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第152話 看破

「ハーンは……そちらにいらっしゃるではないですか」

 モル・カー団長が鋭い視線で、わたしの方を見つめて言った。


(………バレてる!?)

 わたしがそう思った一瞬の間に、団長の合図で吾亦紅(ワレモコウ)の兵達が、わたしが座る席の後方を取り囲む様に展開する。彼らの手には、剣が握られていた。

 更に、部屋の外からも剣を持った兵が現れ、わたしたちが座る交渉テーブル全体を取り囲む様に立ち並んだ。


「何をなさる!?」

 ウス=コタが声を上げる。

「この様な無礼……我らと事を構えるおつもりか? ならば……」

 ウス=コタが拳を握り締める。そして部下の兵達が一斉に立ち上がった。

 武器を預けて武装は解除されているが、ウス=コタ初め兵達は精強なマイクチェク族の戦士である。素手であっても充分に山賊の兵を叩きのめせる……


「お静かに!」

 モル・カー団長が鋭く言った。

「我らとハーンの距離は、僅か五歩の内にあります。

 事あらば……我らの血を、ハーンに注ぎ掛けさせていただくことになりますな」

「…………っ!」

 彼らは無論、ここで「事が起こった」場合に流されるのは彼らの血だけではない、と言っているのだ。気迫溢れる団長の言葉に、ウス=コタたち兵達は動けなかった。


「そ……その者は、ハーンなどではない……ただの随行員だ……」

 苦し紛れにウス=コタが言ったが、モル・カーは笑みを絶やさずに言った。

「ならば、気にせずに動かれれば良かろう。随行員の娘一人の命と引き換えに、私をはじめ、我ら吾亦紅(ワレモコウ)の者たち全てを殺す事ができますぞ。安い買い物ではありませんか?」

「ぐ……っ!」

 その言葉に動けなくなってしまうウス=コタ。


「……………」

 わたしは背中に鋭い殺気を感じながら、自分の目元に手を遣った。

 わたしは今「『眼鏡の人』の眼鏡」を掛けている。

 この眼鏡の能力であれば、「眼鏡よ、応えよ(ユー・キシグマ)」の呼びかけで、外部に安全に避難できる。

 もしわたしたちが抑留され、深夜まで戻らなかった場合。または鏑矢の合図があった場合は、「眼鏡よ、応えよ(ユー・キシグマ)」を発動させ、わたしの身を外部に避難させる事ができる。だから、わたし自身の安全は確保されている……筈だった。

 だが、深夜まではまだまだ時間がある。そして、周囲を取り囲まれているので鏑矢で外部に合図する事もできない。

 つまり……眼鏡の力を使い、外部に避難する事ができない。折角準備していた「『眼鏡の人』の眼鏡」を使うことができないのだ。


 こんな展開になってしまうとは。そして、わたしが交渉団に紛れ込んでいる事を見破られてしまうとは、まったく想定外だった……。


「……………」

 わたしは小さくため息をついて、観念して、被っていたフードを脱いだ。

 「ゴブリリ」の特徴的な白い髪と、獣耳が露わになる。

「良く……わたしの事が、わかりましたね」


「お会いできて光栄でございます、ハーン」

 モル・カー団長がわたしの方を見て、穏やかな口調で言った。

「我らも聞き及んでいる、ハーンの消滅のお力であれば……必ず、城塞を崩す布石を打つために回廊を通って来られると思っていましたよ。……だから必ず、この中にハーンご自身がおられると思っていました」

 モル・カー団長は静かな笑みを浮かべながら続けた。

「それに、使節団の中に少女が紛れ込んでいるという不自然さ……。見破られない様に、他にも女性の随行員も含めてはおられますが……あなたがハーンで間違いないと確信していました」

「……………」

「ハーンの肖像画はこの地にも伝わっております。会見の場に来てみれば、似た容姿の少女がちらちらとこちらを見ている……。やはりと思いましたよ」

「……そうですか。迂闊な行動でしたね」

 わたしはため息をついた。

 立ち上がったまま、どう動くべきかおろおろとしているウス=コタに声を掛ける。

「こうなっては仕方ありません。座りましょうか、左谷蠡王(さろくりおう)

「は……はっ」

 ウス=コタが狼狽した表情を浮かべながらも、椅子に座り直した。


「さて。それでは、ハーン御自らがこの場にお出ましいただいたわけですし……」

 武装した兵達を後方に従えながら。

「改めまして……、これからの事について……『交渉』しましょうか」

 モル・カー団長は笑顔を浮かべて、告げた。



 ……………



■合意事項

(「吾亦紅(ワレモコウ)」の帰順と、地位に関する条項)

第1条

 「吾亦紅(ワレモコウ)」は、ハーン傘下の構成員としてリリ・ハン国に帰順するものとする。

第2条

 帰順に際し、「吾亦紅(ワレモコウ)」はハーン傘下の一員として、諸部族と同等の名誉ある地位を保証される。

第3条

吾亦紅(ワレモコウ)」の代表である団長モル・カーは、ハーンから「大当戸」(人間の勢力における「子爵」相当)の爵位が与えられる。

第4条

吾亦紅(ワレモコウ)」構成員は、帰順に際し全員が罪に問われない事が保証されるとともに、リリ・ハン国内で罪を犯していた者に関しても免責される。

(※山賊団の一部には「灰の街」で軽犯罪を犯して逃亡して来た人間もいたが、本条項により免責される)


(ク=マの回廊の引き渡しに関する条項)

第5条

吾亦紅(ワレモコウ)」は、「ク=マの回廊」および付属する街、城塞等をリリ・ハン国に引き渡す。

第6条

 「吾亦紅(ワレモコウ)」の構成員は、「ク=マの回廊」から退去し、リリ・ハン国が提供する代替地に移住するものとする。

第7条

 引き渡しにおいては防御施設の破壊等は行わず、現状を保持した状態で行うものとする。

第8条

 リリ・ハン国から提供される代替移住地は、火の国北部、「灰の街」北方の建設中の新都市の区画とする(※建設中である新首都レンティアの一部地域)

第9条

 帰順に際しての「吾亦紅(ワレモコウ)」側の回廊からの退去、および代替地への移動に際し、リリ・ハン国はその名誉に掛けて安全を保障するものとする。


(代替地への移住等に伴う待遇と経費等に関する条項)

第10条

 退去地への移動経費、および代替地における当面の生活経費に関しては、全てリリ・ハン国側が負担するものとする。

第11条

 今回の退去は、「ク=マの回廊」で予想される戦役に対応するための一時的なものである。リリ・ハン国は、当地が戦場になる情勢が解消された際には、「吾亦紅(ワレモコウ)」の住民のうち、帰還を希望する者の再移住を保証するものとする。

第12条

 上記条項により、回廊に帰還を希望する住民の移動に関する経費に関しても、全てリリ・ハン国側が負担するものとする。

第13条

吾亦紅(ワレモコウ)」住民の生活を保障するため、リリ・ハン国は、代替地における活動中は税を課さず、免税するものとする。

 また、および「ク=マの回廊」に帰還してから15年間に関しても、「吾亦紅(ワレモコウ)」に税を課さず、免税するものとする。



 ……………



 「ク=マの回廊」の入口に布陣している、我が国の軍勢の本陣。


「……………。りり様……。この合意条項は、何ですか?」

 コアクトが震える手で、合意条項が書かれた羊皮紙を見ながら言った。


「……な、何か、おかしなところはあるかな?」

 山賊の本拠地から解放……帰還したわたしが、少し誤魔化す様な口調で言った。

「おかしなところがあるか、じゃありません!!! 全部おかしいです!!!」


「何ですかこの合意内容は! どうしてこんなに山賊団に対して大盤振る舞いになっているのですか! ほぼ全て、相手側の要望を丸呑みではないですか!

 山賊団との交渉って……いったい、何をしに行って来たのですか!?」

「ごめんなさい……」

「申し訳ございません……」

 大声を上げるコアクトを前に、わたしとウス=コタは何も言えずに下を向いてしまった。

 読んでいただいて、ありがとうございました!

・面白そう!

・次回も楽しみ!

・更新、頑張れ!

 と思ってくださった方は、どうか画面下の『☆☆☆☆☆』からポイントを入れていただけると嬉しいです!(ブックマークも大歓迎です!)


 今後も、作品を書き続ける強力な燃料となります!

 なにとぞ、ご協力のほど、よろしくお願いします!

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