第163話 葬炎
玉座に座るリーリエとクチュルクに、親書を捧げようと近づいたサラク。
しかし、胸元にナイフを忍ばせている事が露見し、衛兵たちに取り囲まれてしまった。
「おいおい、使者さんよぉ、刃物を忍ばせているとはどういうことだぁ?」
幹部であるオークの一人、チャラオが軽薄な口調で首をすくませながら言った。
「使者のフリして、クチュルク様たちを暗殺するつもりだったのかぁ?」
「そ……その様なつもりはございませぬ! この刃物は、護身用でございまする!」
何とか申し開こうとするサラクの言葉に、チャラオは大声で言った。
「ふざけんなぁ、ここに入る時に武器は全部取り上げただろうが! それなのにまだ隠し持っているなど、暗殺を狙っていたとしか思えねぇだろうがぁ!」
「ふ、普段使わない、服にしまっていたものなので、お渡しするのを忘れていたのでござりまする!」
サラクは慌ててごまかす様に、苦しい言い訳をした。
(完璧に隠していた筈なのに、まさか、見つかるとは……)
露見した原因がわからず、サラクは考えを巡らせた。
目立たない脇の下に近い位置に隠した、ポケットの裏側に隠し込んでいたナイフ。厚い布地の裏に巧妙に隠され、ボディチェックでも判らない様になっている。
それなのに、まさかこのタイミングで露見するとは……?
宰相ケプレスが唱えていた「眼鏡よ、応えよ」の呪文。あれは確か……古王朝時代の魔導具「眼鏡の人の眼鏡」を発動させるものだった筈だ。
まさか、あのオークも、同様のアイテムを持っている? そして、透視か探知の能力で隠し持っていたナイフを発見されてしまったのか!?
サラクがそんな事を考えている間に、前方からひとりの女ゴブリンが歩いてきた。
オークたちが居並ぶ首脳部の中で、唯一の女ゴブリン、リヨナは、サラクの懐に手を差し込むと、探り当てたナイフを取り出して眺めながら捧げ持った。
「おやおや、立派なナイフねぇ」
「も、申し訳ありません、護身用にいつも持っていた物を、外し忘れていたようです……」
「ふうん……。それにしては、何か塗っているわねぇ」
何とか言い訳しようとするサラクの前で。
リヨナはいきなり、長い舌を伸ばして、ぺろりとナイフの刀身を舐めて……身体を震わせながら言った。
「ペロッ……これは……。はああっ……このぴりぴりとクる味! やっぱり毒が塗ってあるわねぇ!
この味は鴆羽酒毒かねぇ」
その言葉に、ゴブリンの衛兵達が色めき立つ。
「毒だと!? 貴様! やはり暗殺を企んでやがったか!」
「りーりえ様のお命を狙ってやがったんだな!」
怒りの声を上げて、ゴブリン兵たちがサラクに槍を向ける。
その様子を見ながら、クチュルクが冷ややかな視線でサラクを見下ろして言った。
「そんな事だろうと思っていたぞ。それが『南』のゴブリンどもの……そして貴様らの主のやり方というわけだな。いずれこの返礼はさせて貰うから覚悟するがいい!」
「り……りり様はその様なお方ではござりませぬ!!!」
サラクが慌てて言った。
「護身用の短刀を外し忘れた事についてはお詫びいたしますが、意図的なものではござりませぬ! どうかお許し下され!」
「ふざけんな! 何で護身用のナイフに、暗殺用の猛毒が塗ってるんだよ!」
「それは何かの間違いです! ……毒など塗ってはおりませぬ……」
なおも何とか糊塗しようとするサラクであったが、目の前でナイフを持っているリヨナは、にやにやと笑いながらその様子を見下ろしていた。
「ふぅん…… 毒なんて塗ってないというのなら……試してみようかねぇ」
リヨナは、そう言いながらこつこつと石段を降りる。そしてナイフをかざしたまま、階下で跪いているマンティの前まで歩いて行く。
そして、おもむろに……マンティの腹部にずぶりとナイフを突き立てた。
「ぐっ……!」
痛みにくぐもった声を上げるマンティ。驚いたサラクが抗議の声を上げた。
「な……何をなさる!!!」
「ふふっ……もし毒なんか塗ってないなら、この程度はかすり傷だろぅ? 何を焦っているんだい?」
にやにやと笑いながら、リヨナが猫なで声で言った。
「……………!」
焦りの声を上げるサラクの後方で……たちまちマンティの表情が苦悶の表情に歪み、呻き声と共に苦しみに身体を捩り悶え始めた。
「マンティ殿!」
「ぐっ……くうぅっ……!」
あまりの苦しさに声も出せないマンティ。
「おやおや、何故だか苦しみ始めたねぇ?」
リヨナが嫌らしい声で笑いながら言った。
「ぐ……っ」
サラクが焦燥の声を上げる。
(あの毒のナイフで腹部を刺されては……ひとたまりもない……。
おそらくもう……助からない!)
「いや~、何故だかすごく苦しんでるねぇ、毒なんて無いはずなのに、何故だろうねぇ」
リヨナがニヤニヤと笑いながら言う。
致死量を超える毒を流し込まれ、断末魔に悶えるマンティの様子を、居並ぶオークたちは笑いながら見物していた。
完全に見世物を見るような表情で嗤いながら眺めるオークたち。前方で居並ぶ者たちで心配げな表情を浮かべているのは、ゴブリンの一人……左賢王ネトラだけだった。
玉座に座っているオークの親玉、クチュルクも苦しむマンティを嘲笑しながら見物している。
そしてその腕の中で……リーリエは何の感情も表情に浮かべず、何も言わずにその様子を見下ろしていた。
……………
その時だった。
「りーりえ……殿……」
苦しみに耐えながら、マンティが絞り出す様な声を上げた。
リーリエがぴくりと眉を動かして、マンティの方を見下ろす。
「長く……りり様にお仕えした儂には……ぐっ……わかりますぞ……」
マンティは身を捩りながら。玉座を見上げながら、必死に声を紡ぎ出す。
そして、無表情に見下ろすリーリエに向けて、絞り出す様に言葉を続けた。
「目を見れば……心の奥はわかりまする……。あなたは……声や表情に出さなくても……りり様と同じ……本当に優しい心をお持ちですな……」
その言葉に引かれてかどうなのか、リーリエがその場で立ち上がった。
そんなリーリエに向けて、マンティは途切れ途切れに言葉を続けた。
「心の底に悲しみや苦しみを抱えて……おられますが……あなたはとても心優しいお方……」
苦しみに身を捩らせながらも、リーリエを見上げて、続ける。
「……それなのに……どうしてお気持ちを……外に……出されないのですか?
心の奥に隠されている、あなたの悲しみ、そして苦しみは……何なのですか?」
その言葉に。
リーリエの瞳の奥が。奥底に隠された感情がゆらりと揺れ動くのが、マンティには確かに見えた。
「…………っ」
身を震わせたリーリエが小さく口を開いて、何かを言おうとする。
しかしその時。
リーリエが発そうとした言葉を遮る様にクチュルクが立ち上がる。
そしてリーリエを抱き寄せ、マンティを見下ろしながら、吐き捨てる様に言った。
「この老いぼれが……。何をわけの判らない事を言ってやがる。くだらん!」
そして……後ろから覆い被さる様にリーリエの両肩に手を当て、耳元で囁く様に言った。
「さあ、リーリエたん……。あの余計な事を言った老いぼれゴブリンを……。『楽にして』あげよう」
「……………」
その言葉に、リーリエはしばし何も言わずにマンティの方をみつめていたが。
やがて……何も言わず、すうっと右腕を持ち上げ、手の平をマンティの方に向けた。
リーリエの唇が小さく開き、言葉を紡ぎ出した。
「葬炎」
鈴の様な少女の声と同時に。
手の平の前方に、鋭いバチバチという音とともに、赤い光を放つ光球が現れた。
放たれた光で床を、そして周囲の空間を赤く染めながら、赤い光球は、空気を灼くバチバチという音と共に、次第に大きさを増していく。
「やっ……止めろっ!」
サラクが叫んだその時。
轟音が「玉座の間」に響き渡った。
轟音と共に……赤い光球は突き上げる炎柱の渦となって、マンティの全身を飲み込んだ。
「ぐあああっっ……!」
マンティが上げた悲鳴ですら、立ち上る炎渦の轟音に焼かれ、飲み込まれていく。
「マンティ殿ーーーー!!」
救いだそうとサラクが炎の渦に右腕を伸ばす。
しかし、腕を炎の渦に差し入れた瞬間、凄まじい勢いの炎がサラクの身体を灼いた。
「ぐああっ!」
凄まじい炎の熱量にたちまちのうちに右腕を、そして身体を灼かれ……炎の渦に弾き飛ばされたサラクの身体が後方に弾き飛ばされる。
「ぐっ……ううっ……」
煙を上げ、焼きただれた右半身の痛みに耐えながら、サラクは顔を上げる。
彼の前で、立ち上った炎の柱は赤い光を放ち、凄まじい熱気と轟音を放ち続けていた。
「サラク……殿っ……」
轟音の向こう側から、焔の紅い渦の中心で全身を灼かれているマンティの声が聞こえた。
焔の中心で灼かれ続けている黒い人影は……渦の外側に、サラクに向けて、絞り出す様な声を上げた。
「ハーンの……りり様のこと……。た……頼みましたぞ!」
その声と共に、焔の向こう側に見える人影が崩れ落ちる。
「マンティ殿ーーーーーーーーーー!!!」
サラクが手を伸ばして絶叫した。
その向こう側で。
焔の渦は、「葬炎」は紅い光を上げて、凄まじい轟音と熱とともに渦巻き続ける。
マンティの最期の声を、崩れ落ちた身体を飲み込み、その全てを焼き尽くしながら、葬送の炎は、炎の柱、焔の渦は渦巻き続けるのだった。
……………
暫くの時間の後に、リーリエが手の平を閉じて、「葬炎」を解除する。
渦巻く焔は、まるで天に還るかの様に、最後に一際明るい紅い光を放ち、消えた。
焔の渦に焼き尽くされたマンティの肉体は……灰すらも残されてはいない。
先ほどまで焔が渦巻いていた場所には、ただ……灼き焦げた床だけが残されていた。
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