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第165話 発火

 「隅の国」の西南端に位置する、サタの街。

 この「サタの街」は、「隅の国」半島の南端にあり、対岸には「火の国」を、そしてヘルシラントを臨むことができる港町である。

 シブシの街よりも西南、半島である「隅の国」の南端に位置する事から、前年の「シブシ戦役」においても戦火には巻き込まれず、シブシ陥落時に自発的に恭順した事により、無傷の状態で所領は安堵されていた。

 そのため、サタの領主ショウウンがそのまま継続してこの地を治めており、港町として栄えているこの街は、「隅の国」南部を統治するシブシ王……実質は実権を握る「シブシ国司」の傘下に入る形となっていた。



 ……………



 この日。

 「サタの街」には、シブシ国司の副官であるショウ・ホーク(シュウ・ホークの弟)が来訪していた。「サタの街」の領主、ショウウンの招待を受けてのものであった。


「旨いでおじゃる、美味しいでおじゃる!」

 海岸沿いの屋敷で、振る舞われた豪勢な料理を頬張りながら、ショウ・ホークは上機嫌な声を上げた。

 サタの街は港町である。取れたての海の幸を中心とした豪華な料理の数々に、白粉を塗ったショウ・ホークの表情も興奮して紅潮していた。

「この様なもてなしを受けて、麻呂は大満足でおじゃりますぞ!」

「国司様の代理たるホーク卿にご訪問いただいたのです。この程度のおもてなしは当然でございます」

 初老のゴブリン男性……「サタの街」の領主、ショウウンが静かに頭を下げて言った。

「国司様が来られなかったのは残念ですが、その分、ホーク卿にお楽しみいただければ幸いでございます」

「ほほほ、領主どの。麻呂は充分に楽しませて貰っておりますぞ!」

 麦酒を飲みながら、ショウ・ホークは上機嫌である。

「お酒が飲めぬ国司様の分まで、麻呂が堪能させていただきますぞ!」

 この席には元々、シブシ国司であるソダックたち首脳陣全員が招待されていたのだが、幼子であるソダックが熱を出したために側近のケン・ランとともに急遽欠席、代理として副官のショウ・ホークのみが主賓として参加する形となっていた。

「酒も料理も美味しい! 領主殿のおもてなし、嬉しゅうごじゃりますぞ」

「それは良かったです」

 領主ショウウンがにこやかに言った。

「どうかお楽しみいただければ何よりです(冥土の土産にな……)」

「?」

 何か小声で呟く声が聞こえた様な気がして、ショウ・ホークが怪訝な表情をしたが、領主は何事も無かったかの様に笑顔を浮かべていた。


「それにしても、この街はとても良いところでごじゃりますな」

 酒の入ったショウ・ホークが上機嫌で言った。

「最近、『隅の国』は、何故だか荒れているというか治安が悪くなっている感じでおじゃるが、この街はとても綺麗で平和でおじゃるな」

「……………」

「最近、シブシ族の者たちはどの場所でも荒れているでおじゃるな。他の街もこの街くらい落ち着いてくれていれば、麻呂たちも助かるのじゃが……」

「……………」

 最近「隅の国」で多発している、シブシ族の一揆や暴動などを話題に出すショウ・ホーク。その言葉に領主は何も言わず、海を眺めていた。

 領主に釣られて、ショウ・ホークも海の向こう側を眺める。そして向こう側の対岸に見える「火の国」の海岸線を見て、上機嫌な声を上げた。

「おおっ、向こうに『火の国』が、我が故郷ヘルシラントの街明かりが見えているでおじゃる!

 我らがハーン、万歳! そして乾杯! でおじゃる!」

 上機嫌で海の向こうを眺めながら、杯を差し上げるショウ・ホーク。領主はその様子を静かに眺めていた。

「それにしても、半島のそれぞれ先端ということもあって……このサタの街とヘルシラントは案外近いのでおじゃるな。対岸とはいえ、街明かりが見えるほど近いとは……」

「そうですな」

 領主ショウウンが穏やかに頷いた。

「この距離であれば、小舟で渡る事もできるくらいですな」

「なるほど~ 近いのでおじゃるな」

 酒の入ったショウ・ホークがうんうんと頷く。

 そして、対岸に見えるヘルシラントの街明かりを見ながら、少しだけ真面目な表情に戻って言った。

「……ヘルシラントでは、先日、ハーンの暗殺を企む賊が侵入したと聞く。幸いにもハーンはご不在であったが、こうした事件が起きると心配でおじゃるな……」

「そうですな」

 ショウウンが頷いた。

「賊は、いずこからか小舟でヘルシラントの海岸に上陸、侵入したそうでございますな」

「そうでおじゃる。一体どこから渡ってきたのやら……」

「不思議でございますなぁ。どこから小舟で渡って来たのでしょうな」

 ショウウンが不敵な笑みを浮かべながらぼそりと言った。

 なんとなく口調が変わったショウウンの雰囲気にショウ・ホークは怪訝な表情をしたが、酔った頭では充分に考えが回らないようで、ぼんやりと対岸の街明かりを眺めていた。

「……お酒をお楽しみいただいているようですな」

「うむ! お酒も料理も美味しい! 麻呂は大満足でおじゃる! 堪能させていただいておりますぞ!」

 上機嫌で杯を上げるショウ・ホークに、ショウウンはにこやかに頷いた。

「……それは良かった。サタの街自慢の特産料理と酒。最後の晩餐として、楽しんでいただければ何よりです」

「……………?」

 何やら不穏な言葉が混じっていた様な気がして、ショウ・ホークは酔いながらも怪訝な表情をする。ショウウンは何事も無かったかの様に話題を向けた。

「……ところで、実は本日は、ホーク卿に会っていただきたい方がおられるのです」

「ほほう、誰でおじゃるかな?」

 相伴する美女などが出てくるのではないか、と勝手に期待して、ショウ・ホークは鼻の下を伸ばす。

 ……しかし、実際に部屋に入ってきたのは美女では無く、一人のゴブリンの少年だった。


「?」

 まだ幼い雰囲気も残っているその少年は、上品な服装をしているためか、品のある雰囲気を醸し出している。あどけなさを感じさせる表情は、まるで少女の様であった。

「……………? 誰でおじゃるか?」

 いきなり少年が出てきた意味がわからず、ショウ・ホークは怪訝な表情をした。

「ご紹介いたしましょう」

 領主ショウウンは、少年に恭しく一礼してから、続けて言った。

「このお方は、シブシ王の嫡子。カ・キーム王子でござりまする」

「!!」

 驚きで少しだけ酔いが覚めたショウ・ホークは、目を見張りながら少年を見た。


 シブシ王イル・キームの嫡子であるカ・キーム王子は、昨年のシブシ戦役の際、捕虜となったイル・キーム王に代わって一時的にシブシ王に擁立され、残存兵力を糾合してシブシの街に籠城した。彼を擁立したシブシの街は一致団結して防御を固め、包囲軍の攻勢を跳ね返し、容易に陥落させる事はできなかった。

 その後戦況の変化によりシブシの街が降伏した際に、王子はいずこかに逃亡し、行方不明となっていた筈だが……。

「そうか。ここ、サタの街に逃げ込み、領主殿に匿われていたのでおじゃるな……」

 ショウ・ホークは、少年を眺めながら言った。

 しかし、カ・キーム王子は、国内での扱いは「逃亡中の手配者」である。勿論彼を匿うのも罪に問われる行為だ。それなのに何故、この場に姿を現したのか……?

「……そうか、麻呂の元に王子を連れてきたということは……。王子の身柄について、麻呂にとりなして貰いたいということじゃな? 麻呂を仲介者として、王子をハーンに帰順させたいとのご意向でごじゃるか?」

「……いやいや、違いまする」

 ショウ・ホークの問いに、領主ショウウンはにやりと笑って首を横に振った。

「貴方に王子のお姿をお見せしたのは……『冥土の土産』にしていただくためでございますよ」

 その言葉とともに、彼は素早く腰から剣を抜くと……おもむろにショウ・ホークの身体に突き立てた。


「ぐっ!? ……ショ、ショウウン殿……、な、なぜ麻呂を……」

 突然の激痛に血を吐きながら驚愕の表情を浮かべ、領主を見るショウ・ホーク。領主はその顔を覗き込みながら、剣を握る腕に、更に力を込めて言った。

「我らが部族、シブシ族を再興する大戦(おおいくさ)。その幕開けとして、貴様ら国司どもを……我がシブシ族を虐げる者を血祭りに上げるため。そして憎き貴様の首が落ちるのを、王子……若君に見ていただくためだよ」

「お……お前達……我らに、いや、ハーンに逆らうというのか……?」

 苦悶の表情で言葉を絞り出すショウ・ホーク。領主ショウウンはその目を睨み付けながら言った。

「あんな小娘に支配され……。領土の半分を奪われ、国王を廃人として傀儡にし、赤子の国司とその手下どもがのさばる。更には他部族の入植者が我が物顔で振る舞って我が部族を虐げ……あまつさえ、税や貢納金としてハーンから繰り返し財を奪われる。その屈辱と怒りが貴様らに判るか!?」

 力を込め、剣を更に深く突き立てる。ショウ・ホークは血を吐きながら、よろよろと領主の身体にしがみついた。

 領主ショウウンは彼の髪を掴み上げながら、顔を覗き込んで告げた。

「貴様の首を皮切りに、『隅の国』にのさばっている者どもを撫で斬り、ハーンの手下共を我らが領土から叩き出し、この『隅の国』を我らシブシ族の手に取り戻してくれるわ」

 その言葉とともに、ショウ・ホークを蹴り倒す。ショウ・ホークは血を吐きながら床に倒れた。

 その様子を見ながら、領主ショウウンは入ってきた衛兵達に命じる。

「……殺せ。そして首を取るのだ。随行員どもも全員血祭りに上げろ」

「はっ!」

 命令を受けた衛兵たちが、ショウ・ホークの身体に群がり、次々と槍を突き立てていく。断末魔の悲鳴と共に、彼の身体は血だまりの中に沈んでいった。

 同時に、隣室からも次々と悲鳴が上がる。隣室で饗応を受けていた随行員たちが、ショウ・ホークと同様に衛兵達に次々と襲われ、その全員が殺害されたのだった。


 読んでいただいて、ありがとうございました!

・面白そう!

・次回も楽しみ!

・更新、頑張れ!

 と思ってくださった方は、どうか画面下の『☆☆☆☆☆』からポイントを入れていただけると嬉しいです!(ブックマークも大歓迎です!)


 今後も、作品を書き続ける強力な燃料となります!

 なにとぞ、ご協力のほど、よろしくお願いします!

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