第167話 十四代の乱(1)反乱軍、進撃
王国歴596年(トゥリ・ハイラ・ハーンの4年)、鳥の月(5月)。
「隅の国」の半島、最南端に位置する街サタにおいて、シブシ族の反乱が発生した。
現地を治めるシブシ族の領主ショウウンが、匿っていたシブシ族の王子カ・キームを擁して挙兵。リリ・ハン国に支配されたシブシ族の再興を旗印として、進軍を開始したのである。
裏で連携していた「王朝」の謀臣・七英雄「軍神」ネアルコの策略により、リリ・ハン国は「隅の国」から主要な軍勢を本国「火の国」に引き上げており、「隅の国」に駐留する兵力は削減された「シブシ国司軍」のみ。タヴェルト侯の東征に対応するため「ク=マの回廊」に大半の軍勢を集結させていたリリ・ハン国側は、反乱鎮圧に兵力を割く事ができず、「隅の国」はほぼ軍事的にがら空きの状態となっていた。
更にショウウンは挙兵に先立ち、宴を装って、当地を支配する「シブシ国司」側の首脳部を誘い出して謀殺。欠席していた国司ソダック本人は討ち漏らしたものの、副官であるショウ・ホークや属官たちの約半数を殺害する事に成功。これにより、「シブシ国司」側の対応能力をほぼ麻痺させる事に成功した。
こうして有利な状況を構築した反乱軍は、満を持して本拠地サタを出発。街外縁の要衝「サタ渓谷」を抜けて東北方面に進軍。「隅の国」の首都シブシに向けて進軍を開始した。
リリ・ハン国の「シブシ国司」側は、首脳部の暗殺と虚を突かれた形での挙兵に混乱しながらも、何とか兵力をかき集めて討伐軍を編成。宰相ケン・ラン率いる討伐軍が、迎撃のために出陣した。
5月20日。
両者はほぼ両拠点の中心地点、シブシの西南に位置する平原、キモツキで激突した。
しかし……両者の戦力、そして戦意の差は歴然としており、ほぼ鎧袖一触といった有様で勝敗が決する事となったのであった。
……………
「もはや支えきれませぬ! ご撤退を!」
「ぐ……おのれ……」
討伐軍の大将、「シブシ国司」府の宰相、ケン・ランは肩に突き立った矢を引き抜きながら、顔をしかめた。
「反乱軍の勢い……これほどとは……」
憎々しげに、反乱軍の方を見遣る。
反乱軍は、自分たち討伐軍側とは、まず軍勢の数が全く違う。いつの間に揃えたのか、どこから集まって来たのか。シブシ族の軍勢は想定を遙かに上回る数であった。
それだけではなく、豊かな港町であるサタの街の経済力を後ろ盾にしているのか、それともいずこかから提供されているのか。反乱軍のゴブリンたちが身につけている装備が、寄せ集めである自分たちとは比べものにならないほど充実していた。
更には、両者の士気が全く違っていた。
消息不明であったシブシ王子カ・キームを盟主に仰ぎ、王子の旗を掲げ、シブシ族再興という目的の下に、意気上がる反乱軍。
それに対して、寄せ集めでようやく出陣した我が討伐軍は……接敵直後に戦力差を見せつけられただけでなく、彼らが旗先に掲げているショウ・ホークをはじめとする謀殺された官僚達の首を突きつけられ、一気に士気が下がってしまった。
激突した両軍であったが、戦力と士気の差は歴然としており……数刻も戦線を持ちこたえる事ができず、討伐軍は撃破されてしまったのであった。
……………
「これ以上ここに留まっていては全滅です! シブシまでご撤退を!」
「くっ……」
部下の進言に、ケン・ランは苦悶の表情を浮かべた。
混乱の中で何とかかき集めた討伐軍であったが……反乱軍の勢いには、まったく歯が立たなかった。
そうなると、もはやこの「隅の国」で反乱軍を押さえられる戦力はいない。
反乱軍が首都シブシに進軍する事を阻止する事は不可能だ。我が国の「隅の国」統治の拠点であるシブシの街は……陥落が不可避であるという事になる。
「もはや……シブシから撤退するしかありませぬ! 国司様を連れて後方に撤退、態勢を立て直すのです」
「そうだな……後方のカラベか投下領のいずれかの拠点まで下がり、ハーンからの援軍を待つしかあるまい」
部下の進言に、ケン・ランは頷いた。
こうして、ケン・ラン率いる国司軍(討伐軍)は撤退。追撃を受けて少なからぬ被害を出しながらも後方に撤退し、首都シブシまで逃げ延びたのである。
……………
シブシの街まで撤退したケン・ランたち国司軍(討伐軍)が目にしたのは、街の各所から上がる煙であった。
治安を確保していた国司軍の主力が出撃して不在となり、暴徒たちへの「押さえ」が無くなり、箍が外れた事が大きい。暴徒が街の各所で略奪を働く有様であった。
それだけではない。どこからか討伐軍敗退の報を聞いたのか。それとも反乱軍と示し合わせてのものか。街の各所でシブシ族の民衆たちが蜂起して国司側の者たちを襲撃。
国司側は僅かに残った兵力で、街中心部の国司館に籠城して辛うじて襲撃から身を守っている有様であり、シブシの街は完全に無政府状態に陥っていた。
「こ、これは……」
街の有様を見て、ケン・ランは呆然とした表情を浮かべた。
状況は予想以上に酷い。治安状況の崩壊に加えて、街の各所でシブシ族の民衆たちが蜂起し、国司側の者たちが逃げ込み、立てこもっている国司館を取り囲んでいる状態である。
この様な状態では、侵攻してくる反乱軍に対抗してシブシの街で籠城する事など、到底不可能である。元々から厳しいとは考えていたが、現在の有様を見て、改めてシブシの街を保持する事は不可能であり、後方まで下がって態勢を整え直すしかない事を再認識させられた。
「国司館を取り囲む暴徒どもを蹴散らせ! 国司様をお救いするぞ!」
気を取り直したケン・ランの命により、国司軍は暴徒たちを追い払い、国司館へと帰還した。
一時的に暴徒どもを追い払っても、すぐにぞろぞろと集まって来たシブシ族の者たちが、遠巻きに国司館を取り囲んでいる。この地に長くはいられない事は明白であった。
……………
「宰相どの! ご無事で!」
国司館に戻ると、属官のゴブリン、チノベがほっとした表情で声を掛けてきた。
「国司様はご無事か?」
ケン・ランの問いに、チノベはこくりと頷いて応える。
「国司様……ソダック様はご無事でござります」
ケン・ランが指し示す方向を見ると、国司の椅子の前に置かれた藤製のベッドの上ですやすやと眠る赤子の姿があった。
この赤子が、名目上のシブシ国司である、左谷蠡王ウス=コタの三男、ソダックである。国司館が暴徒に囲まれた危機にあっても泣き叫ぶこともなく寝ている、肝の据わった赤子である。
とはいえ、赤子である彼にこの場を打開する事はできない。
後方では、国司館の官僚や逃げ出してきた「火の国」各部族のゴブリンたちが怯えた表情を浮かべている。
宰相であるケン・ランには現在の危機からこの赤子を含めて国司館に籠城る者たちを守り、無事に待避させる責任があるのだった。
「これから、いかがなされますか?」
チノベからの問いに、ケン・ランは苦渋の表情を浮かべて告げた。
「まもなく反乱軍がこの地にまで攻めてくる。そして、現在の状況では到底籠城戦を戦う事は不可能だ。
……このシブシの街を放棄して、後方まで撤退するしかあるまい」
「隅の国」の、そしてシブシ族の首都であり、半島統治の拠点であるシブシの街が陥落するという事。それは反乱軍にとって、そしてこの「隅の国」を支配するリリ・ハン国にとって重大な意味を持つことになる。
しかし……それはもはや不可避である事を、ケン・ランは認めざるを得なかった。
読んでいただいて、ありがとうございました!
・面白そう!
・次回も楽しみ!
・更新、頑張れ!
と思ってくださった方は、どうか画面下の『☆☆☆☆☆』からポイントを入れていただけると嬉しいです!(ブックマークも大歓迎です!)
今後も、作品を書き続ける強力な燃料となります!
なにとぞ、ご協力のほど、よろしくお願いします!




