第166話 大戦勃発
「隅の国」の西南端に位置する、サタの街。
この地に招待され、訪問していたシブシ国司の副官ショウ・ホークであったが、随行員たちとともに、サタの街を統治する領主ショウウンに謀殺された。
ショウウンは、「シブシ戦役」の際に逃亡していたカ・キーム王子を匿い、彼を擁立してシブシ族再興を目指す反乱を目論んでいるのであった。
……………
「……手筈通りでございます。若様……王子様」
血祭りに上げられているショウ・ホークたちを横目に、領主ショウウンは、恭しくカ・キーム王子に一礼した。少年……カ・キーム王子はこくりと頷く。
「計画通り、上手くいっているようですね」
「本来であればこの場で国司一味の全員を血祭りに上げて、国司側の対応を完全に麻痺させるとともに、赤子である国司ソダックを人質に取る予定でしたが……。ここで副官の首を取れただけでも上出来かと」
ショウウンが言った。
「国司の欠席でやや計画とは異なりましたが、大きな問題はありません」
そして跪き、王子の幼い手を取りながら続ける。
「兵の準備も万端でございます。……時は満ちました。今こそ、我らが手に『隅の国』を取り戻す戦を……シブシ族再興の戦を始めましょうぞ」
ショウウンの言葉に、カ・キーム王子は頷いた。
「まず戦う事になる、シブシの街を守る国司勢力。その実務を担っている副官たちをここで謀殺した。
それに加えて、先のヘルシラント襲撃に対応するため、ハーンの軍勢は『隅の国』から引き上げている。……我らの動きに対して、有効な対応が取れないというわけですね」
王子の言葉に、ショウウンも頷く。
「はい。人間共の策に乗るのはいささか癪ではありますが……。ここサタから兵を差し向けたヘルシラント襲撃により、有利な状況が出来ているのは確かです。兵力を本国に引き揚げたことで『隅の国』は手薄になっていますし、人間の東征軍対応のため、ハーンの軍勢は回廊に釘付け。兵をこちらに差し向ける事はできませぬ。
……今こそ、『隅の国』からハーンを叩き出し、我らシブシ族の手に取り戻す時。大戦を始めるのは、今をおいてありません」
ショウウンの言葉に。カ・キーム王子は力強く頷いた。
「兵を挙げよ! まずはシブシに兵を進めるのだ。今こそ、我らが首都をハーンの手から取り戻す時だ! 各地のシブシ族にも檄文を飛ばせ!」
カ・キーム王子が命じる。
「「ははっっ!!」」
サタ領主ショウウンを初めとするシブシ族の者たちが、力強い声で応えた。
……………
こうして、トゥリ・ハイラ・ハーンの4年(王国歴596年)5月。
サタの街の領主ショウウンは、シブシ族の王子カ・キームを奉じて挙兵。シブシ族再興を目指した戦を開始した。
反乱軍……港町サタの経済力の後ろ盾により精強な兵力を有するシブシ再興軍は、まずは『隅の国』の首都シブシに向けて進軍を開始した。
そしてその動きに対して……完全に虚を突かれたシブシ国司側は、そしてリリ・ハン国は、有効な対策を打てなかったのである。
……………
「サタの街で暴動発生ですって!?」
ク=マの回廊に設置された本営。
その地に滞在するわたし、そして我が国の首脳部に届いた第一報の内容が、それであった。
それ故に、この時は……わたしたち本営にいる者たち、我が国の首脳部たちは、「隅の国」で頻発している、数ある暴動の一つとしか考えていなかった。
だから、「シブシ国司が適切な対応を取る様に」と指示しただけだったのだが……
……時間が経つにつれて、次々と続報が入り、深刻な状況が明らかとなってきた。
……………
「大変です! サタの街の暴動は……領主ショウウン自身が挙兵した、反乱であるとの事です!!!」
「一大事です! 反乱軍はシブシ族の王子、カ・キームを盟主に擁しているとの事です! シブシ族の、『隅の国』の再興を大義名分としております!」
「反乱軍に呼応して、『隅の国』各地で暴動や反乱が発生! 投下領の住民や駐留兵たちが襲撃されています!」
「大変でございます! シブシの街から出兵した国司の討伐軍がキモツキの地にて大敗! 反乱軍は益々勢いを増して進軍を続けており……このままでは、シブシの街の陥落は避けられませぬ!」
日を追う毎に続々と入る凶報に、わたしたちは真っ青になった。
単なる暴動の一つだと思われていたサタの街での騒ぎは……領主自身が挙兵した反乱だった。
しかも、シブシ族の王子を盟主に擁立し、シブシ族再興を大義名分に掲げている。彼らが檄文を各地に飛ばしているのか、呼応して「隅の国」各地でシブシ族の住民による暴動や小規模な反乱が同時多発しており、「隅の国」全体が大混乱に陥っている。
更には、「隅の国」を鎮めるべきシブシ国司の者たちも、彼らの計略で挙兵前に主要メンバーの多くが謀殺されていた。その影響もあり、大きく混乱した彼らは反乱に対応する事ができていない。
シブシに進軍する反乱軍に対して何とか迎撃軍を派遣したものの、王子を擁して意気上がる反乱軍に対して大敗。
……もはや、反乱軍の進撃を押さえるだけの余力は残っていなかった。
勢いを増して進軍する反乱軍により、国司軍の主力は壊滅し「隅の国」の首都シブシの陥落は不可避。
それだけではない。先日の「ヘルシラント襲撃」への対応として、「隅の国」から兵力を引き上げている。つまり……もはや「隅の国」のどこにも彼らに対抗するだけの兵力が残っていない。
すなわち……シブシだけでなく、「隅の国」全域が反乱軍の手に落ちる可能性がある。そして更に……わたしたちの後背を突いて、反乱軍が本国「火の国」に雪崩れ込んでくる可能性すら考えられた。
……………
「どうしてこの様な事に……? なぜ『隅の国』に兵力が残されていないのです」
わたしの問いかけに、コアクトは蒼白な表情で応えた。
「そ、それは、先日の『ヘルシラント襲撃』への警戒として、兵力を本国『火の国』に引き上げたためで、仕方ありません……」
コアクトの言葉を聞きながら、わたしはふと脳裏に浮かぶものがあった。
それは……ヘルシラント温泉から見える風景。そして、ヘルシラントの山から眺めた景色。
海の向こう側、対岸には……隅の国の姿が。サタの街の街明かりが遠くに見えていた。
「!!!」
わたしは気がついた事に愕然として、小さく呟いた。
「まさか……あの襲撃も……サタの街から兵を送ってきた!? そしてそれは……兵力を引き上げさせ、『隅の国』を手薄にするための謀略だったというの……?」
わたしの言葉に、コアクトも愕然とした表情を浮かべる。
「し、しかし、襲撃して来たのはゴブリンでは無く人間です。だから、我々も外部……西部の人間による襲撃と考えた訳で……」
「事の真偽はともあれ、まずは『隅の国』の反乱への対応を考えなければなりませぬ」
狼狽するわたしたちを前に、シュウ・ホークが進み出て言った。
「現実的な選択肢としては、この回廊に集結している兵力を割いて、反乱鎮圧に派遣するしかありませんが……」
「しかし、ここの兵力は西方のタヴェルト侯の侵攻に備えるためのもの。兵力を割くのは問題かと」
「だが、他に手段がありませんぞ。侵攻が行われる前に、素早く鎮圧してしまうしか……」
「そんな事をして、もしも派兵中にタヴェルト軍が攻めてきたら、我らが不利になりますぞ」
「反乱軍が暴れ回る『隅の国』を放置しろというのですか? 投下領や各部族の入植者もいるのですよ。更に、もし連中が更に進軍して我らの背後を突くような事があれば……」
回廊からの鎮圧兵力派遣の是非について、侃々諤々の議論が行われようとしていた。
……しかし、情勢はそんな議論を行う事を許してはくれなかった。
「急報! 急報! 一大事にござりまする!!!」
話し合っているわたしたちの元に、慌てた様子の伝令兵が駆け込んで来た。
「『灰の街』よりの情報! タヴェルト侯の大軍勢が本拠地『ヒーゴの街』を出発! 東方に……この地に向けて進軍を開始いたしました!」
その報告に、ハーンの本営は騒然となった。
「ついに来たか!」
「よりによってこのタイミングでか!?」
更に、続けてイプ=スキ族の伝令兵も駆け込んでくる。
「西方の索敵騎より入伝! タヴェルト侯の大軍勢を確認! 現在東方向に……この地に向けて進軍中! 約2日でこの回廊まで到達見込みです!」
「!!!!!」
続けざまに入ってきた報告。
ついにタヴェルト侯の東征軍が、この回廊に向けて進軍を開始した。
東征軍がやってくるまで、時間が無い。もはやこのタイミングで軍勢を分割して「隅の国」鎮圧に派遣するだけの時間的余裕はない。
「ついに人間たちの東征も開始されたか」
「まさか、このタイミングでタヴェルト侯の侵攻も開始されるとは……」
廷臣たちがざわざわと騒いでいる。
「……………!」
わたしはある考えに思い当たって愕然とした。
「まさか……この動きは連携したもの……? タヴェルト侯と『隅の国』の反乱軍は示し合わせて、連携して同時に軍事行動を起こした……?」
「ま、まさかそんな事は……?」
コアクトが言ったが、わたしは確信の様な思いを持って、地図を眺めた。
「もしかして……ヘルシラント襲撃の時から、既に両者は連携していた? 襲撃への対応で『隅の国』を手薄にさせた上で反乱を起こさせ、背後を突くところまで計画の内なのでは……?」
「そ、そんな、まさか……」
「これだけ離れている地で、しかも人間とゴブリンの間で、その様な共謀が行われるなど、考えられませぬ」
驚く皆の声を聞きながら、しかしわたしは……背後で謀略を巡らせ、全ての絵図を描いている、何者かの存在を感じていた。
タヴェルト侯の出兵と同時に、背後を突くべく「隅の国」で反乱を起こさせる。
そして、反乱を容易にするために、ヘルシラント襲撃事件を起こして「隅の国」から兵力を引き上げさせ、手薄にさせる。
全ては「王国」の謀将……七英雄の一人、「軍神」ネアルコの壮大な謀略であったが……全てが明らかとなるのは後世の事である。
この時点でのわたしたちには……壮大な絵図を描いている「何者か」が存在しているかもしれないという事しか知ることはできなかった。
……………
トゥリ・ハイラ・ハーンの4年(王国歴596年)5月。
タヴェルト侯の軍勢はついに東征を開始、ク=マの回廊に向けて進軍を開始した。
それと同時に、サタの街にて挙兵した反乱軍が破竹の勢いで進軍。反乱の流れは「隅の国」全域に拡大し、首都シブシは陥落の危機を迎えていた。
前面からタヴェルト侯の東征軍、そして後背からは「隅の国」の反乱。両面から軍事的圧力に晒され、リリ・ハン国は存亡の危機に瀕する事となった。
そして、大陸の北部でも呼応して人間諸侯、ノムト侯による東征が開始され、リーリエが治める「豊かなる国」に進軍を開始していた。
大陸の南北で同時に人間の大諸侯が東方に進軍、大陸東部のゴブリン勢力の駆逐を図る「大東方戦役」がついに発動したのである。
大陸の東部、その南北において、大陸の勢力争いの趨勢を占う大規模な戦いが行われる……後の歴史書に「歴史の転換点」として記される大戦が始まろうとしていた。
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