様な行動を……」
「これは我らが国に対する、そしてハーンに対する重大な背信ですぞ!」
抗議の声が沸き起こる中、コアクトはわたしの前に進み出て言った。
「ハーンに申し上げます。彼は立場上、我が国よりも『灰の街』の安全を…利益を優先して行動します。現在の状況で、レバナスどのを自由に行動させておくことは……いや、生かしておくこと自体が危険であると考えます」
そして、ちらりと後方で拘束されているレバナスを見ながら言った。
「彼については、『昼間の戦闘で戦死していた』事にして始末するのが、最も差し障りがないと考えられます。その様に処置したいと考えますが、ご許可をいただけますでしょうか?」
その言葉と共に、抜刀した衛兵たちが無言で近づいてくる。その様子にレバナスは悲鳴を上げた。
「ひいっ! や、止めてっ、殺さないでえーーー!」
……………
「……………」
そんな混乱した状況の中。
わたしは、静かに後方に架けられている回廊の地図を眺めていた。
「りり様?」
コアクトたちが怪訝な声を上げるが、上の空で地図を見つめ続ける。
頭の奥から、何かの考えが、この状況を挽回する策が浮かびつつある様な気がしたからだった。
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