表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
194/244

第171話 回廊の戦い(2)タヴェルト軍の布陣

 トゥリ・ハイラ・ハーンの4年(王国歴596年)、鳥の月(5月)23日。

 タヴェルト侯の軍勢、その先遣隊がク=マ回廊に到達した。


 回廊に本営を設置し、西側の出口……「後ろの国」からの入口部分を塞ぐ形で強固な陣地を設営しているわたしたちリリ・ハン国のゴブリン軍の前に……西部「後ろの国」の本拠地から出陣してきた人間たちの軍勢……タヴェルト軍が姿を現したのだ。


 眼前に広がる草原地帯の向こう側に、騎馬に乗った人間の兵士達の姿が見える。

 遠くて小さくしか見えないが……かなり多数である事はわかる。鉄製の鎧に身を包んでいるのだろうか。遠くに幾つものくすんだ銀色がきらきらと輝くのが見えた。

 次々と到着して数を増やしていくタヴェルト侯の騎馬隊。索敵による報告通り、規模としてはわたしたちの軍勢より少なめである。

 しかしあれはあくまでも先遣隊……先行した一部であると考えるべきだろう。おそらくはこの後から歩兵を中心とする本隊が集結してくるのだろう。



 ……………



 タヴェルト侯の軍勢が、回廊に流れ込んでいる川の上流付近に陣取っているのを見て、わたしはコアクトに指示を出した。

「手筈通りに対応をお願いします」

「承知いたしました」

 コアクトは頷いて文官たちを集め、各地に伝令の指示を行った。

「タヴェルト侯が上流から川の水に毒を入れる可能性があります。これよりは川からの取水を取りやめる様に! 飲用水は貯水池から取るようにして下さい」

「ははっ!」

 指示に従って、伝令たちが回廊の各地へと散っていく。


 軍勢を養う水を確保するために、回廊の各地には川から水を取り込む取水所や貯水池が設置されていた。

 これらは山賊団「吾亦紅」が生活していた頃から設置されていたものもあるが、わたしたちが回廊を接収してから増設したものも多い。わたし自身が「採掘(マイニング)」の力で掘った貯水池もある。

 もし今後タヴェルト侯が川の上流から毒を入れた場合、回廊内の川の水も汚染される可能性がある。その対策のため、川からの取水を停止させたのである。



「水の備蓄には問題はありませんか?」

 わたしの問いに、コアクトは頷いた。

「これまでに集めた分で、貯水池の備蓄は充分です。また、水樽も充分な用意があり、我が軍には清浄化魔法を使える者も多数おります。食料も含め、現時点での備蓄で半年はこの地で戦えます」

「本国との兵站も繋がっておりますので、必要とあれば更に長期でも水と食料は問題ありません。糧食面における継戦能力に関しては、心配はご不要かと」

 補足説明を行ったシュウ・ホークの言葉に、わたしは頷いた。

「タヴェルト侯側に川の上流を押さえられているわけですが、水攻めをされる心配はありませんか?」

「川の規模がそこまでではありませんし、可能性としては小さいと思います。また、もし彼らが水攻めを行う場合、川をせき止めて一時的に水位が下がるので、事前に把握・対応が可能だと思われます」

「川の水は、まずは我が陣地前に構築した堀に流れ込む形になっています。何らかの動きが見えた場合、堀の水位調整で、ある程度対応が可能であると考えます」

「……そうですね。わかりました」

 ふたりの報告に、わたしは頷いた。

 実際のところ、水や食料の備蓄についても、そして水攻めの可能性についても、事前に把握して対策していた事なので、皆が充分にわかっているし、勿論わたし自身も把握している。

 しかし、タヴェルト侯の大軍勢を前にした、国の存亡を掛けた戦いである。彼らへの警戒や状況の確認は、どれだけ行ったとしても、決してやりすぎではないのであった。


「矢をはじめとして、その他軍需物資の備蓄も充分です。また、本国からの輸送体制も確保されている事に加え、別途『灰の街』からの追加購入についても合意しています。この点でも継戦能力には問題ありません」

 帳簿を確認しながらのコアクトの言葉に、わたしは頷いた。

「ありがとう。タヴェルト侯がこの地に到着した事から、今後はいつ攻撃があってもおかしくありません。警戒態勢を強化してください」

「承知いたしました」

 コアクトが頷き、後ろでは諸将が同様に頷く。


 この日以降、回廊西側の陣地では厳戒態勢が取られ、諸部族の兵が最前線に布陣。敵軍の攻撃があってもすぐに対応ができる体制が取られた。

 また、陣地および外部の各所には夜通しでかがり火が焚かれて多数の見張りと守備兵が置かれ、もし夜襲があっても直ちに迎撃が行える態勢を整えたのであった。

 ハーンであるわたし自身も、タヴェルト軍との戦闘がいつ始まっても対応できる様に、本営、そして寝所の設置箇所をより西側……回廊の出口に近い場所に変更したのであった。

 ハーンの在陣を示す、聖剣と九白毛の馬印が、新たに移動した本営……ハーンの幕舎へと掲げられる。

 高々と掲げられた馬印は回廊の外からも見える筈である。我が軍全ての者だけで無く、タヴェルト侯側からも、ハーンが着陣している事が見て判る筈だ。



 ……………



 ……そのまま、タヴェルト軍先遣隊到着により厳戒態勢に入ってから数日が過ぎた。


 結果的には、タヴェルト軍との戦闘は発生しなかった。

 本格的な攻撃だけではなく、夜襲や陽動的な小競り合いなど、彼らが「仕掛けてくる」事態は発生しなかった。


 彼ら……タヴェルト軍の先遣隊は、現地に布陣したまま我が軍への挑発行為は行わず、そのまま後続の……タヴェルト侯率いる本隊の到着を待ったのである。


 ……そして、それから数日後。

 現地には続々とタヴェルト軍の本隊が到着した。



 ……………



「あれが……タヴェルト侯の軍勢、本隊……」

 櫓の上から西方の大地を眺め、わたしは震える声で呟いた。


 視線の彼方に見えるタヴェルト侯の軍勢が、先遣隊のみであった数日前と比べ、格段に増えていた。夥しい数の軍勢である。

 これまでの騎兵たちに加えて、多数の鎧兵士、そして歩兵たちの姿が見える。

 到着したタヴェルト軍本隊は、先遣隊が設営していた簡易的な陣地を更に増強し、防御柵や盾の設置、防御も兼ねた荷車の配置などで、工兵達が本格的な防御陣形を構築していく。

 更には多数の幕舎が眺めている間に次々と設営されていく。この地での本格的な戦闘、そして長期戦に備えた陣地の設営であり、敵軍であるわたしも思わず感心してしまう程の手際の良さだった。

 勿論、その前方では配置された騎兵軍が警戒しており、我が軍による妨害を許さない様に対抗策を取っている。



 我が軍の向かい側で手際よく、みるみるうちに構築されていく敵軍の陣地。

 その中には、タヴェルト侯に従う「後ろの国」の諸侯たちのものだろうか。軍勢の中には多数の諸侯旗が翻っている。

 その中に一際高く翻る、紺色の下地に白く蛇の様な生物が描かれた旗。

 それは紛れもなく、この大軍を率いている「後ろの国」の主。大諸侯ドーゼウ・タヴェルト侯の旗印であった。

 タヴェルト侯自身がこの地にまで進出して来ている。改めて「王国」の、そして人間達の侵攻の意思が揺るぎない事を認識して、わたしはごくりと唾を飲んだ。



 それからおよそ半日で、敵軍の陣地がほぼ完成した。

 完成した陣地、防御柵の手前に……金属製の大盾を持った歩兵達が進み出て、布陣する。

 それは夥しい数で……我が軍から見て、地平線が半分見えなくなるほどの幅広さだ。大盾の鈍い銀色の光がずらりと横に居並ぶ姿は、わたしたちから見てとても長大であり、強い威圧感と圧迫感を感じるのだった。


 防御柵の後ろに、ずらりと並んだ敵軍前衛の歩兵達。

 その後ろに広がる、大規模な敵軍の本陣と、夥しい数が翻る、敵軍の旗。


「現在の敵軍規模は……およそ6(自軍よりもやや多い)ですね……」

 わたしの横に立ったサカ君が呟いた。


 見えているだけでも、我が軍よりも多数の敵軍。

 しかもこれが敵軍の全貌であるとは限らない。陣地の後方には更に軍勢が控えている可能性もあるし、もしかすると別働隊や後続の軍勢なども存在するかもしれないのだ。



 敵が……タヴェルト侯が、本気で我が国を攻めようとしているのは間違いない。

 この軍勢から行われる攻撃から、守り切らねばならない。

 この回廊を守り切り、敵の軍勢が「火の国」に侵入する事は、絶対に阻止しなければならない。この地で攻撃を食い止め、我が国の民を……「火の国」に生きる住民たちを守らなければならない。

 わたしは……改めて決意を新たにしたのだった。



 ……………



 「ク=マ回廊」西側に、それぞれ集結し、布陣するゴブリンと人間たちの軍勢。

 にらみ合う両軍の間で戦端が切られる時は、刻一刻と迫っていた。

 読んでいただいて、ありがとうございました!

・面白そう!

・次回も楽しみ!

・更新、頑張れ!

 と思ってくださった方は、どうか画面下の『☆☆☆☆☆』からポイントを入れていただけると嬉しいです!(ブックマークも大歓迎です!)


 今後も、作品を書き続ける強力な燃料となります!

 なにとぞ、ご協力のほど、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ