第140話 カチホ族との会見
ティエングリ一族の行方不明事件の、しばらく後。
トゥリ・ハイラ・ハーンの4年(王国歴596年)の年明け。
リリ・ハン国最北の国境地帯、「日登りの国」の北部において、一つの会談が行われていた。
「日登りの国」中部ユガ地方を統治するリリ・ハン国の国司コランと、「日登りの国」北部を勢力とするゴブリン部族、カチホ族との会談である。
人間勢力の東征計画という危機に対処するため、ハーンの命によりユガ国司から申し入れられた会見の要請に、カチホ族側が応じた事で行われたものだ。
会見は、両勢力の境界となる、「日登りの国」北部付近の草原地に会見場を設けて行われていた。
……………
「本日は会見に応じていただき、感謝するでおじゃる」
天幕が張られた会見の場。
カチホ族族長たちを前に、ユガ国司コランが一礼した。
「こちらこそ、本日はよろしくお願いいたします」
それに応じて、カチホ族族長、オタックが深々と一礼した。
族長オタックは、中年のゴブリン。やや小太りの体つきであるが、簡素ながら清潔さを感じさせる服装に身を包み、物腰も丁寧であった。
「それにしても……コラン殿の同行の皆様が全員妊婦とは……驚きました」
オタックが笑顔で言う。国司コランも笑顔で答える。
「恐縮でごじゃる。最も信頼する麻呂の妃たち、4人でごじゃりまする」
そう言って、後ろに立つ彼の妻である4人の娘……クリーク、トルテア、サシオ、ハッチャの4人を紹介する。
大分お腹が大きくなった4人であるが、コランの周りでてきぱきと働いていた。
「麻呂の政務のためには、この4人の力が欠かせない故、妊婦ではありますが手伝って貰っております。そして、大切な4人の妃をこの場に連れて来ている事……それがあなたたちカチホ族の皆様に対する、我らの信用と信頼の証だと思っていただきたいでおじゃる」
「ご信頼に感謝いたします」
オタックが一礼した。
「我らカチホ族も、この会見、皆様に対して敵意などございません。その証として、我が妻を同行しております」
「オタックの妻、サークルと申します。ユガ国司様、本日はよろしくお願いいたします」
オタックに紹介され、後ろに立っている彼の妻、サークル姫が一礼する。
年齢はオタックと同じくらいだろうか。垢抜けないおとなしい素朴な出で立ちながら綺麗だと感じさせる女性だった。
夫であるオタックと仲が良さそうな雰囲気であり、この場に同行しているということは、確かにカチホ族側に敵意がない事の証拠と言えそうである。
実際にカチホ族側に帯同している兵も少ない。少なくとも平和的な態度でこの交渉に臨んでくれている……コランは安堵しながらオタックに話しかけた。
「既にお知らせした通り、大陸西部の人間たちによる、大陸東部のゴブリンたちへの侵攻が計画されているでおじゃる」
コランが、机の上に置かれた大陸地図を指し示しながら言った。
「昨年の末から、大陸西部では軍勢の編成を行っていると思われる動きがある、との報告が入っており、近いうちに本格的な侵攻が始まってもおかしくありませぬ」
そして、大陸の東北、「豊かなる国」を指し示しながら続ける。
「大陸の北部においては、人間諸侯『ノムト侯』が、東方に……『豊かなる国』に侵攻する計画になっているでおじゃる。『豊かなる国』の諸部族が撃破された場合、彼らはそのまま南下して、皆様のカチホ族の領地に、その先は我が国、ユガ地方に侵攻する事になるでおじゃりましょう」
「……………」
コランの説明を、オタックは黙って聞いていた。
「『ノムト侯』の侵攻を防ぐためには、我らゴブリンの皆が力を合わせねばなりませぬ。諸部族が乱立している『豊かなる国』を取りまとめる事ができれば理想的でおじゃるが、かの地はオークが発生する程乱れており、直ちには難しい……」
「……………」
「ならばまずはその前に、我が国と、皆様カチホ族が力を合わせる必要がありまする。まずは我らが力を合わせ、そしてその輪に『豊かなる国』の諸侯を少しでも招き入れる事ができれば、侵攻に対抗できる大きな力となる筈。
そのためにハーンは、この麻呂に、皆様カチホ族との交渉を命じられたのでおじゃる」
「……………」
オタックは何も言わず、黙ってコランの説明を聞いている。コランは続けて「オタック殿」と話しかけた。
「オタック殿。貴方たちカチホ族に、我が国と友好協定を……できれば同盟を結んで貰いたいでおじゃる。
それだけではない。もし可能であれば、貴方たちカチホ族に、我が国に加わって貰いたいとハーンは考えておられるのじゃ」
コランはそう言って、ヘルシラントから届けられたハーンの親書を取り出し、オタックに手渡した。
紫の袱紗から取り出された親書を受け取り、オタックが読み始める。
「その親書に書かれている通り、我らがトゥリ・ハイラ・ハーンは、かつてご即位の際に皆様カチホ族が祝いの使節を派遣された事を、大変感謝されておりまする」
親書を読んでいるオタックを前に続ける。
「それ故に、この機会に皆様カチホ族に我らが国に加わっていただき、共に手を携えて人間達の侵攻からゴブリンを、大陸東方の住民を護りたいと思し召しでおじゃる。
そしてそれだけではなく、全てのゴブリンを繁栄に導くという、ハーンの崇高なる理想を共にしたいとお考えでおじゃる」
「……………」
「その親書にもありますが、我が国に入朝されれば、ハーンはオタック殿に諸侯王の位をお授けになるとのお考えでおじゃる。
偉大なるトゥリ・ハイラ・ハーンの膝下に集い、ハーンが統帥される大陸南部三カ国の強大な軍勢に守護される保障と安寧を得ることもできる。そしてその傘下で、カチホ族は王位を持つ諸侯として名誉ある立場を占める事ができる。
この様にハーンはカチホ族の皆様を重視しておられるし、我が国に加わるとともに、『豊かなる国』諸部族の帰順に力を発揮されれば、更にハーンの覚えは良くなるでおじゃろう」
「……………」
「いかがでおじゃろうか、オタック殿。貴方たちカチホ族に……我が国に帰順していただくわけには、いきませぬか?」
コランが語りかける。
オタック殿は何も言わず、ハーンの親書に目を通していた。
そして暫くして……横に立つ婦人、サークル姫と目を合わせて、ふたりで小さくため息をついてから言った。
「コラン殿」
コランに呼びかけ、そして目を見据えながら言う。
それは……コランたちにとっては、思いもかけない返答であった。
「申し訳ありませんが……我らカチホ族は、貴方たちの国に加わる事はできませぬ」
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