第151話 モル・カー団長との交渉
「吾亦紅の街」の中心部にある会見場。
その最奥の椅子に座っている男が、自己紹介した。
「ようこそ、使者の皆様。私は、吾亦紅の団長……モル・カーと申します」
澄んだ声で名乗る、モル・カー団長。
わたしは変装のために被っているフードを少し上げて、彼の姿を眺めた。
この人数を束ねているにもかかわらず、比較的若い。短く刈り込んだ髪、そして鋭い光を湛えた視線が印象的だった。
引き締まった身体を椅子に沈めた彼は、膝の上に大きな鼠の様な生き物を乗せている。ぷいぷいと泣くその生き物を静かに撫でながら、モル・カー団長は続けた。
「この度は、会見に応じていただき感謝いたします」
「こちらこそ、会見いただき感謝いたす」
表向きの代表であるウス=コタが言った。
「わたくしは偉大なるハーンの臣下にして、左谷蠡王、マイクチェク族の王、ウス=コタ。この度の会見が良き結果になる様願っておりますぞ」
ウス=コタが大きな声で名乗る。
ゴブリンとしては巨漢であるウス=コタの名乗り。大きな身体から腹の芯に力を乗せて発せられるその声は、威圧させるだけの「圧」を持って響き渡るが……モル・カー団長は動じた様子は無い。落ち着いた静かな声で、わたしたち一行に会議机の椅子に座る様に呼びかける。
この声に応じて、わたしたち一行は会議机を囲んで椅子に座った。代表であるウス=コタの後方の席で、変装したわたしも椅子に座る。改めてモル・カー団長の顔を見たとき……使節団を見回していた彼と目が合った。
「……………」
モル・カー団長は、わたしを一瞥してふっと小さな笑みを浮かべて……そして続けた。
「ウス=コタ殿。この度の御用向きは、私たち吾亦紅の者たちに、火の国のハーンに降る様に勧めに参られたのでしたな」
「左様でござる!」
ウス=コタが大きく頷いて、発言した。
「貴方がたもご存じだと思いますが、『後ろの国』のタヴェルト侯による東方への出兵が迫っております。彼らは東方にある『火の国』への侵攻を目論んでおり、最初の一歩として、この回廊に軍が進められる事になります。
貴方たちを迫害し、この地に追いやった『後ろの国』の軍勢が、この地に攻めて来るのです。タヴェルト侯の大軍勢がこの地に押し寄せれば……貴方たち吾亦紅は壊滅を免れないでしょう。その前に、我らがハーンにこの地をお引き渡しいただきたい」
ウス=コタは続けた。
「我らが偉大なるハーンは、『火の国』を王国の侵略から守るため、この回廊の確保を望まれています。
ハーンが率いる諸部族の軍勢でこの回廊を固める事ができれば、タヴェルト侯の攻撃を回廊で阻み、『火の国』への侵攻を食い止める事ができます。火の国……そしてハーンの膝下に生きる全ての者たちを侵略から守る事ができるのです。どうかご理解をいただきたい」
「現在の情勢は理解しています」
モル・カー団長は小さく頷いてから……ウス=コタに向かって言った。
「しかし、貴方がたは我らに『ハーンに降れ』と言われますが、ハーンに降ったとして、我らはどうなるのですか」
モル・カーは壁に掛けられた地図を眺め……大鼠を撫でながら続けた。
「私たちは名前こそ『山賊団』と呼ばれていますが、実質は『後ろの国』で生活していた住民たち。タヴェルト侯に迫害され、追われてきた者たちです」
そう言いながら、後方に居並ぶ仲間達を見渡して続けた。
「そんな、故郷を追われ、迫害から逃れて来た私たち……。我らがもし火の国のハーンに降ったとしても、再びハーンにこの地を追われ、迫害されるのであれば意味がありません。そうした未来しか待たぬのであれば、例え過酷だと判っていても、この地に留まって両国に抵抗するしかありません」
(……………!)
ハーンに迫害される、との思いもよらない言葉に、わたしは思わず声を出してしまいそうになり、慌てて堪えた。
ウス=コタはこちらの顔色をちらりと見てから……わたしの思いを代弁する様に答えた。
「我らがハーンは、自らを頼り、飛び込んで来た窮鳥を蔑ろにされる様な方ではございません。また、臣民となった者を出身地や種族で差別される様な方でもございませぬ。皆様はハーンの厚情の元、名誉ある扱いを受けられると確信いたします」
モル・カー団長を正面から見据えながら続ける。
「ハーンは火の国の小部族、ヘルシラント族から身を起こし、全ての者たちを受け入れ、家族の様に遇して参りました。我らマイクチェク族、そしてイプ=スキ族など、かつては対立していた部族も例外ではありません。そして『灰の街』などの人間勢力も、今では我らゴブリンと等しくハーンをお支えしています。貴方たち吾亦紅の者たちもハーンは等しく庇護されるでしょう」
ウス=コタの言葉に、わたしはうんうんと密かに頷く。その一方で、モル・カー団長は信じ切れない、という表情で言葉を返した。
「お言葉ですが、我ら吾亦紅の者たちは、『後ろの国』で裏切られ続け、この地に逃れて来た者たちです。ハーンが信用に足るお方なのか、貴方の言葉だけでは完全に信用する事はできませぬ」
そして、ウス=コタを見上げて続けた。
「我らがハーンに降ったとすれば、この回廊を明け渡し、この地を去る必要があります。ハーンに降った場合、具体的に我らにどの様な待遇を行われるのかお聞きしたい」
吾亦紅の団長、モル・カーは、周辺に居並ぶ仲間達を見回しながら続けた。
「この地に逃れて来た私たちは、協力してこの街を築き……『関所』してだけでなく、『後ろの国』と『火の国』の中継拠点としての機能を持たせ、交易なども行って少しずつですが街を大きくして来ました。
名前は『山賊団』ですが、我らはこの地に生き、生活し、吾亦紅の街を築いて来たのです。
その様な我々に、この地を出て行け、明け渡せと言われる……。我々の拠点と、生活を取り上げた後に、どの様な待遇をなさるつもりなのか。その内容に納得できなけれは、交渉に応じることはできませぬな」
「……………」
モル・カー団長の言葉に、ウス=コタはしばし黙り込んだ。
そして、こちらをちらりと見た後、出発前にわたし(ハーン)から聞かされていた内容を答える。
「我らがハーンは、貴方たち吾亦紅の者たちに『身の安全の保障』と、『退去先の居住地の提供』を提示されています。皆様は、我らに危害を加えられる事無く、我が国に用意された新たな生活地へと、安全に移動する事ができます」
その言葉に、モル・カー団長は顔を上げて反問した。
「『新たな居住地』とは具体的にはどこですか? 住民たちは捕らわれ、奴隷として各地に飛ばされるのではありますまいな」
ウス=コタは首を振って否定した。
「その様な事はありません! ハーンは『身の安全の保障』をお約束すると言われています。『星降る川』流域の地域を新たな生活地として提供し、皆様は揃って新たな地へと移動する事ができます」
「なるほど……それはわかりました。しかし、更に確認しておきたい点はいろいろあります」
モル・カー団長はウス=コタを見据えて言った。
「移動の経費、そして移動先での生活を立ち上げる経費は提供されるのか? それとも我らに自前で出させるつもりなのか?
そして、『移動先での生活』は恒久的なものになるのか? 我らはできれば、貴方のハーンとタヴェルト侯との戦争が終結した暁には、愛着あるこの地に戻りたいと考えています。
更には……我らはハーンの特段なる要望により降り、傘下に加わるわけです。ハーンの国防計画のために要望に応じた我ら吾亦紅に対しては、ハーンの国における名誉ある立場、そして徴税の免除などの『特段な待遇』がなされるべきだと考えます」
モル・カー団長の言葉は、後方に控えているわたしにも響く。
彼らが要望している、わたしたちへの投降後の具体的な処遇については、現時点ではそこまで決めていなかった。
確かに、彼らの立場から言えば、今後の生活などにも関わってくるので重要な事ではあるのだろうけれど……。
「そのあたりの、より具体的な待遇については未定であり、今後摺り合わせて行く事になると思いますな」
ウス=コタが、わたしの思いを代弁する様に答えた。
「まずはハーンに降り、この地を譲られ、安全に新たなる居住地に移動されよ。その先の条件については、移住後に調整していく形で良いのではないか」
そして、ちらりとこちらを見ながら続けた。
「この地を出られる際に、おそらくはハーンの謁見を賜る機会がありましょう。
これまでお話した通り、ハーンは寛容であり、慈愛に溢れるお方。
謁見の際に、そなたたちの要望を奏上すれば、希望が聞き届けられる可能性も充分にある筈。その際にはそれがしも、ハーンにお口添えする事をお約束いたそう」
ウス=コタの言葉に、わたしは後方で密かにうんうんと頷いた。
わたしの代理人としての発言として、ウス=コタの発言内容は満点に近い。
これで「団長」が納得してくれれば、交渉成立で戦闘は回避、この回廊も平和裏に確保できていい事ずくめ……
しかし。
「そのお言葉だけでは納得できませんな」
モル・カー団長が鋭く言った。
「ウス=コタ殿は使節の代表ではあるが、あくまでもハーンの代理人に過ぎませぬ。そして、貴方が語られた言葉も、『おそらくハーンはそう言われるであろう』という希望的な憶測に過ぎませぬ。
……できれば、ハーン自身にお会いして、ハーンご自身の言葉で、確かなお約束が欲しいですな」
「ですからそれは、この地を退去される際に、ハーンに謁見され、その際にご要望されれば……」
ウス=コタの言葉に、モル・カー団長は小さく、にやりと笑いながら言った。
「何を言われる? それまで待つ必要などないでしょうに」
そして、こちらを鋭い視線で見ながら言った。
「ハーンであれば……そちらにいらっしゃるではないですか」
モル・カー団長は、そう言って、まっすぐにわたしの方を見つめた。
「!!」
団長の言葉とともに、控えていた吾亦紅の兵達が、わたしが座る席の後方を取り囲む様に展開する。彼らの手には、剣が握られていた。
「なっ……何を!?」
ウス=コタを初め、我が国の使節の者たちに緊張が走る。しかし、一瞬のうちに、わたしの席の周りを中心に、使節団たちの座る机は、吾亦紅の兵達に取り囲まれてしまったのだった。
「さて。それでは改めまして……。
ハーン。これからの事について……『交渉』しましょうか」
吾亦紅団長モル・カーが、鋭い視線でわたしを見ながら、笑顔で言った。
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