第149話 山賊団「吾亦紅」討伐 ~降伏勧告~
人間たちの侵攻に対抗するために、必ず押さえねばならない「ク=マの回廊」。
現在この地を占拠している山賊団「吾亦紅」を降すために諸部族とともに軍勢を回廊の前まで進めてきたが……。
改めて判明したのは、山賊団の構築した強固な防御態勢。極めて攻めづらい回廊の地形、そしてわたしの「採掘」の能力も活用が難しいという困難な状況だった。
今後、人間たちの侵攻に備えるためには、この地はなるべく早く、必ず確保しなければならない。
しかし……短期間で軍事的に陥落させるためには、多大な犠牲を覚悟で正面から攻撃するしかない。
だが、この回廊を手に入れるために、各部族の者に犠牲を強いるのか。
マイクチェク族初め、各部族たちは損害を……犠牲を厭わない前向きな姿勢を示してくれている。しかし、わたしは全面攻撃を命じるのには何だか抵抗感があった。
わたしの心情的な問題だけではない。我が国としての、政治的な、そして軍事的な立場からの問題でもあった。
人間たちの侵攻を間近に控えたこの状況で、「多大な損害」を出す事が許容されるのか。そしてこの戦いの直後に人間諸侯の侵攻があった場合、「多大な損害」を出した状況で対抗できるのか。それが問題だった。
「……………」
しばらく考えた後、結局わたしは折衷案的な対応を取ることにした。
「まずはわが国の軍勢で、回廊入口の砦を包囲しましょう。軍事的圧力を掛けて、降伏を呼びかけるのです」
わたしの言葉に、コアクトは頷きながら言った。
「確かに、降伏勧告や会見に応じる可能性はありますね。しかし無視された場合はどうなさいますか」
「その場合は……仕方ありません、強襲して陥落させましょう。回廊入口の砦については伏兵を充分に排除できれば、わたしの能力で城壁を崩す事もできます」
「そうですな」
シュウ・ホークが頷いた。
「ハーンのお力で城壁を崩壊させる形で陥落させれば、山賊どもも恐れおののき、降伏してくるやもしれませんな」
「しかし、それでも降伏しなかった場合は……」
「損害覚悟で、回廊内部の砦を一つ一つ潰しながら、軍勢を進めていくしかありませんね……」
シュウ・ホークの問いに、わたしは頭を抱えながら答えた。
結局のところ、段階を踏みつつも損害の出る正攻法を選択肢に入れるしかないのが、本当に悩ましい。
できれば、それよりも前に、山賊団「吾亦紅」が降伏してくれればいいのだが……
……………
翌日の早朝。
我が国は軍勢を進め、回廊入口の城塞を取り囲む形で陣形を構築した。
城塞からの弓矢の射程距離ギリギリあたりに距離を取って包囲する。弓矢を警戒して、各部族の最前列のゴブリン兵は、木盾を構えながらの前進であった。
城塞を取り囲む各部族のゴブリン兵たち。正面を担当したのは、強襲を進言していたウス=コタ率いるマイクチェク族の軍勢であった。
中央に左谷蠡王ウス=コタ自身の軍勢、そして左右両翼に部将であるラナイカ、カマホルの2将が率いる軍を配したマイクチェク族の軍勢は、城塞の射程距離内である事にも構わず、じりじりと前進していく。
ある程度距離が詰まったところで。
前方の城塞から、警告する様に鏑矢が放たれた。
鏑矢の甲高い音が、青空の下、城塞を包囲する軍勢に響き渡る。
「ゴブリンの軍勢よ! 止まれ!」
城壁の上から……この城塞を任されている守将であろうか、弓を構えた人間が叫んだ。
「それ以上近づけば、攻撃する!」
その言葉とともに、城壁の上に弓を構えた人間たちが一斉に現れる。
しかし、マイクチェク兵たちはその警告に臆さず、前面の大柄なゴブリン兵たちが一斉に盾を構える。
そして後列の兵達が梯子や攻城槌などを構える。更に後列の兵達は槍や剣などを握りしめていた。
ウス=コタが手を上げて合図をすると、前進を続けていたマイクチェク兵達が一斉にぴたりと足を止めた。そのままその場で、少し腰を落とした姿勢で前方の城塞を見据える。ウス=コタの命が出されれば、その瞬間一斉に駆け出して城壁に取り付き、いかなる損害が出ようとも攻撃を開始する態勢であった。
一方の「吾亦紅」側も、城塞の上で一斉に弓を引き絞り、いつでも射撃を開始できる態勢である。
緊張したぴりぴりした空気が周囲を包む中、ウス=コタが一人、城壁の前まで進み出た。そして大声で呼びかける。
「我こそは、偉大なるゴブリンのハーン、トゥリ・ハイラ・ハーンの臣にしてマイクチェク族の王、左谷蠡王ウス=コタである!」
大きな声が回廊の入口に響き渡る。ウス=コタは続けて言った。
「我らが偉大なるハーンは、『火の国』を王国の侵略から守るため、この回廊の確保を必要としておられる! 吾亦紅の者たちよ。速やかにハーンに降り、この地を明け渡すべし! さすればそなた達も偉大なるハーンの膝下に入り、我らハーンの軍に守られる安寧を得られるであろう!」
それに対して、吾亦紅の幹部の一人であろうか、この城塞の守将であると思われる人間が、城壁から身を乗り出して答えた。
「この地は……この回廊は我ら吾亦紅が治め、生きる地だ! 団長を中心として、タヴェルト侯の迫害からこの地に逃れた者たちが集まり、この新たな地で生きているのだ!
誰の命令も受けぬし、我ら自身で守ってみせる! 相手が誰であれ、この地を侵す者には屈せぬ! 最後まで戦うまでだ!」
その言葉とともに、城内の人間たちが歓声を上げ、城壁の兵達が改めて弓を構えた。
ウス=コタは弓の射程距離内である事にも臆さず、砦の入口まで進み出て呼びかけた。
「そなたたちの多くが、『後ろの国』、タヴェルト侯の弾圧から逃れて来た事は知っている! ならばなおさら、我らがハーンに従うべきではないのか?」
城壁を見上げて大声で呼びかける。
「そなたたちも、タヴェルト侯がこの地に東征軍を差し向けようとしている事は承知している筈だ。わかるか? この地、ク=マの回廊にタヴェルト侯が攻めてくるのだ!」
ウス=コタの大きな声が大空に、そして城塞に響き渡る。
「タヴェルト侯の大軍がこの地に押し寄せれば、たとえこの地の城塞が堅固とはいえど、守り切る事はできぬであろう。最終的には陥落は免れぬ筈だ! そなた達を祖国から追いやったタヴェルト侯に再び蹂躙される事が、そなたたちの望みではあるまい!」
ウス=コタの言葉に、動揺なのか城塞の中からざわめき声が響いてきた。
「その前に我らがハーンを頼り、この地を引き渡し、ハーンの御軍の力でタヴェルト侯の侵攻を防ぐのが最も正しい選択だ!
勿論、そなた達の安全は保障する! 我らがハーンは領土に住むゴブリンだけでなく、人間も守護されておられる! 『火の国』では我らがハーンの威光の下、ゴブリンも人間も等しく安寧を享受している! そなたたち吾亦紅の者もハーンの膝下に加わるのだ!」
ウス=コタは城塞の城門の手前まで来て、城壁を見上げて叫んだ。
「皆を守護したいと願うハーンの御心に従わず、このまま『火の国』を脅かす逆賊として、我が軍と戦うのか? 例え守りを固め、時間を稼いでも、待っているのはタヴェルト侯の侵攻に挟み撃ちされる未来だけだ!
この地に両軍が押し寄せ、凄惨な戦いが繰り広げられ、挟撃されたお前達は全滅するだろう! それが望みではあるまい!」
そう言って、城壁に向けて蛇矛を突き上げる。
「その前に正しい選択をするのだ! 吾亦紅よ! 我らがハーンに従うのだ!」
ウス=コタの呼びかけに、城塞は静まり帰って声も出ない。
……………
しばらくして、城壁の上から守将と思われる者が、周囲に響き渡る声で返答した。
「そなたの呼びかけ、とくと承った! 回廊中心部にいる我らが『団長』に伝え、判断を仰ぐこととする!
『団長』からの返答があるまで、攻撃は行わず、待っていただきたい!」
「……承知した!」
ウス=コタが頷き答え、後方に控えるマイクチェク族の軍勢に合図を出す。
マイクチェク族の軍勢は、一時的に戦闘態勢を解き、弓矢の射程外まで軍勢を下げた。そして、指示を仰ぐ使者であると考えられる、城塞から回廊中心部に向けて出発した騎馬兵について、妨害せずに通過させた。
ウス=コタと数名の共の者は、そのまま城門の前に待機して、返答を持った使者が戻ってくるまで待ち続けた。
「団長」の指示を携えた使者が戻ってきたのは一刻(2時間)ほど後の事であった。
使者により伝えられた「団長」の意向により、事態は新たな局面を迎えることとなる。
……………
ハーンの幕舎。
「左谷蠡王よ、山賊団吾亦紅との交渉、大儀でした」
報告に赴いたウス=コタに、わたしは言った。
「投降勧告に対し、吾亦紅の『団長』から回答があったとのこと。いかがでしたか?」
わたしの言葉に、ウス=コタは一礼してから答えた。
「ハーンに申し上げます。吾亦紅の『団長』は、直接我らの使者と面会した上で、投降の是非も含めて今後の方針について話し合いたいと申し出ております」
「直接使節と面会?」
「はい、我らから代表の使者を回廊中心部にある『吾亦紅の街』に送って貰いたいとの事です。その地で『団長』が使者に面会して会談を行い、今後の方針について決定し、回答したいとの意向でございます」
「そうですか……」
わたしは頷いた。ウス=コタが改めて続けた。
「先方は代表として俺……わたくしを含める様に要望しております。わたくし、臣ウス=コタが代表として『団長』との会見に赴き、投降交渉を纏めて参ります。どうかご許可を!」
両隣から、コアクトとシュウ・ホークが進言する。
「まずは先方の要望通り、使者を送って投降勧告を行う形で宜しいかと」
「左様ですな。おそらく先方の『団長』は、投降した場合の条件について確認したいのだと思われます。条件が折り合えばこの地を明け渡し、無血占領も可能ですし、折り合わなければ……戦闘による制圧やむなしというところですな」
「条件と言っても……彼ら『吾亦紅』の者たちの生命・安全の保証と、その後の我が国における待遇などの面になると思われます」
「順当に行けば、『灰の街』『カイモンの街』などへの移住許可あたりですかね。もしくはどこか適当な土地を充てがい移住させるかになると思われます」
話し合っている二人。
「……………」
わたしは、そんな様子をみつめながら……考えを巡らせた。
そして、ふとひとつの考えが浮かび……皆にその考えを披露する様に告げた。
「先方の要望通り、使者を派遣しましょう。ただし……」
「その使者には、わたしも……朕も、加わります」
「「えっ!?」」
わたしの言葉に、周囲の者たちは驚いて顔を見合わせた。
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