第176話 十四代の乱(4)クシマ襲撃
所は再び変わり、「隅の国」の東部、クシマの街。
マイクチェク族の投下領の中心地となるこの街は、本国「火の国」から疎開してきたマイクチェク族の女性達、そして老幼たちが集まる街だった。
シブシ族の蜂起を受けて、投下領各地から避難して来たマイクチェク族の住民たちがこの街を守っている。
そして、その周囲には数日前からシブシ族の反乱軍が到着し、街を包囲していた。
街に逃れて来た者たちは老人や子供、女性などばかりである。
マイクチェク族は戦闘的な部族であり、老人や女性であっても戦えるものは最前線……ク=マ回廊に派遣されている。そして、その次に強い者たちは回廊に隣接するマイクチェク族の本領を守っている。そのため、この地に疎開していた者たちは、こうした戦える者たち以外……非戦闘員ばかりなのだった。
そんな非戦闘員ばかりが疎開しているクシマの街が、反乱軍に包囲されている。極めて重大な危機であった。
「怖いよ……」
街の中の建物に身を潜め、子供達が怯えた声を上げている。
「……大丈夫よ。この国はシブシ国司軍に守られているの。きっと駆けつけて、反乱軍なんか蹴散らしてくれるわ。それに、族長様が、ハーンがきっと助けに来てくれるはずよ」
母親たちがそう言って安心させようとする。
しかし、そう発言しながらも、救援が難しい情勢である事は彼女たちにもわかっていた。
「せめて女達を、子供たちを守らねば……」
老人たちが、満足に動けない身体を奮い立たせながら呟く。
「反乱軍を押さえるため、いずれ救援軍はきっと来る筈だ。それまでの間、皆を守るのじゃ」
「それに、この街には族長様のお子様たちも預けられている。救援が来るまで、何としても持ちこたえるのよ」
「そうよ。族長様のご家族だけでもお守りし、逃がさないと……」
女性たちがそう言って、部材を積んで構築しているバリケードを少しでも頑丈にしようと作業する。しかしやはり、この地を取り囲む反乱軍に対抗するには、あまりも心許ない守りなのだった。
……………
相対する反乱軍。
先遣隊として派遣されていたシブシ族反乱軍の将、ネズィメは必死に防御陣地を構築しようとしているマイクチェク族の住民たちの様子を眺めていた。
「どうやらこのクシマの街に、国司軍はいない様ですな」
副官のネッピーがクシマの住民たちの様子を見ながら呟く。
「やはり北方のカラベまで撤退したのかもしれませんな。ここはこんな街は放置してカラベに向かい、国司軍を叩いておいた方がいいのでは」
「何を言う」
ネズィメは首を横に振って否定した。
「国司のソダックは赤子と聞く。そしてマイクチェク族長の息子だ。あの中にいて、マイクチェクの住民どもに匿われている可能性が高い。見逃す事はできん」
「確かにそうかもしれませんな……それに」
ネッピーは頷いて続けた。
「国司を送り込んで我らを虐げてきたマイクチェク族の奴らを、許しておくわけにはいきませんな。一人も逃さずに撫で斬りにせねば」
そう言いながら、目を光らせる。後方に控えている反乱軍の雑兵たちも、同じように狂気を秘めた光を湛えていた。
「そういう事だ」
そう言いながら、手を上げて反乱軍の群衆達に号令する。
「行くぞお前達! あの街を守っているのは、我らシブシ族を虐げてきたマイクチェク族の連中だ! 容赦する必要は無い! 一人たりとも逃がすな!」
ネズィメの言葉に、反乱軍の兵達……シブシ族の暴徒たちは残忍な表情を浮かべて頷いた。
「国司のソダックは赤子だ! あの中に匿われている可能性がある! 子供や赤子であっても決して逃がすな! 全員殺すのだ!」
「おうっ!」
ネズィメの号令に頷き、反乱軍の兵達は武器を手にクシマの街に入り込み、各所を守っている住民たちに襲い掛かり始めた。
守る住民たちも手に武器を持ち、バリケードを構築して抵抗するが……それは反乱軍の攻撃から自分たちを、そしてか弱い老人や女性、子供達を守るには、あまりにも心許なかった。
こうして、クシマの街の各所で、絶望的な戦闘が繰り広げられ始めた。
襲い掛かる反乱軍の兵……実際には、シブシ族の暴徒たち。
彼らに包囲され、必死に人々を守ろうとする、マイクチェク族の住民たち。
しかし、戦力差はあまりにも絶望的な差があった。
戦闘が進むにつれ、次第に各所で住民達が構築したバリケードは破られ、暴徒の群れは住民たちに襲い掛かった。
それでも必死に人々を守ろうと戦う者、そして必死に逃げ惑う者。……そんな彼らに暴徒たちは容赦なく襲い掛かった。
そんな暴徒達に追いつかれ、襲われたマイクチェク族の女性は、老人は、そして子供たちは……誰一人として助からなかったのである。
……………
6月1日の深夜に「ク=マ回廊」の陣地を無断で離脱、移動を開始したウス=コタ率いるマイクチェク族の軍勢は、急いで「隅の国」に移動を開始した。
本拠地リシマで糧食や軍需物資を補給、そのまま「隅の国」に移動を開始し、玄関口であるカラベの街には6月4日に到着。
そこでウス=コタとマイクチェク族は、現地を死守する国司軍と合流して、国司である息子のソダックが無事にカラベまで撤退した事を知った。
だが同時に、クシマの街から脱出できたマイクチェク族の住民がほとんどいないこと。そしてトワ王妃が僅かな手勢を引き連れて救援に赴いた情報が再確認されたのであった。
情報に接して、ウス=コタとマイクチェク族の軍勢は、ほぼ休む事無く、直ちに全速でクシマの街に進軍を開始した。
(……間に合ってくれ!)
ウス=コタは、そして配下のマイクチェク軍は、祈るような気持ちで軍勢を急がせた。
マイクチェク族の軍勢がクシマの街に到着したのは翌日6月5日。この時代の交通事情や軍事的な状況を考えると、回廊の陣地を離脱してから、ほぼ全速で、最速で現地まで救援に駆けつけたと言える。
……しかし、クシマの街の住民にとっては、暴徒の襲撃が始まってから救援軍が駆けつけるまでの帰還は……あまりにも長すぎたのであった。
……………
「……………!!!」
クシマの街に到達したマイクチェク軍が見たものは、炎と煙が上がり続ける街の姿だった。
街のあちこちで略奪を繰り広げる暴徒たち。そして、各所に転がる略奪された自部族の女性や老人、そして子供たちの物言わぬ姿であった。
街の各所に立てこもっていたバリケードが次々と破られ、略奪の限りが尽くされている。
あまりにも凄惨な光景、そして生き残った自部族の者がほとんど見られない事に絶句しながらも、ウス=コタは配下の者たちに直ちに突撃し、賊軍を撃破し、生き残りの者たちを救出する様に命じる。
マイクチェク族の兵達は直ちに突撃を開始した。
……………
「たっ、たたたた大変です! 敵軍の増援が現れました!」
マイクチェク族住民が立てこもっていた最後の拠点を包囲していたシブシ族反乱軍の将、ネズィメの元に、慌てた様子で副将のネッピーが駆け込んで来た。
「増援だぁ?」
略奪した金品を眺めながら、ネズィメが振り返って言った。
「カラベに逃げ込んだ国司軍が、救援軍でも送って来たのか? ちょうど今からいいところなのに……」
もうすぐ、取り囲んでいる最後の住民たちの抵抗を廃し、蹂躙・略奪する「お楽しみ」が待っているところだというのに……ネズィメは不満そうな表情を浮かべた。
「まあいい。敗残の国司軍が少しくらい軍勢を送って来たところで、大したものではあるまい。さっさと撃退して、略奪の続きに戻る事にしようぞ」
「そ、それが、今回の敵軍は……」
慌てるネッピーの様子に、ネズィメは訝しげな表情を浮かべた。
「何を慌てている? そんな事より、立てこもっている連中には女達も結構する様だぞ。さっさと増援軍など撃退して、女達で愉しもう……」
そう言いながら剣を手に、幕舎を出たネズィメが見たものは……包囲していた筈のシブシ族反乱軍が、敵軍に凄まじい勢いで撃破されている様子だった。
「な……何だこれは!?」
明らかに大柄な者たちばかりの敵軍に、自軍の者たちはなすすべもなく蹴散らされている。そして敵のゴブリン兵たちは怒りに満ちており、凄まじい勢いであった。
「この連中は、まさか……?」
「そ、そうです、マイクチェク族の軍勢です!!」
ネッピーが震える声で答えた。
「ばっ、ばかな!? マイクチェク軍は今頃、回廊にいるはず! こんなところまで来るはずが……きゅぴいっ!」
震える声で驚きの声を上げるネズィメ。その頸に蛇矛が一閃し、斬られた首がくるくると宙を舞った。
「このクズがあ!」
ウス=コタが続いて蛇矛を振り下ろす。首を跳ね飛ばされたネズィメの身体が両断された。
「ひっ……ひいっ……!」
その凄まじい剣幕。そして後方に居並ぶ怒りに満ちたマイクチェク族の威圧感に、副将のネッピーがへたり込む。
ウス=コタは一歩踏み込んで、ネッピーの胸板に蛇矛を突き立てた。
「よくも、我が部族の民たちを……!!」
怒りの声とともに、絶命したネッピーの身体を持ち上げると、そのまま蛇矛をぶん、とシブシ族の兵達に向かって振り下ろした。蛇矛に突き刺さったネッピーの身体が投げ出され、シブシ族反乱軍の中に投げ込まれる。その勢いに、反乱軍の者たちは悲鳴を上げ、息を呑んだ。
「良くも我がマイクチェクの民を襲ってくれたな……! 貴様ら、一人たりとも生かして返さぬぞ! 者ども掛かれ!」
「おうっ!」
ウス=コタの命と共に、マイクチェク族の兵達がシブシ族反乱軍に襲い掛かる。
住民たちを襲っていたシブシ族反乱軍たちは、一転して狩られる側、逃げ惑う側に転じることとなった。
自部族の住民たちを殺戮されたマイクチェク兵たちの怒りと勢いは凄まじく……一瞬でシブシ族反乱軍たちは蹴散らされた。そしてその殆どが討ち取られたのである。
……………
反乱軍を蹴散らしたウス=コタ率いるマイクチェク族の者たちは、救出した者たち……シブシ族反乱軍に取り囲まれていた住民たちに駆け寄った。
そして……助かった者たちの悲惨な姿、そして生き残った住民の少なさに息を呑んだ。
生き残った者たちは、住民たちの数割に満たなかったのである。
「トワ……さん……」
ウス=コタは、生き残った住民たちの中に、トワ王妃の姿を見つけて、安堵の表情を浮かべた。
住民たちを、そして自分の子供たちを救出するため、僅かな手勢を引き連れて駆けつけたと聞いていた。
住民たちを救うために戦ったのだろう。何カ所か怪我をしている様だが、命に別状はなさそうで無事に立っている彼女の姿に、ウス=コタは安堵しながら語りかけた。
「トワさん、無事で良かった! 怪我は大丈夫……」
「……ごめんね、あんた……」
トワ王妃が俯いて、普段の彼女とは思えない小さな声で言った。
「!? どうしたの? トワさん」
ウス=コタが彼女の両肩に手を掛けながら訊ねる。
彼女は俯いたまま、震える声で言った。
「あたしたちの子供……みんな……助けられなかった……」
トワ王妃の声に、ウス=コタははっと顔を上げて周囲を見回した。
彼女の後ろにある筈の乳母車が一つもない。そして、後ろに控える供の者たち、そして住民たちの沈痛な表情が、全てを物語っていた。
「ごめんね、ごめんなさい……」
消え入りそうな、震える声で繰り返しながら、自分の身体にしがみつくトワ王妃。
「……………」
何も言わず、彼女の身体をしっかりと抱き締めて。ウス=コタは空を仰いだのであった。
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