第153話 帰順条件を巡って
■合意事項
(「吾亦紅」の帰順と、地位に関する条項)
第1条
「吾亦紅」は、ハーン傘下の構成員としてリリ・ハン国に帰順するものとする。
第2条
帰順に際し、「吾亦紅」はハーン傘下の一員として、諸部族と同等の名誉ある地位を保証される。
第3条
「吾亦紅」の代表である団長モル・カーは、ハーンから「大当戸」(人間の勢力における「子爵」相当)の爵位が与えられる。
第4条
「吾亦紅」構成員は、帰順に際し全員が罪に問われない事が保証されるとともに、リリ・ハン国内で罪を犯していた者に関しても免責される。
(※山賊団の一部には「灰の街」で軽犯罪を犯して逃亡して来た人間もいたが、本条項により免責される)
(ク=マの回廊の引き渡しに関する条項)
第5条
「吾亦紅」は、「ク=マの回廊」および付属する街、城塞等をリリ・ハン国に引き渡す。
第6条
「吾亦紅」の構成員は、「ク=マの回廊」から退去し、リリ・ハン国が提供する代替地に移住するものとする。
第7条
引き渡しにおいては防御施設の破壊等は行わず、現状を保持した状態で行うものとする。
第8条
リリ・ハン国から提供される代替移住地は、火の国北部、「灰の街」北方の建設中の新都市の区画とする(※建設中である新首都レンティアの一部地域)
第9条
帰順に際しての「吾亦紅」側の回廊からの退去、および代替地への移動に際し、リリ・ハン国はその名誉に掛けて安全を保障するものとする。
(代替地への移住等に伴う待遇と経費等に関する条項)
第10条
退去地への移動経費、および代替地における当面の生活経費に関しては、全てリリ・ハン国側が負担するものとする。
第11条
今回の退去は、「ク=マの回廊」で予想される戦役に対応するための一時的なものである。リリ・ハン国は、当地が戦場になる情勢が解消された際には、「吾亦紅」の住民のうち、帰還を希望する者の再移住を保証するものとする。
第12条
上記条項により、回廊に帰還を希望する住民の移動に関する経費に関しても、全てリリ・ハン国側が負担するものとする。
第13条
「吾亦紅」住民の生活を保障するため、リリ・ハン国は、代替地における活動中は税を課さず、免税するものとする。
また、および「ク=マの回廊」に帰還してから15年間に関しても、「吾亦紅」に税を課さず、免税するものとする。
……………
「りり様、この合意条項は何ですか!? 山賊団に対して大盤振る舞い、相手側の要求を丸呑み状態ではないですか!」
「吾亦紅の街」から帰還し、モル・カー団長たち山賊団との合意事項を持ち帰ったわたし達に、コアクトが目くじらを立てて言った。
「退去の経費だけでなく、代替地での生活経費、そして先々帰還する際の経費まで、全額私たち持ちって、どういう事ですか?」
「そ、それは、わたしたちの都合で立ち退かせるわけですし、多少は……」
「それに、代替地だけでなく、回廊に復帰した後にまで免税って、何を考えているのですか!? それに15年間も! 単なる立ち退きの協定で、なぜそんな先の事まで約束する必要があるのですか!?」
「……その、今後の生活の安定を保証することで、安心して立ち退きができるためとのことで……」
「更に、『灰の街』で罪を犯した者まで免責って、何を勝手に約束しているのですか? 『灰の街』に根回しもせずにそんな事勝手に決めて! この後の説明や事後承諾に向けた折衝にどれだけ労力が必要かお考えになった事があるのですか!!」
「……ご、ごめんなさい……」
「申し訳ござりませぬ!!!」
わたしの細々とした謝罪の声に被せる様に、ウス=コタが頭を地面に叩き付けそうな勢いで下げ、大声で謝罪した。
「お許しください大尚書様! 山賊団にハーンの存在を看破され、事実上の人質状態に置かれ、彼らの要求を丸呑みせざるを得なかったのでござりまする!!!」
コアクトがじろりとウス=コタを見て言った。
「左谷蠡王殿。ハーンの身をお守りし、交渉を全うするのが貴方の任務だった筈。出発前に大言壮語を吐きながら、この体たらくはどういう事です!」
「面目次第もござりませぬ!!! 全てわたくしの責任でござりまする!!」
大声で謝罪するウス=コタ。その横でわたしは消え入りそうな声で言った。
「わたしのせいです。ごめんなさい。わたしが正体を見破られてしまったせいで……」
「りり様もりり様です!」
コアクトがわたしの方を向いて言った。
「使者として紛れ込んだのは、『刻印』を仕込むためでしょう。それ以外に、一切余計な事をしてはいけなかったのです。交渉の内容を聞こうとか、『団長』の顔を見ようとか、余計な行動をするから正体を見破られるのです!」
わたしに指を突きつけながら続ける。
「あの場で『もしもの事』があったらどうするのですか? 私たち臣下や臣民たちの事も考えてください! やはりりり様を直接交渉に行かせるべきでは無かったのです! 心配したのですよ!」
「……ま、まあまあ、そのあたりで良いでしょう、大尚書殿」
説教されて小さくなっているわたしを前に、シュウ・ホークが口添えしてくれた。
「ハーンの行動が迂闊であったのは確かですが、この計画を承認した私たちにも責任はありまする。
それに今回は……ハーンが使者の中に隠れている事を看破した、吾亦紅のモル・カー団長の慧眼が優れていたというしかござりませぬ」
「ごめんなさい……まさかバレるとは思いませんでした……」
反省の言葉を述べるわたしを前に、コアクトは回廊の方を見遣ってため息をついて言った。
「……確かに。吾亦紅の団長は、鋭い人物の様ですね。
ハーンの存在を見抜き、事実上の人質に取り、有利な交渉条件を勝ち取るとは……」
改めて交渉条件が書かれた羊皮紙を見遣って、不快感を露わにした口調で言った。
「それにしても、この内容は吾亦紅の者たちにとって都合が良すぎます! 我が国が経費全額持ちであるとか、本来今回の明け渡しとは無関係な15年間もの免税が含まれるなど許される事ではありません!」
コアクトは憤慨しながら続けた。
「それにそもそも、畏れ多くもハーンを脅し、人質に取った様な状態で結ばれたこの様な条件、私は反対です! この様な内容は無視するべきです!」
「し、しかし、大尚書殿……」
シュウ・ホークが諫めて言った。
「どの様な経緯があったとしても、正式に締結された合意事項ですぞ。この通り、ハーンもご署名されています。こうなった以上、我が国の、ハーンの名誉に掛けても遵守する必要がございますが……」
「それでも!」
コアクトが憤慨して言った。
「たとえりり様に落ち度があったとしても……りり様を脅して結ばせた様な条件、呑むのは反対です!」
「し、しかし、締結された条件を反故にするわけには……。例え脅迫された結果であっても、締結された内容を破棄することは、ハーンの威光やご声望を損なうことになります」
「そうだよ。コアクト、落ち着いて……」
わたしとシュウ・ホークが憤慨するコアクトを落ち着かせ様としたが、コアクトは抑えきれない様に続けた。
「それでも、りり様を脅して、怖い思いをさせて、こんな条件を押しつけるなんて許せません!」
そして。
「そうですね……」
一転して、ふっと表情を変え、低い声で言った。
「……この締結条件ですが、現時点では我々とモル・カー団長たち吾亦紅の者しか知りません。……世に広がる前に今の段階で、闇に葬ってしまえばいいのですわ。そうなれば約定を破っても世間には知られません」
「!?」
「この後、吾亦紅の者たちは回廊を引き渡して退去するために、非武装で砦や回廊から出てくる事になります。
……そこを我が軍で攻撃して……全員、闇に葬ってしまいましょう。そうすれば万事解決ですわ」
「ちょっ……コアクト!?」
いきなり怖い事を言い出したので、わたしは驚きの声を上げた。
「左谷蠡王殿。貴方の失点を挽回するにはここしかありません。連中が退去し、回廊から出てきたところで襲撃して、モル・カー団長の首を取り、吾亦紅の者たちを撫で斬りにするのです」
「ええっ!? は、はっ……でも……」
頷きつつも、動揺が隠せないウス=コタ。わたしは驚いて言った。
「ちょ、ちょっと待ってコアクト! 約束を破って、無防備の吾亦紅の住民たちを攻撃するというの!? そんな事はダメです!」
「……これは『軍略』というものですわ、りり様」
コアクトが悪い表情を浮かべて言った。
「『偽の講和条件』で釣り出して、一網打尽にする……立派な計略の一つですわ」
「で、でも、こんな騙すような事をするなんて……。それに、街で暮らす普通の人々もいるのですよ」
「汚名は私一人が負いますわ。これから行われる事は、りり様の預かり知らぬこと。私が勝手にやったこと。それで構いません。それに……」
コアクトはもう一度、締結条件が書かれた羊皮紙を見ながら言った。
「山賊団の連中がりり様を脅したこと。りり様に怖い思いをさせたこと。私はそれが絶対に許せないのです。この様な者たちがこの世に存在する事など、到底許せませんわ」
「そ……それでも! ね、落ち着いて、コアクト」
「大尚書様、落ち着いてくだされ!!!」
強攻策を主張するコアクトと、慌てて諫めようとするわたしやシュウ・ホーク。
そんな感じで、わたしたちが言い合っていたその時。
「申し上げます!!!」
幕舎の外から伝令が走り込んできた。
「この大変な時に何事です!?」
コアクトが苛々しながら反問する。伝令が跪いて続けた。
「報告いたします! 『灰の街』から急報が届きました!」
「『灰の街』から?」
突然の報告に、驚いて振り返ったわたしたちを前に、伝令の使者が続けた。
「はっ、報告によれば、『灰の街』の中央広場に高札が掲げられており、そこには我が国と『吾亦紅』で締結された、回廊退去に関する合意条項が記載されているとの事です」
「何ですって!?」
コアクトが驚きの表情を浮かべて。
「モル・カー団長、既にそんなところにまで手を回していたとは……。や、やられた……!」
そう言って、大きくため息をついて、項垂れた。
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