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第154話 回廊接収、そして……

「『灰の街』の広場に、我らと『吾亦紅(ワレモコウ)』との合意条項が掲げられている……本当ですか!?」

 コアクトの驚きの声に、伝令は頷いた。


 伝令が続けて、高札に記載されているという合意事項について報告する。

 それは……まさにわたしたちが合意したのと同じ内容。この羊皮紙に記載されているのと全く同じ内容だった。

「『灰の街』駐在公使に対して、『灰の街』のルインバース議長より『合意内容に関する説明を求めるとともに、最恵国待遇に基づく交渉を求める』旨の申し入れが行われており、対応に関して指示を求む、との内容でございます」

「……………!」

 伝令の報告にコアクトは絶句して。

 ……そして大きくため息をついた。

「やられた……!」

 項垂れるコアクトの後ろで、わたしとシュウ・ホークも少しほっとしながらも、一本取られた感じな気分でため息をついた。


 おそらくは合意した直後に、『吾亦紅(ワレモコウ)』の者たち……いや、モル・カー団長は、文烏(ふみがらす)を飛ばすなどして迅速に「灰の街」に潜ませた仲間達に情報を送ったのだろう。

 そして、中央広場に高札を出す形で、早々に合意事項を「世間に公開」した。

 高札を読んだ「灰の街」の住民たち、そして首脳部が内容を知ったことにより、合意事項は「世間が知る」ところとなった。

 それゆえ、その時点で……『吾亦紅(ワレモコウ)』の連中ごと合意内容を「闇に葬る」事は、不可能となったわけだ。


「……やられましたね」

 わたしの言葉に、コアクトは大きくため息をついてから、頷いた。

「『吾亦紅(ワレモコウ)』団長、モル・カー……。彼に手玉に取られる結果になってしまいました」

 コアクトは忌々しげな感情を隠さずに言った。

 この先、退去した『吾亦紅(ワレモコウ)』の者たちへの対応、そして『灰の街』への説明や交渉など……コアクトはじめ文官たちが対応しなければならない事項は多い。モル・カー団長に「一本取られた」結果行わねばならない仕事量に、コアクトと部下たちは頭を抱えていた。


「まあ……不本意な点はありましたが、前向きに考えましょう」

 わたしたちの後ろから、シュウ・ホークが言った。

「何はともあれ、戦闘が避けられて『吾亦紅(ワレモコウ)』の者たちが退去し、回廊と城塞が無血占領できるという事実には変わりはありません。

 まずは、回廊を接収したあと防御施設を増強し、西方のタヴェルト侯の侵攻に備える事こそが何よりも重要です。

 こうした対応は軍事に通じた方の力が必要です。……左谷蠡王(さろくりおう)殿。頼りにしておりますぞ」

 その言葉に、ウス=コタは元気を取り戻して答えた。

「お任せ下され、ハーン、そして皆様方。

 この左谷蠡王(さろくりおう)ウス=コタとマイクチェク族。我らの手で回廊の守りを鉄壁となし、必ずや次の戦でお役に立ち、今回の汚名を雪いでみせますぞ!!」



 ……………



 リリ・ハン国との合意事項に伴い、「ク=マの回廊」に居住していた「吾亦紅(ワレモコウ)」の住民たちは、全員が退去することとなった。

 住民たちは街や砦から退去し、新たな生活の場。用意された代替地に向けて一斉に移動を開始する。

 回廊から出てきた長い住民達の行列。女性や老人、幼子も交えた、その多くが「後ろの国」から逃れて来た人々。

 その中心に、モル・カー団長の姿もあった。


 ぷいぷいとした鳴き声をあげながら、太った大鼠、ケィビィがとことこと地面を駆ける。その様子を微笑ましげな笑顔で見つめながら、モル・カー団長はその後ろでゆっくりと歩を進めていた。


「やりましたね、団長」

 部下の男が、モル・カー団長に声を掛けた。

「ハーンが交渉に来る事を見破り、人質に取り、これ以上ない好条件を勝ち取りましたな。

 更に、約束を反故に出来ないよう、内容を素早く『灰の街』で公開する手腕……さすがですぜ!」

 その言葉に、モル・カー団長は「まあな」と小さく頷いて振り向く。

 振り向いた後方には……回廊に歩を進めようとしている、リリ・ハン国の軍勢の姿があった。その中には、ハーンの馬印も見えている。

「確かに、上手く立ち回る事はできた。……だが」

 とことこと歩く大鼠を見ながら続ける。

「結局のところ、合意が守られるのかは、『ハーンの考え次第』でもある。だから、手玉に取ったように見えても……ある意味、自分たちは常に『ハーンのご機嫌を伺っている』立場でもある事を忘れてはいけないな」

「そうですか……でも、あの子……ハーンは、約束を裏切る様な方には見えなかったですが」

 部下の言葉に、モル・カーは頷く。

「確かにそうだ。……だが、情勢によっては変わるかもしれない」

 自分たちが住んでいた回廊を振り返りながら続ける。


 彼は回廊の出口、ハーンの本営に赴いて謁見した際……周囲で苦々しげな表情を浮かべた近臣たちを思い出していた。

 言うまでも無く、彼らにとって「不本意な」交渉結果を良しとせぬ者もいるだろう。もし彼らがハーンの気持ちを動かせば、もしくは彼ら自身が暴走すれば……発表されたハーンとの合意があるとは言え、自分たちの身の安全が完全に確保されているとは言い切れない。


 それに……

「もしもハーンの軍勢がタヴェルト侯に敗れ、タヴェルト侯の軍勢がこちらに雪崩れ込んで来る事があれば……合意など何の意味もなくなる。

 ハーンが回廊を有効に活かして、タヴェルト侯との戦いに勝ってくれる事を……今は、願うしかないな」

 そう言って回廊を眺めるモル・カー団長。

 周囲の者たちは、何も言わずに彼と共に回廊を眺めていた。



 ……………



 回廊を退去した「吾亦紅(ワレモコウ)」の住民たちは、建設中の新首都の一区画を与えられて移住した。

 後に「事態が落ち着いた後」、多くの者たちは故地に帰還したが、一部の者たちは与えられた居住地にそのまま定住する事となった。

 後世、新首都レンティアの一部を占める、人間達の居住地域。この地域は「モルカー街区」と呼ばれる事となるのである。



 そして、モル・カー団長と多くの者たちは、後に「事態が落ち着いた後」に「ク=マの回廊」に帰還する事となる。

 再建された「吾亦紅(ワレモコウ)の街」は、中継地点であるという重要性と、手厚い免税措置などもあり、「回廊都市ワレモコウ」として「灰の街」に次ぐ規模の、人間の都市として栄える事となる。その繁栄には、彼らを束ねたモル・カー団長の尽力と活躍があった事は言うまでもない。



 ……だが。

 彼らの帰還の前に、「ク=マの回廊」では歴史に残る大規模な合戦が、そして合戦に伴う大規模な破壊が行われ……帰還した彼らはまず、破壊され尽くした状態からの復興を余儀なくされる事となるのであった。



 ……………



「火の国」の西方、「後ろの国」。

 この国の中心地である「ヒーゴの街」にも、「ク=マの回廊」が接収され、リリ・ハン国の勢力下に入った旨の情報が届いていた。


 「ヒーゴの街」の中心に立つ、タヴェルト城。

「山賊団『吾亦紅(ワレモコウ)』は、火の国のハーンに投降、『ク=マの回廊』は無血占領されたとのことでございます」

 客将セントの報告に、タヴェルト侯ドーゼウは少し残念そうな表情を浮かべた。

「それは残念だな……戦闘になって、城塞が破壊され、ゴブリン共が消耗してくれれば楽で良かったのだが」

「やはり山賊団……所詮は我が国から追放された連中です。戦わずしてハーンに降るとは、気概に欠けているのでしょうな」

 セントの言葉に、タヴェルト侯は笑みを浮かべて答えた。

「まあ、ゴブリンどもを討伐して火の国に攻め込んだら、あの連中も纏めて叩き潰してやろう」

 セントは頷きつつも、少し心配げな表情を浮かべた。

「しかし、回廊が無傷で火の国のハーンに取られたのは、少し厄介かもしれませんな」

「いや、問題無い」

 タヴェルト侯は、余裕の笑みでセントに答えた。

「回廊に多少の城塞があろうが、その手前に陣地を構築しようが、所詮は我がタヴェルト軍の敵ではない。……文字通り、全て踏み潰し、薙ぎ倒してしまえばよいのだ」

「そうでしたな」

 セントはタヴェルト侯の軍団の陣容を思い出しながら頷いた。


「それに……」

 タヴェルト侯は、王家から授けられた巻物を、懐から取り出しながら言った。

「我らには軍神ネアルコから授けられた、この策がある。ハーンの国を内部からかき回し、弱体化させる切り札。そろそろ発動させるべき時が来たな」

 タヴェルト侯の言葉に、セントはにやりと笑みを浮かべて言った。

「畏まりました。手筈通り、策を発動させましょう。

 この策が動き出して、火の国が『出火』したその時こそ……」

 セントの言葉に、タヴェルト侯も頷く。


「……ああ。我が軍全軍で一気に攻め込み、『火の国』を制圧する時だ」

 読んでいただいて、ありがとうございました!

・面白そう!

・次回も楽しみ!

・更新、頑張れ!

 と思ってくださった方は、どうか画面下の『☆☆☆☆☆』からポイントを入れていただけると嬉しいです!(ブックマークも大歓迎です!)


 今後も、作品を書き続ける強力な燃料となります!

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