第155話 回廊の整備、迎撃準備
トゥリ・ハイラ・ハーン4年(王国歴596年)初春。
紆余曲折の末、山賊団「吾亦紅」との交渉が成立した我が国は、「ク=マの回廊」を接収し、予想されるタヴェルト侯の侵攻に備えた整備作業を開始した。
回廊の手前に設置された本営や、回廊中心部の旧「ワレモコウの街」などの要所に兵糧や軍需物資の集積拠点を構築し、本国から物資を輸送して集積を開始する。
そして回廊内に置かれている城塞も、西側からの攻撃に対応できる様、増強工事が開始された。
更に、回廊の西側出口……回廊から「後ろの国」に出た地点に、新たな防御陣地の構築を開始した。
西側……「後ろの国」から攻めてくるタヴェルト侯の軍勢に対して、まずは回廊出口(西側から見れば入口)に設置した防御陣地で迎え撃ち、撃退を図る。
もし守り切れずに突破されたとしても、回廊内の各城塞群を次の防衛ラインとして設定し、通過するタヴェルト侯の軍勢を各城塞で足止めして削り、消耗させる。
もしこれらの防衛ラインを突破されたとしても、回廊の「火の国」側出口に布陣しているハーンの大本営……主力軍で、ここまでの戦いで消耗したタヴェルト軍を迎え撃つ。
防御に適した回廊内の城塞を増強。そして回廊の前後に迎撃用の陣地を設置。何重にも構築された防衛ラインで、タヴェルト侯の軍勢を迎え撃つ。全ての防御を突破するのは不可能な筈であり、どこかで必ず攻勢限界点が来る。タヴェルト侯の軍勢を阻止し、決して我が「火の国」には侵入させない。
それが、わたしたちの迎撃計画だった。
……………
「回廊の防御拠点構築は順調です。また、『西側の陣地』についても順調に構築が進んでおります」
大本営に設置された幕舎の中。ウス=コタの報告に、わたしは頷いた。
回廊の西出口に新設した拠点となる防衛陣地。陣地外部の空堀や塹壕の掘削については、わたし自身も参加して「採掘」の能力で手伝っていた。
マイクチェク族を中心とした各部族の協力もあり、短期間でかなり堅固な防御陣地が構築されつつある。
「西側陣地から、『後ろの国』内部に向けて、わがイプ=スキ騎兵による索敵騎の運用を開始しました。もしタヴェルト侯の軍勢が迫ってきても、事前に発見が可能です」
続いてサカ君から、西側の偵察開始の報告が入る。
「回廊の山部分(崖の上)に設置した見張り台からも、かなり遠くまで見渡せる様です。少なくともタヴェルト侯の軍勢が来れば、確実に事前に発見できるため、奇襲を受ける事はないと考えます」
「ありがとう。ふたりとも頼りにしていますよ」
わたしの言葉に、ふたりはしっかりと頷く。その横からシュウ・ホークも発言した。
「『灰の街』からの情報によれば、タヴェルト侯はいまだ首都『ヒーゴの街』に軍勢を留めているようです。連中の侵攻開始まで、もう暫くは時間的余裕がありそうですな」
「ただ、この近辺にもタヴェルト侯側の索敵兵の姿が確認されております。我々が回廊を押さえ、防御を増強している動きは敵方に伝わっていると考えられます。阻止するために早期に軍事行動が開始されてもおかしくありません」
「敵が来る前に、今のうちに回廊の防御をより堅固なものに固めてしまいましょう」
シュウ・ホークの言葉に、わたしは頷いた。
回廊の西側に強力な防御陣地を設置する事で、まずはこの地点でタヴェルト侯の軍勢を食い止める……「火の国」への侵入を阻止するためにも、回廊の手前で守り切る事ができれば、それが一番良い。
「今のうちにイプ=スキ騎兵の機動力を活かして、『後ろの国』に逆侵攻、もしくは威力偵察の軍勢を送り込むのはどうでしょうか。タヴェルト侯を振り回して消耗させられるかもしれません」
「うーん、戦力の分散にもなりますし、撃破される危険もあります。それにハーンはそこまでは望まれていないのでどうでしょうか」
「とはいえ、偵察用の前線拠点あたりは設置するのも一案かもしれませんな」
シュウ・ホークとサカ君が今後の対応について談義を交わしている様子を眺めていると……ウス=コタがわたしの前に進み出て来て言った。
「恐れながらハーンに申し上げます。我が妻子がこの幕舎に参っております。お目通りを賜ってもよろしいでしょうか」
「おおっ、ご家族が来たのですね」
ウス=コタの言葉に、わたしは笑顔で頷いた。
「勿論大歓迎です! ここに連れてきて下さい!」
……………
連れてこられた赤ん坊の泣き声で、軍議で緊張していたハーンの幕舎は一転して賑やかになる。わたしは笑顔で乳飲み子たちを眺めながら呼びかけた。
「良く来てくれました」
「ハーンにおかれましては、ご機嫌麗しく、恐悦至極に存じ上げまする」
そう言いながら大きな身体で拝礼したのは、ウス=コタの妻、トワ王妃である。
その後ろには、少し大きなサイズの乳母車が三台。最近ウス=コタとトワ王妃の間に生まれた第二子たち、三人の子供たちである。
「第二子」と言いつつ、前回の出産では女の子一人、男の子三人が生まれている。今回の子供たちは、四男と次女、三女にあたるのであった。
「今回疎開を行うにあたり、マイクチェク族を代表し、ご挨拶に罷り越しました。ハーンの拝謁を賜り、我が子達にとってもこの上ない栄誉となりましょう」
そう言ってトワ王妃が頭を下げる。
そう……彼らは「疎開」の途中で挨拶に立ち寄ってくれたのだ。
マイクチェク族の領地は、回廊に接した地域に位置している。回廊から「火の国」に入れば、そこは即マイクチェク族の領地である。そのため、万が一タヴェルト侯の軍勢に回廊を突破された場合、マイクチェク領はそのまま戦場になる恐れがあった。
そのため、戦えないものたちを後方……「隅の国」にあるマイクチェク族の投下領、クシマの街を中心とした東岸地域に疎開させる事にしたのである。
マイクチェク族は基本的に皆戦士の方針を持っており、男だけでなく女性も戦士として戦う部族である。しかし、さすがに妊婦や子供達、老人たちや身体の弱い者は戦えない。
彼ら弱い者を後方地域に疎開させ、領地には戦えるものたちだけが残り、後顧の憂いなくこれからの戦いに臨む。名前の上では「疎開」だが、むしろ全力でこれからの戦いに挑むための、臨戦態勢に向けた前のめりなマイクチェク族の決断であった。
トワ王妃も、乳飲み子である子供たちを疎開先に預けた後、この地に戻って来る予定であるそうだ。王族である彼女は、女であっても戦士であるというマイクチェク族を象徴する存在なのであった。
「疎開先に送っていった後は、しばらく赤ちゃんたちに会えなくなるのですね。寂しくなりますね……」
わたしがしんみりして言うと、トワ王妃は笑顔で答えた。
「我が子を守るため、女も戦うのが我らマイクチェク族でございます。ましてやわたくしは王の妃。王族として部族の者たちに範を示さねばなりませぬ。それゆえ上の子供たちについては王族として、幼子ではあってもこの地に留まらせ、ハーンとともに戦う所存でござります。それに……」
トワ王妃は少し悪戯っぽい笑顔を浮かべて言った。
「うちの人だけだと頼りないですからね。わたし自身も戦わねば安心できませぬ!」
後ろでウス=コタがお茶を吹いているのを尻目に、トワ王妃が豪快に笑う。わたしも思わずつられて笑ってしまった。
「ハーンにお願いがございます」
一通り笑った後、トワ王妃が言った。
「願わくば、ハーンの御手で我らが子供たちをお撫でになり、祝福をお与え下さいませ。この上ない栄誉となり、子供たちもそれを励みに疎開先で寂しがらず、力強く過ごしてくれるでしょう」
トワ王妃の言葉に、わたしは「もちろんです」と頷いた。
わたしは、乳母車の方に歩いて行き、元気な笑顔を浮かべている赤ちゃんたちを覗き込んだ。つやつやとした緑色の肌。かわいらしく尖っている耳がとてもかわいらしい。
「疎開先でも元気に過ごしてね」
かわいい笑顔を眺めながら、呼びかける。
「あなたたちのところまで戦火が及ばない様に……わたしたち、頑張るからね。戦いが無事に終わったら、また会いましょうね」
わたしはそう言って、赤ちゃんたちの表情を眺め、その温もりを感じながら……ひとりひとりの頭を優しく撫でたのだった。
……………
トワ王妃と赤ん坊たち、そして疎開するマイクチェク族の者たちを見送った翌日。
わたしは久しぶりにハーンとしての正式な謁見の場を迎えていた。
ハーンの幕舎の中。玉槽に身を浸し、薄絹のベール越しに謁見に臨む者たちを眺める。
幕舎の中、薄絹の前で跪いているのは、三名のゴブリンたち。
先頭で跪いているのは、大尚書のコアクトである。彼女は先日から今回の回廊引き渡しに伴う処置について説明・交渉を行うため、「灰の街」まで文官たちを引き連れて赴いており、ようやく対応を終えて昨日戻ってきたところだった。
一連の対応がようやく一段落ついたため、今回、彼女が以前から要望していた案件について、謁見の場が設けられたのだった。
コアクトの後ろで跪いているのは、二人のゴブリン。
今回の謁見は、彼らを登用する事に伴うものであった。
今回、新たに登用される者たち。
彼らは後に……我が国に大きな影響を及ぼす事となるのだった。
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