第162話 リーリエとの会見2
西方から、人間達がゴブリン勢力を駆逐すべく、一斉攻撃を予定している。
これに対抗するためには、ゴブリン勢力同士が争っている場合ではない。共に協力して侵攻軍に立ち向かうべきだ。
サラクが熱弁したが、玉座に座るオークの親玉、クチュルクは一笑に付した。
「……元より、人間どもの東征についての情報など、承知しておる」
クチュルクが嘲りの口調で言った。
「人間の軍ごとき、我らは問題になどしておらぬ。むしろこちらから西の『築きの国』に攻め込み、奴らを殲滅するつもりよ。我らは元々『築きの国』も征服するつもりでいたからな」
クチュルクが嘯く。彼の腕の中で、リーリエは表情を変えずにその言葉を聞いていた。
クチュルクはサラクを見下ろしながら続けた。
「西方の人間どもを叩き潰すのに、貴様らの指図も協力も必要ないわ。我らの力を持ってすれば、赤子の手をひねる様なもの。
西方の人間どもも……そして貴様ら『南』のゴブリンも、我らの『餌』。征服する対象に過ぎぬ事を忘れるな」
クチュルクはにやりと笑って言った。
「我らはまずは先に、西方から我らを狙っている、『築きの国』の人間どもを叩き潰し、征服する……そして」
サラクたちに指を突きつけて続ける。
「その次は、貴様ら、『南』のゴブリンどもだ。我らの軍に蹂躙される日を、今から怯えながら待っているがいい!!」
その言葉とともに、前方に居並ぶオークたちが一斉に笑い声を上げる。彼らの冷笑の声が、サラクとマンティに浴びせられる。
「くっ……なんと無礼な……」
悔しそうな声を上げるマンティ。その横で、サラクは警戒心で背筋が震えるのを感じていた。
(この者たちは……危険だ!)
サラクは、改めて玉座に座るリーリエとクチュルクを。そして前方に居並ぶ、オークたちの悪意に満ちた表情を見つめた。
この国には……そして目の前に居並ぶ面々からは、底知れない危険性が感じられた。
北方の「リーリエの国」。この国を支配する、もう一人のゴブリリ、リーリエと、その隣で権力を振るっているオーク、クチュルクの存在。
そして、この二人を取り巻く連中。忌み嫌われている筈のオークであるにも関わらず、何故だか本来ゴブリン政権であるこの国の幹部となり、この国を牛耳っている様だ。そしてハーンの婚約者であり、本来は組織のナンバー2である筈の左賢王ネトラにはあまり権力が無い様に見える。
この国の権力構造は掴みきれないところはあるが……。いずれにしても、極めて危険な攻撃性を持っている事が感じられた。
彼らから「西方との戦いを優先する」姿勢が示されたので、当面は図らずも、「西方からの人間勢力の攻撃に、共に立ち向かう」という目標は達成された事になる。
だが……問題はその先だ。
彼ら「リーリエの国」は、我が国と友好的な関係を結ぶつもりが無い事。そして西方を片付けた後は、南方に……我が国に侵略の手を伸ばすつもりである事を明確にしている。先々、明確に敵対する意思を示しているのだ。
勿論、西方の「ノムト侯」との戦いで、どちらが勝つのかは判らない。そもそも「ノムト侯」の方が勝利して、彼ら……「リーリエの国」は征服されて滅ぶのかもしれない。
しかしもし、この「リーリエの国」の方が勝った場合……極めて危険な敵対勢力になると考えられた。
そして、確証は無いが……おそらくは次の人間勢力との戦いでは「リーリエの国」の方が勝利し、その先は彼らと戦う事になるのではないか。サラクはそう予感していた。
……………
「……………」
サラクは改めて玉座を見上げた。
無表情な冷たい目で自分たちを見下ろす、底知れない、何を考えているのか判らない、もうひとりの「ゴブリリ」、リーリエ。
そして、同じ玉座に座り、その関係性は判らないがリーリエと親密な関係を築き、この国で主導的な役割を果たしていると考えられるオークの首領、クチュルク。
更に、その周囲に座り、この国で支配的な地位を占めていると考えられる、宰相ケプレスを初めとするオークたち。いずれも一癖も二癖もありそうな連中である。
この国は……そして特に、玉座に座っている二人は……危険だ。
彼らを放置していれば、この先……我が国にとって、我らがハーン、リリにとって危険な敵となるだろう。サラクは確信をもってそう予感した。
……………
(ならば……)
サラクは、特使として出発する前、大尚書コアクトと話した言葉を思い出していた。
「もし、『リーリエ』が、そして『リーリエの国』が極めて危険な存在であるのなら。
我が国と友好的な……それが無理であっても、せめて中立的な関係も構築できそうにないのであれば。明確な敵になると予想されるなら。
放置しておけば、我が国にとって強大な脅威となると判断されるなら。
その時に、貴方がすべきことは……」
(自分がすべきことは……)
サラクはそっと胸元に手を伸ばす。そして、そこにある感触を再確認した。
……………
「……偉大なるイラ・アブーチ・ハーンに申し上げます」
サラクは、玉座を見上げて言った。
「ハーンの、そして太師様のお考えは承りました。確かに我らが主、トゥリ・ハイラ・ハーンにお伝えいたします」
サラクの言葉に、リーリエは無表情で頷き、クチュルクは冷笑を浮かべた。
その表情を見ながら、サラクは食い下がる様に続けた。
「……されど! 私は我がハーンから友好を願う親書を託されており、この親書をお渡しするのが使命でございます。
……どうか、親書だけはお受け取りをいただけませんでしょうか」
「あぁ? さっきの話を聞いてなかったのか? 貴様らとの対等な友好などあり得ぬわ。貴様らに許されているのは服従だけ……」
ふんぞり返ってそう言ったクチュルクであったが、その腕の中で、リーリエが何か言いたげな表情で彼を見上げた。
「……………」
その表情を見て、クチュルクは小さくため息をつきながら言った。
「……まあ、受け取ってやるくらいならいいだろう。さっさと持って来い! そしてさっさと帰って、我らに臣従するように、お前らの主に伝えるんだ!」
「……ありがとうございまする!」
サラクは大仰に礼の言葉を述べて、持参したハーンの親書を取り出した。
「それでは……我らがハーンの親書をお渡しいたしまする!」
……………
「我らがハーンの国の主、トゥリ・ハイラ・ハーンよりの親書。
偉大なるイラ・アブーチ・ハーンにお捧げさせていただきまする!」
その言葉とともに、サラクは、ハーンの親書……友好の言葉が書かれた羊皮紙の巻物を捧げ持ち、玉座に向かってゆっくりと歩き出した。
玉座がある壇上に向けて、そのままの姿勢でかつかつと一段ずつ、ゆっくりと石畳の階段を上っていく。
「……………」
次第に近づいてくる玉座。そして玉座に座るリーリエとクチュルク。
一歩ずつ足を進めながら、サラクは改めて自らの使命を思い起こしていた。
もし、「リーリエ」が、そして「リーリエの国」が危険な国であるのなら。
先々、我が国にとって強大な脅威となるのであれば、ここでやらねばならぬ使命がある。
自らの生命と引き換えでも、災厄をもたらす存在を摘んでおく必要がある。
我が国に、我が国に暮らす民に。我が主に。我らの部族や一族に脅威となるものを除いておく必要がある。
目の前の玉座に座る、イラ・アブーチ・ハーン。炎の能力を持つという、「大地を侵略するハーン」であるリーリエ。
そして、彼女と深い関係にあり、この国で主導権を持っていると考えられるオークの首領、クチュルク。
いずれも放置しておけない、危険な存在だ。
この場で……自らの生命と引き換えでも、この二人を……少なくともどちらかを除いておかねばならない。
それが……自分の秘められた使命だ。
サラクは決意を込めて、一歩、一歩、玉座に近づいて行った。
……………
その時だった。
「……そこで止まれ!」
突然、クチュルクが鋭く声を上げた。
「!?」
制止する突然の大声に、サラクの足が止まる。
クチュルクは横に控えている宰相、ケプレスに目配せして何かを命ずる。
ケプレスは小さく頷くと、おもむろに右眼に掛けている丸い片眼鏡に指を添えて……言葉を発した。
「眼鏡よ、応えよ」
「!?」
どこかで聞いた事のある言葉に、サラクはぴくりと身体を震わせる。
ケプレスはそのまま眼鏡に指を添えながら、レンズ越しに見えるサラクの身体を凝視した。
……そして、にやりと笑みを浮かべて……クチュルクの方を向いて告げた。
「やはり、クチュルク様が睨んでいた通りでしたな」
サラクを指差しながら続ける。
「……この者は、胸元にナイフを隠し持っております。
おそらく、クチュルク様たちを暗殺するつもりだったのでしょうな」
(……!!)
看過された驚きに、サラクの身体が固まる。
「捕らえよ」
ケプレスの言葉とともに、殺気立った衛兵達が一斉にサラクを取り囲み、刀を突きつけた。
取り囲まれたサラクに向けて、クチュルクが立ち上がり、憎々しげに告げた。
「貴様、この儂を殺そうと企てるとは、ふざけおって……! この代償は高くつくぞ」
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