第150話 ワレモコウ団長 モル・カー
「ク=マの回廊」を占拠する山賊団吾亦紅と対峙する、我が国の軍勢。
投降勧告に対して、吾亦紅側は使者の派遣を要請。吾亦紅の「団長」が直接使者と面会し、その結果により投降するかが判断される流れとなった。
山賊団が投降し、回廊を平和裏に接収する事ができるかが決まる会見であり、使者の役割は重要である。
そして、その使者のメンバーとして……
……………
「ハーンご自身が使者として赴かれるとは、どういう事ですか?」
シュウ・ホークが驚きの声を上げた。
「山賊団の本拠地ですよ! そんな危険な場所にハーン自身が赴かれるなど、考えられません!」
コアクトも大声で反対した。
「ほぼ降伏が決まった状態で、山賊団の『団長』側が我が陣に赴き、ハーンに謁見を申し込む……などであればまだわかります。この段階でハーンご自身が敵の本拠地に赴くなど考えられません! 危険です!」
ウス=コタもその横で発言する。
「恐れながら、先方もハーンとの会見までは求めておりませぬ。あくまでも実務的な交渉としての使者派遣を求めております。
それに相手は山賊団であり、我が国とは比較できぬ小さな独立勢力に過ぎませぬ。左谷蠡王たるわたくしが赴く時点で、使者の『格』としては充分過ぎるほど満たしていると考えます。危険を冒して、ハーンご自身が後出座なされる必要はございませぬ」
驚きながら否定する皆の様子を少し愉快に思いながら、わたしは首を振った。
「勿論、ハーンである朕が……わたし自身が『公式に』赴くわけではありませんよ」
「?」
「左谷蠡王を代表として送る使者たちの中に、変装して身分を隠し『お忍び』で紛れ込もうというのです」
わたしは悪戯っぽい笑顔を浮かべて言った。
「……ど、どういうことですか?」
驚きと疑問の声を上げるコアクトたちに、わたしは説明した。
「今回の使者。降伏勧告が成功すれば良いのですが、決裂した場合、戦闘再開となり、わたしたちは数々の城塞を損害覚悟で強襲しなければならなくなります」
「確かにそうですが……」
「その可能性を見越しての、今回の計画なのです」
「?」
まだ疑問の表情を浮かべている皆に、わたしは説明を続ける。
「今回の使者は、回廊の入口から入り、回廊内部を通って中心部の『吾亦紅の街』まで移動する事になります。
……つまり、回廊内部にある全ての城塞の側を通行する事となります」
「確かにそうですな」
「そこで……わたしが変装して、使者の随行員として同行するわけです」
わたしは説明を続けた。
「回廊を通行する一行にわたしが加わり、城塞を通る際に、城壁に『刻印』の能力を付与していきます。つまり……城壁を消滅させる『予約』を掛けていきます」
「!!」
はっとした表情を浮かべる皆を前に、わたしは説明を続けた。
「そして、もし吾亦紅との交渉が不調となり、戦闘再開となった場合は……交渉から戻った直後に能力を発動させます。
そうすれば、『刻印』しておいた道中の城塞は全て消滅して崩壊……軍事的な障害がなくなり、簡単に回廊を制圧する事ができるわけです」
うん、我ながら名案だ。
「し、しかし、身分を隠すとはいえ、ハーン自らが使者に加わるなど危険です! 降伏勧告の使者であるわけですし、無事に戻れるとは限らない、危険な任務ですぞ!」
狼狽したシュウ・ホークに、わたしは答えた。
「先方が要望した交渉団ですし、危害を加えられる恐れは基本的に無いと思います。それに、左谷蠡王も同行するのですから、もし荒事になったとしても対処できるでしょう」
「ウス=コタ殿は自分で身を守れるかもしれませんが、ハーンご自身はか弱い女性ですよ!」
コアクトが大声で反対する。その横で、シュウ・ホークが心配そうな表情で言った。
「実際のところ、彼らが使者に危害を加える可能性はほぼ無いと思いますが、交渉を有利にするために使者を抑留し、事実上の人質にする可能性は充分に考えられます。ハーンの御身の安全を考えると賛成いたしかねまする」
「確かにその通りですか……実は、抑留された場合の作戦も考えてあります」
シュウ・ホークの言葉に、わたしは笑みを浮かべて答え……コアクトの方を見た。
「……コアクト、あなたが付けている眼鏡を使うのですよ」
わたしの言葉に、コアクトは気づいた様で、はっとした表情を見せた。
「……あ! そういうことですか」
そう言って、自分が掛けている眼鏡にそっと手を遣った。
コアクトが目に掛けている眼鏡。それは、紆余曲折あった末に、彼女が身につける事になった特殊な魔道具である。
「この『眼鏡の人の眼鏡』を使おうと言うのですね」
わたしは頷いた。
「『眼鏡の人』の眼鏡」。
ユガ地方から献上された、古王朝時代に作られた魔道具である。
様々な便利な能力を持っているが、そのうちの一つが「眼鏡を掛けている人物を呼び寄せられる」能力だ。
所有者(過去に眼鏡を掛けた事のある人物)が古代語の命令「眼鏡よ、応えよ」を唱える事で、「『眼鏡の人』の眼鏡」を掛けている者を瞬間移動させ、呼び寄せる事ができるのだ。
そして、この「呼び寄せられる」距離は結構長い。この眼鏡の入手後、わたしとコアクトはいろいろと実験を行い、「眼鏡よ、応えよ」で呼び寄せが可能な距離の限界について、数万距離(数km)程度である事を確認していた。つまり、それ以内の距離であれば呼び寄せが可能ということになる。
「呼び寄せ」が可能が距離がこれだけあれば……回廊の中心部にいる者を、回廊の外側から召還する事も充分に可能であった。
「いつの日かりり様とお話していた、この眼鏡が『有事の緊急避難』に使えるという話……。それをこの場で役立てようというわけですね」
コアクトの言葉に、わたしは頷いた。
「そうです。この眼鏡をわたしが着けていきますので、もし抑留され使節団が深夜ぐらいまで戻らない事があれば。……もしくは、危険であると合図した場合、『眼鏡よ、応えよ』でわたしを呼び戻して下さい」
わたしの説明に、周囲の者たちが一斉に頷いた。
「なるほど……それであれば、ハーンの身の安全は確保できますな」
「危険が迫った場合の合図はどうされますか? 『唱石』を使うには距離が長いですし、今からヘルシラントから取り寄せる時間はありませんが……」
「鏑矢で良いでしょう。回廊内の数カ所に兵を配置して、鏑矢が放たれたら伝達する形を取りましょう」
わたしの言葉に、皆が頷く。ウス=コタも安堵した様に言った。
「ハーンの安全が担保されているなら、俺……わたくしも安心できます。もしものことがあれば、ハーンをお逃がしした後で、山賊ども相手にたっぷり暴れてやりますぜ!」
こうして皆が考えを出し合い、作戦が固まって行った。
ハーンであるわたし自身が(変装しているとはいえ)使者として赴くリスクを冒すことに難色を示す者もいたが、回廊内の城塞を事実上無力化できるというメリットの大きさ、そしていざという時にわたしが脱出する手段が確保されているという事で、最終的にこの作戦を採用する事が決まったのだった。
……………
こうして作戦の採用が決まり、早い昼食をとったわたしたち一行は、回廊の中心にある「吾亦紅の街」に向けて出発した。
名目上はウス=コタが使節団の代表で、数名の随行員の中に、フードで頭を隠し、一般の随行員に偽装したわたしも含まれている。
わたしたち一行は、城塞の横を通って回廊の入口に入って行った。
回廊の内側は、両側から高い山が見下ろしており、崖の谷間の様になっている地形。幅がそれほど広くない谷間には、落石であろうか、各所に大きな岩が転がっている。
「『眼鏡の人』の眼鏡」を掛けたわたしは、壮観な風景を長めながら回廊を進んで行く。
回廊の要所要所には、入口にあったものと同様に城塞が設置されており、見張りの兵達が通行するわたしたちを物珍しげに眺めていた。
一般の旅人であれば、彼らに見つからずにこの地を通る事は絶対に不可能だし、軍勢であれば全ての城塞を陥落させない限り回廊を通過することはできない。まさにこの地は山賊が割拠するにうってつけの場所であるし、攻めるに難い要地である事が改めて実感できた。
もし交渉が決裂して、対策なしに力攻めした場合は、相当な被害を覚悟しなければならなかっただろうな……。
わたしはそんな事を考えながら、それぞれの城塞側を通る際に、見物しているふりをしてゆっくりと歩きながら、城壁に『刻印』の能力を付与していく。
これで……もし交渉が決裂して戦闘再開となった場合は、『採掘』を発動させ、道中全ての城塞が一気に崩壊。簡単に回廊が制圧できる事になる予定であった。
……………
いくつもの城塞を通過して、わたしたちはついに回廊の中心部……「吾亦紅の街」に到着した。
そこは、その名の通り、回廊の中心に……両側を高い崖に囲まれた地形に突然現れた、小さな街の様な場所だった。
村というには明らかに規模が大きい。粗末ではあるが、一つの街と言っていいほどの規模の住居などが建ち並んでいた。その中には多くの人々(ほぼ全てが人間)が集まり、生活を営んでいる。その中には女性や子供たちの姿もある。一般の村や町と変わらない姿だった。
外部からの名称は「山賊団」ではあるが、それはもはや「山賊の溜まり場」というレベルではなく、人々が暮らす一つの街。主に「後ろの国」から迫害されて逃げてきた者たちが暮らす……避難先の街と言えるものだった。
思った以上に規模が大きい街。そしてこの地で生活する「後ろの国」から逃れて来た住人たち。
彼らを戦禍に巻き込みたくない。この地を戦場にはしたくない。できれば交渉で降伏させる事ができればいいのだが……。
「吾亦紅の街」に到着したわたしたち一行は、街の中心部に案内され、中央に立っている大きな木造の建物に案内された。
建物の中は大きな会議室の様になっている。
会期机の周囲には何人もの武器を持った兵達が立っており、一斉にわたしたちを見た。
そして……部屋の中心部、最奥に、ひとりの人物が座っていた。
その人物、比較的若い人間の男性は……椅子に座り膝の上に大きな鼠の様な生き物……ケィビィを乗せていた。
「ようこそ、使者の皆様」
ぷいぷいとした鳴き声を上げるケィビィを撫でながら……男は、わたしたちを見上げながら言った。
「私は、吾亦紅の団長……モル・カーと申します」
そう名乗った男の目が……薄暗闇の中、ぎらりと光った。
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