第172話 回廊の戦い(3)対峙
トゥリ・ハイラ・ハーンの4年(王国歴596年)、鳥の月(5月)26日。
タヴェルト侯の先遣隊がこの地に姿を見せてから数日。
続々と到着したタヴェルト侯率いる本隊は、わたしたち回廊西出口を守るゴブリン軍の西方の平原に到着。迅速に陣地を構築した。
回廊の西側に、わたしたちリリ・ハン国のゴブリン軍とタヴェルト侯率いる人間達の軍勢が陣地を構築し、にらみ合う形である。
わたしは自軍の櫓に上り、改めて平原の向こう側に見えるタヴェルト軍の陣地を眺めた。
防御柵を配置し、その前面には騎兵が配置されて警戒態勢を取っている。そして防御柵の後方に、多数の鉄盾の歩兵軍を配置した陣地が幅広く設営されている。
その数はかなり多く、見えているだけでもその軍勢規模はわたしたちリリ・ハン国のゴブリン軍よりもやや多いくらいである。そしてこれはタヴェルト軍の全容ではないのだ。後方にはタヴェルト侯の本陣を初め、各人間諸侯の軍勢も待機しているし、まだこの地に到着していない別働隊なども存在するかもしれない。
改めてタヴェルト軍が大軍勢であるという事を再認識させられる。そして「後ろの国」の国力、タヴェルト侯の実力、そして我が「火の国」への侵攻の強い意志をまざまざと感じさせられる。
眼前に展開、布陣するタヴェルト軍。彼らから感じられる圧力に、わたしたちリリ・ハン国のゴブリン軍は気圧されそうになるのであった。
(あの軍勢が押し寄せて来た場合……果たして我が軍の陣地は突破されずに抑えきれるでしょうか……)
わたしは不安な気持ちで敵軍の偉容を眺めた。
「りり様……ハーン、ご心配には及びませんよ」
わたしの横に立っているサカ君……右賢王サカがわたしの手を取って言った。
「我がイプ=スキ族、そしてゴブリンの諸部族がハーンをお守りしているのです。人間達の軍勢をこの地で食い止め、一歩たりとも奴らを『火の国』に侵入などさせません」
「サカ君……ありがとう。そうだよね。みんなかついているものね」
わたしは頷いて、櫓から自軍の陣営を見回した。
我が国の、ゴブリンの諸部族の者たちが、この地を堅守するために動き回ってくれている。
「それに、この日のために防御陣地を構築し、万全を期してきたのです。固い防御陣地に、我らの守り。絶対に突破などさせませんよ」
サカ君の言葉にわたしは頷き、改めて自陣を見回した。
我がリリ・ハン国が「ク=マ回廊」を接収し、タヴェルト軍が攻めてきたこの日まで。わたしたちは迎撃態勢構築のため、万全を期してきた。
元々山賊団「吾亦紅」が設置していた回廊内各所の施設等を増強。防御力を高めるとともに、この地での長期戦に備えられる態勢を整えた。
そして、回廊西出口のこの地には、こうして新たにタヴェルト軍迎撃のための陣地を構築している。それは、我が国の総力をあげて構築された、万全の防御陣地だった。
敵が攻めてくる前面には、陣地を囲む様に、侵入を防止するための防御柵を設置している。
更にその外側には、ゴブリン兵たちを総動員して(わたしも「採掘」の力で手伝い)堀を掘削している。
こうして回廊の西出口に設置された、我が軍の陣地。敵が攻めてくる場合、まずは堀を突破しなければならない。
そして対岸には防御柵が設置されており、その後方には白兵編に優れたマイクチェク族と防御が得意なオシマ族の歩兵が配備されている。そして更に後方にはイプ=スキ族とヘルシラント族の弓兵たちが控えている。
敵軍は弓兵の攻撃に晒されながら堀を渡り、渡りきったところで(弓の援護を受けた)マイクチェク族やオシマ族との白兵戦を戦わねば陣地を突破できない。
我が国で考えられる、最高の戦力でこの地を守らせている。防御力、そして戦闘力は極めて高く、この守りを敵軍には突破できない筈だ。
この陣地でタヴェルト軍の突破を阻止できれば、彼らはク=マ回廊には侵入できない。
万が一陣地が突破できたとしても、回廊の中にはいくつも砦が置かれており、何重もの防衛ラインが設定されている。
これらの守りを抜けたとしても回廊の東側……「火の国」の入口には、ここ西出口と同様の堅固な防御陣地が設置されている。
これら全てを突破して回廊を抜け、「火の国」に突入する事は不可能な筈だ。
そもそもこの回廊西出口の防御陣地で守り切れる筈だし、もし突破されたとしても回廊に無数に設置されている各防衛ラインで着実に「削られ」、最終的に回廊を抜けて「火の国」に侵攻するだけの余力は残らない筈だ。
そして、兵站も万全であるので、この地でのにらみ合い……長期戦になっても対応できる。兵糧切れによる撤退、敗退などもありえない。
無理に敵軍を撃破しなくても良い。この地を突破されずに死守し、タヴェルト侯に侵入を諦めさせればこの戦いは勝利となるし、敵軍の兵糧切れを待っても良い。その点でも勝機は充分にある筈だ。
勿論、タヴェルト軍は大軍であり、これだけで楽観視はできない。
また、攻城兵器やわたしたちが知らない兵器、攻撃手段などを持っている可能性もある。
それでも、この地を防御するためにわたしたちリリ・ハン国側は国の総力を傾けて、取り得る全ての、最善の対応を行っている。必ずやこの回廊での戦いに勝利して守り切り、タヴェルト軍の「火の国」侵入を阻止できる筈だ。
「りり様、ハーンをお守りする我らの力をお信じ下さい。必ずやタヴェルト軍の攻撃を阻止して、我が国を。そしてりり様をお守りいたします」
サカ君の言葉に、わたしは頷いた。
「ありがとう、サカ君」
そして、改めて自陣を見渡す。
堅固な防御陣地。そしてその後方に配置された各部族の最強の布陣。
タヴェルト軍といえど、この守りを突破する事は絶対にできない筈だ。
……………
回廊の西出口。
リリ・ハン国の防御陣地に相対する形で布陣しているタヴェルト軍の陣営。
その中心で色鮮やかな紺色の幕舎が設置されていた。
その傍では紺色の下地に白く蛇の様な生物が描かれた旗印が高々と翻っている。
この大軍の主……「後ろの国」の国主、大諸侯ドーゼウ・タヴェルトの本陣であった。
本陣の中心で、派手な椅子に座った壮年の男性が、透明な酒(「後ろの国」特産の地酒)を煽りながら、目の前の机に置かれた地図を眺めていた。
「ゴブリンの兇奴共は、回廊の西側に布陣し、回廊への入口を塞いでいます。この陣地を突破せねば、回廊に……そして『火の国』には侵入できない状態です」
客将のセントが地図を示しながら説明する。
「旗印から、この地までハーン自らが出陣してきております。そして、奴らの陣地には前面に堀と防御陣地が施され、その先に多数の歩兵が配置されています。盾を持った守備兵が多数配置されており、大柄で屈強なゴブリン部族を中心的に配置している様です」
「我が軍の歩兵部隊を前進させて『仕掛けて』も良いですが、強固な兇奴共の防衛ラインを撃破し突破できるかは何とも言えません……。おそらくは突破できない可能性も充分に考えられます」
「……………」
攻撃が難しい、という報告であるが、タヴェルト侯は特に顔色を変えず、どちらかと言えば上機嫌な様子で話を聞いている。
彼が無言で杯を差し出すと、傍らに控えている薄着の女性が酒を注ぎ、継ぎ足す。タヴェルト侯はその様子を見ながら口を開いた。
「問題無い。蛮族ごとき……ゴブリンの軍勢など、我らの敵ではない」
そして、セントを見ながら笑みを浮かべて続ける。
「我が軍の『全力』をぶつければ、蛮族の軍勢など鎧袖一触に決まっているが……。
……ただ、軍勢の損耗を避けるためにも、楽に勝てるに越した事はない」
「た、確かにそうですが……。侯には何か策があるのですか?」
セントの問いに、タヴェルト侯は酒を流し込みながら頷いた。
「攻城兵器の到着を待つのですか? しばらく掛かりそうですが……」
大型投石器などは本拠地であるヒーゴの街から輸送を開始していたが、大型で重い事から到着までしばらく掛かりそうだった。組み立ての手間も考えると、実戦投入までには更に時間が必要となるだろう。
「いや。……おそらくはそこまでは待たなくていいだろう。それに、投石器も使わなくて済むかもしれぬな」
タヴェルト侯は自身ありげに答えた。
「……もうしばらくの間、このまま待っていれば良い。
そうすれば兇奴共……蛮族の寄せ集めの軍勢など、自ずと瓦解する事だろうよ」
「は、はあ……」
怪訝な表情を浮かべる客将のセント。その後ろで、タヴェルト侯の考えを知っている側近の執事ナーガワが意味ありげな笑みを浮かべる。
その様子を見ながら、タヴェルト侯は上機嫌な表情を浮かべていた。
「まあ、このまま何日か待っていれば我が言葉の意味がわかるだろう。暫くはここでゆっくりするとしよう。セントよ。卿もその時まで酒でも飲んでおれ」
タヴェルト侯は、そう言って、笑顔を浮かべながらセントに杯を差し出すのであった。
読んでいただいて、ありがとうございました!
・面白そう!
・次回も楽しみ!
・更新、頑張れ!
と思ってくださった方は、どうか画面下の『☆☆☆☆☆』からポイントを入れていただけると嬉しいです!(ブックマークも大歓迎です!)
今後も、作品を書き続ける強力な燃料となります!
なにとぞ、ご協力のほど、よろしくお願いします!




