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第156話 新たな廷臣たち

「ハーンにおかれましては、我が願いをお聞き届けいただき、今回の者たちをご登用いただき、恐悦至極に存じ上げ奉りまする」

 薄絹の向こう側。先頭で跪いたコアクトが、いつになく殊勝な口調で言った。


「大尚書よ。朕が信任する汝の推挙である。そう畏まる事はない」

 わたしは玉槽から身を乗り出して言った。

「既に聞き及んでおるが、姿を見るのは初めてじゃ。汝が推挙する者たちを紹介するが良い」

「はっ」

 コアクトが頷き、後方で跪いている者たちを促す。

 後方で待機していた者のうち、片方の者が立ち上がり、一歩前に進み出た。


「ハ……ハーンを拝し奉り、きょ恐悦至極に存じ奉りまする」

 少しおどおどとした震える声が響く。若い女性の声であった。

 普通の文官とは違う、様々な色で彩られた、いくつもの装身具が取り付けられた服装……その巫女服に、わたしは見覚えがあった。

「わっわわわたくしは、パスパ・ティエングリと申しまする……」

 わたわたとした声で名乗り、深々と頭を下げる。


 彼女の姓には、勿論聞き覚えがあった。

「この者は、先に一族を挙げて『失踪』いたしました、ココチュを初めとするティエングリ一族の者でございます」

 コアクトが補足説明した。


 我が国をはじめ、ゴブリンの世界で宗教的権威を有していたココチュとティエングリ一族は傍若無人な振る舞いが目立ち、「隅の国」から金品の収奪を行うなど問題を起こしていたが、少し前に一族ほとんどの者が突然、「失踪」した。国内を移動中であったココチュ率いる一族の一行が、突如として姿を消したのである。

 大陸北部など国外に布教に向かった、あるいは人間の国に逃亡したなど、様々な噂が取り沙汰されているが、その行方は杳として知れない。

 ともあれ、「ココチュの一行」……ティエングリ一族の主要な者たちが全て姿を消した。ティエングリ一族で残されたのは、各地に点在するわずかな傍系の者たちであった。

 彼女……パスパはその一人であり、文官達の末端に在席していたものを、コアクトが発見、今回抜擢したものである。


「文官としてもそれなりに高い能力を有していること、そしてその血統を重視して抜擢いたしました。……ほら、改めてご挨拶なさい」

「はっ、はい……よっ、よろしくお願いいたしまする……」

 コアクトに促されて、おどおどと挨拶をするパスパ。

 顔を上げたので、わたしは薄絹のベール越しに改めてその様子を見た。

 わたしより年上、コアクトと同じくらいの年齢に見える若い女性ゴブリンではあるが、瓶底の様な分厚く丸い眼鏡を掛け、長い前髪と分厚いレンズに隠されてどんな目をしているのか判らない。

 そして巫女服を着ているが、身体より大きくてダボダボで袖も長く、「服に着られている」感が強い。猫背気味の姿勢で、総じて垢抜けない、内気で消極的な性格の雰囲気が強い感じだが……果たして大丈夫なのだろうか。


 わたしが感じている印象を見て取ったのか、コアクトがフォローして言った。

「見かけは『こう』ですが、文官としての実務能力はそれなりに高いです。

 ……そして『私たちが求めている役目』は果たせるものと考えております」

「そうですか……」

「この者を、新たに創設する『神祇官』に任命する事を、ご許可願います」

「……うむ」

 コアクトの言葉に、わたしは頷いた。


 これまで、『天の神巫』ココチュを初めとする『神巫の一族』がハーンとは独立した宗教的権威を有していた事で、様々な弊害を生じていた。

 この弊害を解決し、宗教的権威を「ハーンの制御下」に置くべく、祭祀や宗教行事を管理する「神祇官」という役職を、我が国に新たに置くこととしたのである。

 「神祇官」は我が国における祭祀を司り、各地に置かれている社や神職の者たちを統括する。我が国の宗教を束ねる存在である。

 ただしそれは……ハーンに仕える官僚としてであり、「神祇官」が司る全ての神事もハーンの権威の下で行われる事となる。

 ココチュたちが姿を消した事もあり、この際に我が国、そしてゴブリンの世界における宗教的権威をハーンの権威に組み敷き、制御下に置こうというのが、わたしたちの計画であった。


「パスパ・ティエングリよ」

 わたしは薄絹のベール越しにパスパに告げた。

「トゥリ・ハイラ・ハーンの名において、汝を我が国の『神祇官』に任ずる。

 務めを果たし、我が国を祭祀を司り、民心を安んじるのじゃ。朕は汝の働きに期待しておるぞ」

「は、ははあ……っっっ!! きょ、きょきょきょ恐悦至極に存じ奉りまするっっっ!!」

 裏返った声で叫び、額を地面に擦り付けんばかりに頭を下げるパスパ。

(大丈夫なのかな……)

 その様子を見て、わたしは少し不安になるのだった。



 ……………



 ……そんな不安をよそに、この先、パスパは神祇官としての役目を大過なく果たしていく事になる。

 そしてそれだけではなく、秘められていた文官としての卓越した実務能力。そして蓄えられていた知識を活かして活躍するなど、彼女の才能は開花し、この先大いに我が国の主要メンバーとして活躍する事となる。

 彼女は我が国において貴重な戦力となり、そして後に……文化的にも、歴史に名を残す多大な功績を挙げることとなるのであった。



 ……………



 パスパの紹介が終わり、わたしは再びコアクトの方に向き直って言った。

「大尚書よ。もう一人の推挙者を紹介するが良い」

「ははっ」

 コアクトは頭を下げてから……改まった口調で言った。

「畏れ多くもハーンにおかれましては……。今回の臣の推挙につきまして。……臣の願いにつきましてお聞き入れをいただき、誠にありがとうございまする。心から、厚く御礼を申し上げまする」

 コアクトの言葉に、わたしは笑顔で頷いた。

「そなたはこれまで長きにわたり朕を支えてくれた。その功績に応えたまでじゃ」

「ありがとうございます!」

 コアクトが改めて感謝の言葉を述べ、後ろに控えている者に呼びかける。

「……さあ、前に出なさい」

 その言葉に応じて、後方で跪いていた者が前に出た。


「ハーンのご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じ奉ります」

 若く……そして少し軽い感じの声が、謁見の間に響く。

「わたくしは、ガイアーク・コエンと申します」

 そう言って前方に跪き、頭を下げたのは、青年の男性ゴブリンであった。



 わたしは改めて薄絹のベール越しにその姿を見た。

 ガイアークは、かなり若い青年のゴブリンである。年齢的には、わたしとコアクトの間くらいだろうか。こちらもパスパと同様、新たな廷臣として取り立てるにはかなり若いゴブリンである。

 彼が今回登用する人材として紹介されたのは他でもない。その素性……コアクトと同じ姓によるものであった。


「……この者が、新たにコエン家を継ぐ者であるか」

 わたしの問いかけに、コアクトは深々と頭を下げて応えた。

「ははっ、傍系ではありますが、我が一族……コエン家の者でございます。この度、ハーンの格別の思し召しによりご登用を賜り、誠に有難き限りにござりまする!」

「朕を支える大尚書としての、これまでの汝の功績に応えたまで。汝が願ったコエン家の再興、確かに聞き届けたぞ」

「ありがとうござりまする! 罪を得た存在たる我がコエン家の再興をお許しいただき、臣は感涙の極みにござりまする……!」

 コアクトが声を震わせて頭を下げる。その後ろでガイアークも拝礼した。



 ……………



 コアクトの一族……コエン家は、ヘルシラント族の名門……かつてのヘルシラント族長家である。

 しかし、コアクトの伯父アクダムは、その権力欲からわたしを迫害した。「ゴブリリ」であるわたしを族長として支える責務がありながら、「ゴブリリ」の期待値が低い事を理由に、わたしを幽閉して権力を握り続けた。最終的には族長の座を簒奪してわたしを奴隷化する野望を持ち、実現寸前のところまで計画を進めていたのだ。

 わたしが能力に目覚めて実権を取り戻し、族長に返り咲いてからも、追い落とすために様々な策謀を巡らし、ついには敵対部族に内通して我が部族を攻撃させるなど、悪行の限りを尽くした。

 最終的に陰謀が露見した際も素直に罪に服さず、逃亡して現在も行方を眩ましている。

 後にハーンとなったわたしからすれば、幼年期からの幽閉や権力の壟断、様々な不敬な言動、わたしを排除するための様々な陰謀、そして敵対部族と通じて外患を招くなど、その所業は決して許されない重罪であるのだった。


 わたしはその後アクダムの姪であるコアクトを登用し、彼女は大尚書という高い地位に昇っているが、これは文学という趣味を通じてコアクトと仲が良かったからという個人的な繋がりによる物が大きい。勿論本人の能力の高さもある。コエン家の者だから、アクダムの姪だからではなく、コアクトという個人を登用しているのだ。



 わたしがハーンとなってから、各部族の有力氏族は貴族として爵位を与えられ、宮廷に列席する地位を与えられている。ヘルシラント族の他の氏族からは、シュウ・ホーク(ホーク家当主)や、ケン・ラン(ラン家当主)などが取り立てられ、爵位を与えられている。

 しかしコエン家は、ヘルシラント族の旧族長家という有力氏族であるにも関わらず、アクダムの悪行によりこうした地位は与えられてこなかった。

 コアクト自身が女性である(氏族の継承者たる男性ではない)事や、代わりに取り立てるべき近親者がいないという事情もあった。


 ともあれこうした経緯により、コエン家は貴族に取り立てられず、事実上「取り潰された」状態であったのである。



 しかし今回、日頃わたしを支えてくれているコアクトのたって願いにより、傍系の者を抜擢登用して、コエン家の再興を許す事としたのである。



 ……………



「ガイアーク・コエンよ。汝を世襲貴族・コエン家の当主として取り立てるとともに、『骨都侯』の爵位を授ける。これからも励むが良い」

 わたしが薄絹のベールの後ろから呼びかけると、ガイアークは横に控えるコアクトとともに、深々と頭を下げた。

「ありがとうございます! ハーンへの忠勤に励ませていただきまする!」

 なんとなく「軽い」ガイアークの雰囲気や声質に微妙な不安感を覚えながらも、わたしは頷いた。


「この者への当面の役割ですが、ハーンがご不在時における首都ヘルシラントの留守居役を務めさせようと考えております」

 コアクトの言葉に、わたしは頷いた。


 留守居役。我が国の本拠地ヘルシラントをハーンに代行して守るという、字面だけ見れば結構重要な役割である。

 だが、ヘルシラントの旧族長家、コエン家の者ということで、ガイアークは当然ながら普段はヘルシラントの洞窟に居住している。そんな彼にとって、この役割は言わば「自分の家の留守番」をするに等しかった。

 住み慣れた自分の住居で留守番をするだけ。しかも、わたし(ハーン)がいないので、わたしの護衛や身の回りの配慮などの仕事なども不要である。

 勿論職務として行うべき諸々の仕事はあるけれど……言い方は悪いけれど「楽な」役割だった。


 まあ、若いし登用されたばかりだし、最初は簡単な仕事から慣れて行ってくれればいいかな……。

 そんな事を考えながら、わたしは頷き「許す」とコアクトに告げた。


 コアクトは一礼して、ガイアークに向き直って言った。

「ハーンから『許す』とのお言葉がありました。ガイアークよ。ヘルシラントに戻り、留守居役の役目を果たすのです」


「うん! わかったよ! 姉ちゃん!」

「こ……こら、何ですかその口調は! ハーンの御前ですよ!」

 いきなり砕けた口調で話し出したガイアークをコアクトが慌てて窘めた。


(だ、大丈夫なのかな……)


 その「軽さ」が何だか不安だけれど、若いのだからそんなものなのかもしれない。コアクトが推挙してくれた者なのだし、今後経験を積めば成長してくれるだろう……。


 わたしはそんな事を考えていたが。



 そんな彼、ガイアークは……今後、様々な出来事で「歴史に名を残す」事になるのであった。


 読んでいただいて、ありがとうございました!

・面白そう!

・次回も楽しみ!

・更新、頑張れ!

 と思ってくださった方は、どうか画面下の『☆☆☆☆☆』からポイントを入れていただけると嬉しいです!(ブックマークも大歓迎です!)


 今後も、作品を書き続ける強力な燃料となります!

 なにとぞ、ご協力のほど、よろしくお願いします!

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