第159話 特使の帰還
第一報が入ってから数日後。
「ク=マの回廊」に設営されているハーンの幕舎に、ユガ地方から搬送されてきた弓騎将軍サラクが到着した。
特使として派遣された「リーリエの国」で大怪我(大火傷)を負い、極度に消耗していたサラクであったが、搬送の道中で治療魔法などの手厚い手当を受けた事もあり、到着の際にはある程度は回復していた。
回廊への到着後、急ぎ入浴して身を清め、旅装から礼服に着替えたサラクは、直ちにハーンの幕舎へと参内したのであった。
……………
「……………!」
玉座の前に拝礼するサラクの姿を見て、わたしは思わず息を呑んだ。居並ぶ廷臣達、そして諸将からもどよめきが起きる。
「リーリエの国」から帰還したサラクは……右半身を中心に、大火傷の跡が残っていた。
顔面の右半分や右腕に火傷の跡が痛々しく残っているのが、服の上からでもわかる。そして……右手の指が何本か欠損していた。
彼の火傷自体は、既に治療魔法により治されている。
しかし「治療魔法」はあくまでも「自然治癒を加速する」ものであり、「自然に治癒する水準まで」しか治せない。火傷の跡までは消せないし、欠損した指が再び生えてくる事もないのだ。
それだけに、サラクが訪問先で受けた負傷、火傷が、如何に酷いものであったのかが改めて実感された。
サラクの姿を見て、イプ=スキ族における主君であるサカ君も大きなショックを受けていた。
「弓騎将軍」である、そして弓矢で戦うイプ=スキ族であるサラクにとって、利き手の指を失う影響は計り知れない。
心配して影響を尋ねるサカ君に対して、サラクは「引ける弓は多少弱くなりますが、まだまだハーンやサカ様のお役に立ってみせます」と気丈な返事をしていた。
わたし自身も、今回の怪我で多少戦闘能力が下がった程度で、サラクの「弓騎将軍」の称号を剥奪するつもりなど無かった。
そんな事よりもやはり気になるのは、どうしてサラクがこの様に負傷する事になったのかである。
使節として派遣された「リーリエの国」で何が起きたのか?
彼がこれだけの酷い負傷をするだけの……どの様な出来事があったのか?
そして……。どうして爺は、戻ってきていないのか……?
……………
「サラク将軍。改めて、北方……『リーリエの国』への使節の任、大儀でした」
わたしは湧き上がる不安を抑えながら、サラクに語りかけた。
「ハーンのご尊顔を再び拝し奉り、恐悦至極に存じ奉ります」
サラクの声は、以前と同じ落ち着いた声であったが……疲労のためか、少し弱々しかった。
「臣サラク、北方への特使の任より帰還いたしました」
「未知なる北方への長旅、そして『リーリエの国』への特使としての重要な任務、誠に大儀でした」
わたしがそう言うと、サラクは深々と頭を下げて言った。
「畏れ多くもハーンより大任をいただきましたにも関わらず、北方との友好関係締結の任を果たせず……申し訳ござりませぬ」
そして……言葉を続ける。
「また……副使たるマンティ殿を無事に連れ帰る事ができず……申し訳……ござりませぬ」
サラクの言葉がわたしの心に突き刺さり、わたしの胸はずきりと痛んだ。
状況から、サラクの姿を見たときから覚悟していたけれど。
やはり、北方の「リーリエの国」とは友好的な関係を結ぶ事ができなかった。そして……
爺は……無事に戻ってくる事が、できなかったのだ。
居並ぶ廷臣たち、諸将たちはサラクの言葉に。そしてその様子に動揺して、ざわめいている。
わたしはその様子を見ながら……痛む胸を、湧き上がる不安な気持ちを、胸に手を当てて懸命に押さえながら、サラクに話しかけた。
「サラク将軍よ。教えてください。
北方の『リーリエの国』はどの様な国であったのか。そして、『リーリエの国』で何があったのかを……」
わたしの言葉に、サラクは頷いた。
「はっ。ハーンにご報告申し上げます。
わたくしが『リーリエの国』で見たものを。そして『リーリエの国』で起きた出来事を……」
そして、サラクは特使として派遣された「リーリエの国」での出来事を話しはじめた。
彼の口から語られた、「リーリエの国」の状況。
そして、現地で彼らに降りかかった出来事。
それは……わたしたちが予想だにしていてなかったものであり、今後の北方との関係が、そして我が国の行く末が不安に満ちている事を突きつけるものであった。
……………
トゥリ・ハイラ・ハーンの4年(王国歴596年)の初春。
リリ・ハン国の特使……正使サラク・カイカン、副使マンティ・コアの2名は、「リーリエの国」の本拠地である「豊かなる国」の中心地、ベルヌイの街に到着した。
彼らが「豊かなる国」に入国したのは、「日登りの国」北部を統治するカチホ族を介しての事であった。
彼らはまず、事実上「リーリエの国」に服属しているカチホ族を訪問し、彼らを窓口として「リーリエの国」との接触を求めたのである。
その結果、カチホ族は「リーリエの国」と連絡を取った。そして派遣されてきた「リーリエの国」のゴブリンたちは。特使である彼らを「豊かなる国」に案内、馬車で輸送してくれたのだが……それは実質、彼らを馬車に軟禁した上で護送する様な対応であった。
そのため、サラクたちは道中で入国した「豊かなる国」の住民たちとほとんど接触する事ができず……「リーリエの国」に関する情報を得られないまま、馬車に閉じ込められる様な形で「豊かなる国」の中心部、ベルヌイの街まで護送される事になった。
道中の休憩時や就寝時にも厳重な監視下に置かれ、そして護衛兵たちは事務的な対応のみで雑談にも応じず、何の情報ももたらしてはくれなかった。
「まるで罪人の様な扱いですな。我らはりり様の……ハーンの使節であるというのに」
馬車の中で、爺……マンティが憤慨の声を上げた。
「国交がない相手、そして、もう一人のハーン、そして『ゴブリリ』からの使節ですので……神経質になるのも、ある意味仕方ないのかもしれませんな」
サラクの言葉に、マンティは顎に手を当てながら言った。
「ふむ……それにしても、『リーリエ』が本当に『ゴブリリ』だというのは誠なのですかな。やはり、りり様の他に『ゴブリリ』が存在するなど、信じられませぬ」
「確かにそうですが……それを見極めるのも、我らの役目という事になりますな」
サラクはそう答えながら、馬車の小さな窓から外の景色を眺めた。
窓の外には、「リーリエの国」の本拠地……「豊かなる国」最大の都市であるベルヌイの街の景色が見えている。
「豊かなる国」はその名の通り広大、肥沃な地であり、多くの人口を抱えている。
そしてこの国が統一されたという情報通り、その中心都市であるこのベルヌイの街は大きな都市であり、多くのゴブリンたちが騒がしく生活する姿が窓から見えた。
また、この地は温泉が湧出する事でも有名であり、街の各所から源泉が噴出する蒸気が立ち上っている。馬車の窓からも、温泉に入りに来たと思われるゴブリンの姿、そして町中に設けられた蒸気蒸場に集う女性たちの姿が見えた。
そして、各所にはゴブリン兵たちが立っているのが見える。最終的には軍事力でこの国を統一したという、ベルヌイ族の兵であろうか。情報に聞く「ベルヌイ七軍」の一つ、「海の軍」の者であろう。碧色の軍服が特徴的であった。
サラクの目から見て、この街は「灰の街」と同じくらい賑わっているし、生活水準も自分たちの国と比べて遜色ない、ほぼ同じ程度に見える。一言で言えば「繁栄している」都市であると感じられた。
だが……
サラクは、そして隣に座っているマンティは、微妙な違和感を感じていた。
繁栄している筈の街なのに、街の雰囲気の「底」から、溢れる様な「明るさ」が感じられない。それどころか逆に、微妙な「陰」の様な雰囲気が感じられる。
この雰囲気の理由は何なのか? 「リーリエ」の統治に何らかの理由があるのか?
馬車を出て、直接住民達に確認する事ができない以上……それはこの先の「リーリエ」との会見で理由を探るしかなかった。
しかし、この先……「リーリエ」の本拠地に案内されたサラクたちを待ち受けていたものは、予想だにしない展開だったのである。
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