第158話 襲撃対策、そして……
ヘルシラントにおいて発生した、襲撃事件。
それは明らかに、ハーンであるわたしを殺害する事を目的としたものであった。
わたし自身はヘルシラントを出発済みであった事から、結果的には暗殺は空振りに終わっている。
しかし、襲撃者に易々と「ハーンの部屋」まで侵入されていること、そしてヘルシラント滞在時には必ず立ち寄る「ヘルシラント温泉」の更衣室に侵入されている事は大きな問題だった。
勿論、「わたしが不在だから警備が緩められていた」という側面はある。しかし、タイミングが少しでもずれていれば、わたしがもう少し長めの滞在をしていれば……襲撃、そして暗殺が成功していてもおかしくない状況なのだった。
「申し訳ございません、ハーン……!」
大尚書のコアクトが、留守居役(警備責任者)のガイアークの頭を押さえながら共に平伏した。
「この度の失態……この者、ガイアークの手落ちによるものでござります!
そして……この者を推挙した臣にも責任がございます! どうか何なりと罰をお与えください!
……ほら、あんたも頭を下げなさい!」
「ううっ、ごめんよ、姉ちゃん……」
ガイアーク共々平伏する保護者のコアクトを見て、わたしは苦笑した。
「……まあ、良い。起きてしまったものは仕方あるまい」
わたしは小さくため息をつきながら、薄絹のベール越しにガイアークに告げた。
「警備不備の処分は後で考えるとして、まずは此度の事件の背景や犯人、そして対策を考える事が先決であろう」
わたしの言葉に、コアクトは
「……はっ」
と頷き、一旦下がった。
「ハーンを狙った暗殺未遂、これは由々しき問題でございます。ハーンのご滞在が短く、たまたま難をお逃れになりましたが、手口を考えるに、かなり計画的な犯行であると考えられます」
シュウ・ホークが、前に進み出て言った。
「賊共は、洞窟の入口から迷わずまっすぐにハーンのおられる『謁見の間』に向かっております。しかし、洞窟内の経路は複雑であり、しかも内部の地形、ましてや『謁見の間』の場所は本来機密事項である筈です。どこから漏れたのか……」
「そうですね……」
わたしたちは頷いた。
そもそもヘルシラント洞窟の複雑な地形は、住んでいるゴブリンたちはともかく、外部の者が迷わず移動するのは難しい筈だ。
そしてハーンが座する「謁見の間」は最奥だ。そしてその場所は機密事項であり、例えば友好勢力である「灰の街」の使者ですら、位置関係が判らないように洞窟内の移動では目隠しをさせている。それなのに何故今回の賊はまっすぐに「謁見の間」に向かっているのか……?
「それに、『ヘルシラント温泉』にハーンが良く通われているという情報も、それなりに情報収集せねば判らない筈です。そして、今回急遽決定したハーンのヘルシラント帰国を狙っての犯行……かなり手の込んだ、周到なものであると考えられます」
シュウ・ホークの言葉にわたしたちは頷く。本来知り得ない筈の情報まで入手した上での周到な計画であり、決行日が、そしてわたしの出発日が一日ずれていれば暗殺に成功していた可能性もあったと考えられる手の込み様である。
「内通者や、密偵の様な者が紛れ込んでいるのでしょうか……?」
シュウ・ホークの言葉に、コアクトが首を捻って考え込んだ。
「そして、今回の犯人……賊どもが全て人間であったというのも気になります。どこに属する者で、どこから来たのか……?」
「……………」
わたしは地図を見ながら考えた。
この「火の国」地方にいる人間と言えば、「灰の街」そして「カイモンの街」の者などになるが、共に我が国とは友好関係にあり、この様な陰謀を巡らすとは考えられない。そしてそれぞれの街には検問が設けられており、外部から来た素性の知れない怪しい旅人が簡単に通過できる状況でもない。
それなら、今回犯行を行った人間たちは……どこからやって来たのか?
「やはり状況を考えると、西方……『後ろの国』のタヴェルト侯が、ハーンの暗殺を謀り送り込んで来たと考えるのが自然ではないでしょうか」
シュウ・ホークが言った。
「海岸沿いで小舟も発見されていますし、可能性はありますね。大陸の南岸沿いに、はるばる海路で暗殺者どもを密航させたのかもしれません」
「海路ですか……」
コアクトの言葉に、わたしは地図を見て考え込んだ。
わたしたちの住む「火の国」と西方の「後ろの国」は、山脈で隔てられている。陸路からは「ク=マの回廊」を通るしかない状況である。当然ながら現在の情勢では、怪しい人間の集団が回廊を通って我が国に入るなど不可能である。
ただし、両国の南側は海になっている。だから、海路で「火の国」に向かうという選択肢は確かに存在するかもしれない。
しかし大陸の南岸は波高く岩の多い厳しい地形であり、小舟で航行するには適さない。海路で両国を往来しようとする場合、大型船で海の深い沖合を迂回して進む様なルートしかなく、そうした船が接岸できるのは「灰の街」の様な大型港がある場所に限られていた。
「灰の街」は、この航路で西方との交易なども行っているらしい。だから、今回の賊が西方……「後ろの国」との貿易船に紛れ込んで入ってくる事はありえるかもしれなかった。
しかし今回の賊の侵入ルートは小舟によるものである。果たしてどこから来たのか?
沖合の大型船から小船を出したのかもしれないが、最近はそうした船の航行は目撃されていない。それならば、どこから……?
「侵入ルートは不明ですが、かなり以前から賊が入り込んでいたのかもしれません。そして残党がまだ潜伏して残っている可能性があります。賊の周到さを考えると、これは引き続き警戒が必要ですな」
シュウ・ホークの言葉に、わたしは頷いた。
「たまたま難を逃れたとは言え、朕の身を狙う手筈と手の込み様。
ヘルシラントに……『火の国』に引き続きタヴェルト侯の放った賊が潜伏し、続いて何かの策謀を行う可能性があります。……防備を固めるのです」
わたしの言葉に、コアクトが頷いて言った。
「まず、この本営における防備……ハーンの御身の安全に関しては、警戒を強化し、万全の対策を取らせていただきます。
そして……タヴェルト侯が後方を攪乱するため、再びヘルシラントや『火の国』のどこかで何らかの謀略を起こす可能性に備える必要がありますね」
「……うむ」
わたしは頷いた。
「火の国」に、タヴェルト侯が潜り込ませた賊がまだ残っている可能性は充分にある。今後の侵攻軍との戦いを妨害すべく、潜伏している賊がどこかで破壊工作を行う等で、後方を攪乱する危険性は充分にある。
その規模や手段はわからないが、最前線で防御を固めている「ク=マの回廊」までの補給線が絶たれるなど、タヴェルト侯侵攻軍との戦いに影響が出るかもしれない。それに兵達の出身地である「火の国」各地でテロ事件などが起きれば、防衛軍の士気にも影響してくる。
そうした動きを抑止せねはならない。
「……兵力を呼び寄せ、『火の国』を護らせるのです」
わたしは薄絹のベール越しに、廷臣たちに告げた。
「ははあっ!!」
廷臣たちが頷く。が、その一方で悩ましげに相談を始めた。
「しかし、『火の国』の兵力を増強するにしても、その兵力をどこから持って来ましょうか……?」
「そうですなあ……」
コアクトの言葉に、廷臣の皆は考え込んだ。
ここ「ク=マの回廊」に配置している各部族の兵力、および近衛軍団の兵は、西方のタヴェルト侯に備えるためのものだ。これを削ると、今後予想されるタヴェルト侯との戦闘に影響してくるため、動かせない。
となると、国内どこかの兵力を「火の国」まで呼び寄せる必要があった。
「他の兵力」のひとつが、北方のユガ地方を守備しているユガ国司軍である。しかし彼らは、北方に備える役割を持っている。
現在使者を派遣している「リーリエの国」がどんな動きをするか判らないし、そして北方からも人間の勢力「ノムト侯」が侵攻を計画している。今後の推移によっては北方からいずれかの勢力による攻撃が行われる可能性が充分にあり、備えるためにも、この方面に置いている軍勢は動かせなかった。
そうなると、残る選択肢は……
「恐れながら、『隅の国』の駐留軍を呼び寄せる他ないかと思います」
シュウ・ホークが言上する。
わたしは悩ましげに地図を眺めた。
「隅の国」の防備と治安維持のために、シブシやカラベを中心に配置している軍勢だ。「隅の国」は最近一揆や暴動が多発傾向にあり、できれば抑止力、反乱に備えた「押さえ」のために軍勢は残しておきたいが……。
「『隅の国』には、シブシに国司軍も配備されております。治安維持についてはシブシ国司軍に任せて、駐留軍は引き上げて『火の国』に呼び寄せるしかないかと」
コアクトの言葉に、わたしはしばし悩んでから、
「……許す」
と告げた。
「隅の国」の治安維持、当面の「押さえ」の軍勢を引き抜くのは気になるが、ヘルシラントや「火の国」の安全を確保するためには致し方ない。
「朕の名において命ずる。シブシおよびカラベの兵を呼び寄せ、火の国を護らせよ」
「ははあっ!」
こうして、「火の国」で発生したハーン暗殺未遂の襲撃事件、そして今後発生するかもしれない攻撃に備えて、「隅の国」に駐留している兵力を呼び寄せて備える事が決定した。
この日の朝議は、この襲撃事件への対策を決定する事で終了し、その後わたしは「火の国」への兵力移動を命じる綸旨を発行する対応などに追われる事になった。
そして、今回の襲撃事件における警備責任者であるガイアークへの処分は、後日検討する事となった。
だが、この件は……
この直後に立て続けに発生した大事件によってかき消され、結果的にはガイアークへの処分の件は有耶無耶になったのであった。
……………
翌日。
「た……大変でございます! ユガ国司様から急報が入りました!」
「ク=マの回廊」、ハーンの幕舎に、急使が飛び込んで来た。
「北方の『リーリエの国』に特使として派遣されていた弓騎将軍サラク様が、ユガの街まで戻られました!」
しばらく音沙汰が無く心配していた北方への特使に関する情報が、突然飛び込んで来たのだった。
「本当ですか!?」
驚いて尋ねたわたしに、使者は表情を曇らせて続けた。
「そ、それが……」
「どうしたというのです?」
「サラク将軍は全身に大怪我……大火傷をされているとの事です。ユガ国司様の報告によると、負傷と極度の疲労のため意識も朦朧とされているとの事で、現在治療魔法を施しながらこちらに向けて搬送中との事でございます」
使者の報告に、廷臣たちは一斉にざわめいた。
「どういうことだ? 何が起こっているのだ?」
「大怪我……いったい訪問先で何が……」
「火傷という事は、『炎の能力』を持つリーリエに何かされたのでは……」
「搬送中という事は、近日中にこちらに到着する筈。その際にご本人からご報告を聞くほかございますまい」
コアクトが言ったが、廷臣達のざわめきは収まらなかった。
特使として派遣された「リーリエの国」で、サラクの身に何か重大な出来事が起きたのは間違いなかった。
そして……。わたしはある事に気がついて尋ねた。
「……爺は? 爺はどうなったのです?」
そうだ。特使には、サラクだけでなく、爺……マンティも随行員として派遣していた。サラクが戻ったというのであれば、爺も一緒に戻ってきている筈なのだ。
「お、恐れながら……マンティ殿についての報告はございませぬ……」
「どういうこと!? 戻ってきていないというの!?」
「わ、わかりませぬ……」
「サラク将軍についての情報しか入っておりませぬ……」
首を振る使者の前で、わたしは胸の中で不安がどんどん高まってきて、震える声でもう一度言った。
「爺は……爺はどうなったのです!?」
しかし……周囲の者は誰も、応えてはくれなかった。
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