第160話 リーリエの玉座
「リーリエの国」(豊かなる国)への特使としての任務から帰還した、サラク将軍の報告が続いていた。
報告は「豊かなる国」の中心部、ベルヌイの街到着後についての内容に移っていた。
……………
サラクたちを乗せた馬車は、ベルヌイの街の奥にある、小高い山の前で止まった。
馬車を降ろされたサラクたちは、そのまま山の山腹に開いている洞窟に案内される。
入口の部分に豪華な装飾が施された洞窟……。どうやら、この地を治めるベルヌイ族の本拠地はこの洞窟の様だった。
最初は洞窟を本拠に生活していたものが、人口の増加により、外部にも居住地が広がる形で「ベルヌイの街」が構成されていったのだろう。大きな街に成長した現在でも、本拠地は……そして王宮は洞窟に存在する。その成り立ちは、ヘルシラントをはじめ、多くの栄えているゴブリン部族に共通するものであった。
洞窟の内部に案内されたサラクたちは、機密保持のためであろう、目隠しをされた状態で洞窟の奥に案内された。
(あれが、「南のハーン」の使節……?)
(りーりえ様と同じく「ゴブリリ」を名乗っているらしいが、本物なのだろうか……?)
道中で、自分たちを見ながらざわめくゴブリンたちの声が聞こえる。
そんな声を聞きながら洞窟内を歩かされたサラクとマンティは、やがてとある場所に到着し、目隠しを外された。
……………
「おおっ……!」
マンティが思わず大きな声を上げる。
そこは、洞窟の最奥にある大広間……「リーリエの国」における玉座の間、謁見の間であった。ヘルシラントをも上回るその広大さを、サラクたちは驚きつつ見回していた。
続いて、サラクは用心深く前方の空間に視線を走らせた。
何人ものゴブリンの衛兵たちの後方に、いくつかの椅子が並んでいる。
最も中央に、豪華な金色の装飾を施された、大きな玉座があった。
ゴブリンが……そして「ゴブリリ」が座るには明らかに大きすぎる玉座。この大きさは「ハーン」が座する事から、敢えて大きくしている儀礼的なものなのだろうか。
まだ「リーリエ」は来ていないのか、玉座には誰も座っていなかった。
その左右には大臣や幹部たちの席であろうか、いくつかの椅子が用意されている。
こちらも、ゴブリン向けの椅子もあるものの、それよりも大きなサイズの椅子が多い。この大きさの椅子が使われているのは、儀礼的なものか、それともこの国の文化なのか。または、身体が大きな種族の幹部でもいるのだろうか?
それは、この先入場してくるであろう、この国の幹部の面々を見極めるしかなさそうであった。
これら「幹部の椅子」もほとんどが空席であったが、一つだけ……「ハーンの玉座」の左隣にある小さな椅子だけには、ひとりのゴブリンが座っていた。
見た感じ玉座の次に豪華な椅子に座っている、若い青年のゴブリンは……立ち上がって、サラクたちに声を掛けた。
「ようこそ参られた、南方の使者よ」
やや線の細い感じを受けるが、豪華な服装に身を包んだ青年男性のゴブリンは、サラクの方を向いて言った。
「私はこの国の左賢王、ネトラです。ハーンたちが来られるまで、しばしお待ちいただきたい」
その言葉に、サラクたちは礼をして平伏する。サラクはちらりと視線を上げて、彼の様子を観察した。
(彼が情報にあった「リーリエ」の婚約者、左賢王ネトラか……)
この国における有力部族、ユフィン族の王子。
ユフィン族は、「リーリエ」の出身部族であるベルヌイ族と拮抗する大勢力を誇っていたが、ユフィン族を統率するレタ家の当主・シマッサ王の決断により、息子であるネトラ王子が「リーリエ」と婚約し、両勢力が統合されたと聞く。そして「リーリエ」がハーンの座に就く際に、ネトラ王子は「左賢王」の称号を与えられた。
「左賢王」は臣下の最上位であり、ハーンの後継者か配偶者に与えられる称号だ。
その重要性、そして「ハーンの配偶者」を示す意味合いから、ハーンが未婚である我が国においては「左賢王」は空位とされている。
サラクのイプ=スキ族における主君、サカはハーンから重用されており、ハーンであるリリとの関係もそれなりに親密になりつつある様だが……それでも地位は未だに一つ下の「右賢王」に留められている。「左賢王」に誰かを置くにはまだ早く、空位という慎重な取り扱いがされているのだ。
それほどに「左賢王に任じる」という事には、重大な政治的な意味合いが存在するのだ。
それだけに、目の前にいるネトラ王子が「左賢王」に就いているという事は、彼が間違いなく「リーリエ」の婚約者であるという事実を示しているのだった。
少し気が弱そうにも見えるが、理知的で端正な顔立ちの若いゴブリン。確かに彼であれば、自分たちのハーン、リリとほぼ同年代である「リーリエ」にはお似合いに見える。
だが……
サラクは、何とも言えない違和感を感じながら、玉座に座る青年を眺めた。
彼……ネトラ王子から感じる、微妙な「陰」を帯びた雰囲気は何なのだろうか?
そもそも何故彼だけが先に着座しているのか、「リーリエ」やその他の幹部たちと一緒ではないのか? この国には、何か複雑な内情があるのか?
考察にふけるサラクの思考を打ち切る様に、「玉座の間」に鐘が打ち鳴らされた。
……………
「これより、我らがハーンが御来座されます!」
「玉座の間」の入口に立っている伝声官のゴブリンが、大きな声で告げた。
響き渡るこの声を聞いて、「玉座の間」に居並ぶゴブリンの衛兵たちが、一斉に跪いた。
そしてネトラ王子も椅子から立ち上がり、入口に向かって拝礼の姿勢を取る。
「我らが主、イラ・アブーチ・ハーン。
……そして、太師様、御来座!!!」
伝声官が大声で叫ぶとともに、入口に立ち並ぶ楽隊たちが管楽器を吹き鳴らした。
(……太師様?)
聞き慣れない称号に疑問を感じながらも、サラクとマンティもその場で頭を下げて跪いた。
……………
やがて、いくつもの足音とともに、「玉座の間」に何名もの人物が入ってきた。
耳に響いてくる足音が、想像していたよりも「重い」事に違和感を感じて、サラクはちらりと目を上げる。
そして……目に入ってきた光景に驚愕した。
(な……っ!)
驚きのあまり、礼を失しているのを承知しながらも、頭を上げたまま目の前の光景を凝視する。
隣にいるマンティも同様に驚きの表情で前方を眺めている。
入場して来た、「リーリエの国」の幹部たち。
それは……一部にはゴブリンが含まれていたものの、その多くはそれよりも身体の大きな異種族だった。
地面を揺らしながら入ってきた者たち。
ゴブリンよりも二回り大きな体躯。
ゴブリンよりも濃い緑色の肌と獣臭。
そして、豚のような頭部。
それは……オークだった。
(な……なぜ、オークが!?)
豪華な服に身を包んだ醜悪なオークたちが、何人もずかずかと入場して来て、次々と当たり前の様に玉座周辺の大きな椅子に座っていく。
その様子をサラクたちは驚愕の表情で見つめた。
……………
そして最後に……
ひときわ太った、そしてひときわ豪華な服装に身を包んだオークが入場してきた。
そのオークは、肥満した身体で豪華な装飾の剣を腰に佩き、ちらりとサラクたちを一瞥しながら、ずしずしと我が物顔で歩いてくる。
そして、その金色の指環が輝く太った右腕には……小柄な少女を抱きかかえていた。
「!?」
少女を抱きかかえているという異様な風体に理解が追いつかないサラクたちを前に、その太ったオークは、中央にある玉座まで歩き続け……腕に少女を抱きかかえたまま、ずしりと玉座に腰を下ろした。
「……………!」
サラクたちは驚愕の表情で玉座を見上げる。
オークの腕に抱きかかえられた小柄な少女は、ゴブリンよりも薄い緑の肌で、両側を編み束ねた長い白髪を持っている。そして頭の上に載っている金色の冠とともに……小さな獣耳が見えていた。
それは……サラクたちの主君、リリと同じ特徴の外見。「ゴブリリ」の姿だった。
(こ……これは!? どういうことだ!?
この少女が……?
そして、何故オークが!?)
理解が追いつかず、ただただ驚愕するサラクたちを見下ろしながら。
「デュフフフフフ……」
少女を抱きかかえたオークは、サラクたちを見下ろしながら、濁った笑い声を上げた。
「よく来たなぁ、南のゴブリンども」
そして、サラクたちを見下ろしながら続ける。
「この儂が、この国の『太師』、クチュルク様だ。
よぅく覚えておくんだなぁ……」
クチュルクと名乗ったそのオークは、ふてぶてしい笑いを浮かべた。
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