第139話 粛清
その日の夜。
左谷蠡王ウス=コタは、とある場所を密かに訪れていた。
「ウス=コタ、参りました」
ヘルシラント洞窟の最奥にあるとある部屋。扉を開けて一礼してから、大きな身体を屈める様にして入室する。
「左谷蠡王殿。よく来てくれました」
豪華だが上品で落ち着いた雰囲気の部屋。その奥で、呼び出した者……大尚書コアクトが静かに言った。
「大尚書様のお呼びとあらば、最優先で駆けつけますとも」
ウス=コタも応じる。
生粋の武人であり、己の武に強い誇りを持っているウス=コタ。
彼はその気性故に、強い者、自分に匹敵できる武人のみに敬意を払い、弱い者、惰弱な者、そして文官に対しては見下すような態度を取る性格であった。
しかし、そんな文官に敬意を払わないウス=コタであるが……コアクトに対してだけは例外であった。
かつて聖騎士サイモンと戦った際、一騎打ちに敗れた彼の命をコアクトが助ける形になったこと。そしてその際に見せた、全てを賭け、命を削ってでもリリを護るという、覚悟に満ちた姿勢。
その時の経緯から、ウス=コタはコアクトに対してだけは、感謝の気持ちを。そして強い敬意を抱き、それが彼女に対する言動にも現れているのであった。
「大尚書様。お呼びのご用件は、なんでしょうか?」
薄々察しながら、ウス=コタは尋ねる。
コアクトは、後ろを向いて……壁に掛かっているハーンの肖像画を見ながら言った。
「左谷蠡王どの」
「はい」
「我が国に……臣民に仰がれる者、君臨する者、臣民の心の拠り所となる者、皆の太陽となる者は……
『神』は、二人も要らぬのです。わかりますね?」
「勿論でございます」
ウス=コタは力強く頷いた。
「そして……ハーンの、りり様のお心を痛め、お気持ちを傷つける様な者も、存在してはなりません」
「言うまでも無い事でございます」
ウス=コタは、もう一度、しっかりと頷いた。
「……あなたが」
部屋の奥の暗闇から、コアクトが低い声で告げる。
「何をすべきか……わかっていますね?」
「……無論!」
ウス=コタは目を光らせ、獰猛な笑みを浮かべながら、大きく頷いた。
……………
首都ヘルシラントを後にして、「天の神巫」ココチュと「神巫の一族」ティエングリ一族の一行は、彼らの本拠地に向けて帰路に就いていた。
徒歩で進む一族の者たちを横目に、先頭の豪華な馬車にはココチュと娘のリョフィ、孫のロゥアィの一家が乗っている。そして続く馬車たちの荷台には、「隅の国」から巻き上げた金品が満載されていた。
「ひゃひゃひゃひゃ。もう一押しと言ったところじゃったな」
馬車の中で、ココチュが濁った笑い声を上げていた。
「次回こそは、ハーンの側仕えにお前をねじ込めそうじゃのぅ」
孫のロゥアィを見ながら満足そうに頷く。
「でもお母様、側近の皆様を怒鳴りつけたりして大丈夫だったのですか? ハーンも気分を悪くされていた様でしたし……」
娘のリョフィが少し心配そうな表情で尋ねる。ココチュは笑いながら答えた。
「お前もまだまだ甘いのぅ。問題などないわい。今のうちにハーンに自覚させ、右賢王や大尚書との間に、心の楔を打ち込んでおく必要があったのじゃ。このまま放っておけば、右賢王とくっつきかねないからのう。改めて過去を、そして現実を突きつけて心の距離を押し広げ……そして、その間に我らが、そしてお前が入り込むというわけじゃ」
そう言って、ロゥアィを指し示す。
「今回はひとまず引き下がったが……。この財貨を使って我らが功績を挙げれば、ハーンも我らの声を無視する事はできなくなる。次回こそはお前をハーンの側仕えとして召し抱えさせてやるぞ」
「でもお婆さまぁ、側に上がったからと言って、あくまでも候補の一人扱い。そこからハーンの『お相手』に選ばれるとは限らないんじゃないですかい?」
ロゥアィが軽薄な口調で尋ねる。
「何を言っておるのじゃ」
ココチュが孫に目を遣り……そしてにやりと笑いながら言った。
「側仕えになってしまえばこちらのものではないか。適当に二人きりになれる機会を見計らって……押し倒してしまえば良い」
「……!」
ココチュがにやにやと笑いながら続けた。
「あの手の、本ばかり読んでいる様な小娘は、無理矢理でも一度嵌めてしまえば大人しくなるものじゃ。そうなればその後は思い通りよ。
何も知らない小娘の身体に、お前の『車輪回し』の味をしっかりと教え込んでしまえば……もうお前から逃れる事はできなくなるだろうよ」
「……そいつはいい! あのかわいい声で、どんな泣き声を上げてくれるのか、そしてどんな表情や反応を見せてくれるのか楽しみですな」
ロゥアィはにやにやと笑う。だが、ふと心配になって尋ねた。
「でもお婆さま、ハーンは『消滅の能力』を持ってますよね? 素直に挿れさせてくれないんじゃないですか? 襲った瞬間に消滅させられてしまうんじゃあ……?」
「大丈夫じゃ。そんな心配は無いから、安心して押し倒せばよい」
ココチュはにやりと笑って言った。
「あの小娘には、お前を『消す』事などできぬよ。そんな力などないのだからな」
「……そうなのですか?」
「『神』の声を聞くことが出来る、儂を信じるが良い」
リョフィの問いに、ココチュは笑って頷いた。
「ロゥアィよ。あの小娘を籠絡してしまえば、あとはこちらのものじゃ。
お前自身はこの国の左賢王になれるじゃろうし、お前を通じてハーンを操れば、この国は我らティエングリ一族の思うがままという事になる」
「この国を我ら一族が操る事ができれば、我が世の春ですね。それに、この子がハーンに産ませた子供が後を継げば、この国の王統は、ティエングリ家に移ることにもなる……いい事ずくめですわ」
「リリちゃんを後ろ盾に権力を得たら、あの胸の大きな大尚書様とか、側仕えのメイドさんとか、他の女の子にも手を出そうかな~。それだけでなく国中の女達を好き放題……いやぁ、夢が広がるなぁ」
「……………」
リョフィとロゥアィが盛り上がっているのを前に、ココチュは目を瞑って、静かに考えを巡らせた。
……………
そうだ。計画通り進めば、ティエングリ一族が。「神」の声を直接聞く事ができる「神巫の一族」がこの国の主導権を握ることができる。
自分たちがこの国を……「正しく」導く事ができるのだ。
「神」に伝えられた「滅びの預言」。
この地に訪れる大きな危機に対処せねばならない。
些末な力しか与えられていない、若輩の小娘などに任せておくわけにはいかない。
ハーンの取り巻きどももその多くが若輩。その中心にいるアクダムの姪もまだ若く、国を導くための非情な判断や、時として必要な「悪党」となるだけの器が感じられない。そして諸部族の者なども寄せ集めに過ぎない。
長く生きて世を渡り、老練な経験を積んだ自分が。そして「神」に最も近い存在である自分と一族が正しく国を導く事でしか対処できないのだ。
今回の行動は、この地を救う「正しい」道に進むための第一歩だ。
「隅の国」の愚民たちから回収したこの財貨。これを有効活用して当面の危機に対処する。
自分たちティエングリ一族の、大陸中に張り巡らされた宗教ネットワークを持ってすれば、この財貨を使い「あの者たち」を再び呼び寄せる事ができる。
当面の危機である人間たちの東征に対処できる、大きな力となるのだ。
それは、東征の危機を我らティエングリ一族の活躍で救う、ということを意味する。
我が一族の発言力は大いに高まるであろうし、この功績を背景に改めて迫れば、今度こそハーンは申し入れを断る事ができず、我が孫ロゥアィを迎え入れる事になるだろう。
そうして国を押さえる事でようやく、自分とティエングリ一族が国を主導し、「滅びの預言」からこの地を護るための「正しい」道に進み出す事ができるのだ。
「正しい道」を歩む事で踏みつけられる者たちは路傍の草に過ぎないし、その結果ティエングリ一族がこの国を得ることになるのも、「神」に与えられた当然の報酬に過ぎない。
「滅びの預言」からこの地を護る。
それは、大きな、正しい、崇高な目的。「神」に選ばれた自分と一族たちにしか歩む事が出来ない道筋なのだ。
(この儂が、導いてやらねばのぅ……)
ココチュは目を瞑って、小さく呟いた。
……………
その時だった。
突然がくん! と大きな音を立てて、馬車が止まる。突然止まったので、ココチュたち三人の身体が衝撃で大きく揺られた。
「何事です?」
リョフィが馬車の外に呼びかけた。
「そ、それが……我ら一行の前を、何者かが塞いでおります!」
馬車の外から、一族の者が報告する。
この夜道、自分たち一行の前方を、いずこかの部族の軍勢が塞いでいるというのである。
「どこかの部族が検問でも行っているのでしょうか……」
「夜の移動だからですかね。我々が『神巫の一族』、ティエングリの者たちだと知らないんじゃないですか」
ロゥアィがココチュの前に立って言った。
「お任せ下さいお婆さま。この俺が、道を塞ぐ無礼な者たちに、びしっと言ってやりますぜ」
「……………」
……………
ココチュたちが馬車の外に出てみると、確かに馬車の前方を、どこかの部族の者たちが塞いでいた。
松明を持った多数の大柄な身体のゴブリン兵たちが武装し、ティエングリ一族一行の前方を完全に遮断している。
その先頭に立っている男の前に進み出て、ロゥアィは手を振り回しながら言った。
「無礼者!」
そして、居丈高な口調で続ける。
「身の程をわきまえよ! どこの部族かは知らんが、我ら一行の前を塞いでいいと思っているのか!?
我らを知らぬのか!? 我らを誰だと思っている! 神の代理人、『天の神巫』ココチュ様と、『神巫の一族』ティエングリ一族の一行で……ぐえっ!」
話し続けるロゥアィに、男が無言で蛇矛を突き立てる。
胸板を蛇矛で貫かれたロゥアィが、呻き声と共に血を吹き出した。
大柄な男が、ぶん、と蛇矛を振る。
蛇矛が突き刺さり、一瞬で絶命したロゥアィの身体が振り飛ばされて宙を舞う。飛ばされた血塗れの身体をぶつけられて、リョフィが「ひいっ」と悲鳴を上げた。
「勿論、お前達だってわかってるぜ。
……なぁ、ココチュさんよ」
大柄な男が、ココチュの前に進み出て言った。
「……………。……あの女の差し金か?」
しわがれた声で、ココチュが問う。
その問いを無視して、男はココチュを睨み付けた。
「『神』の言葉を騙り、国と民を惑わし、苦しめた者。ハーンの御心を傷つけた者たちよ」
男は、ココチュの胸元に蛇矛を突きつけながら言った。
「貴様らの様な悪しきものども。悪には悪の、それに相応しい報いというものがある」
「貴様と一門の者どもの肉を剥ぎ、削ぎ刻み、これまでの悪行の報いをじっくりと味合わせてくれる!」
男の言葉とともに、後方に控えていた兵達が一斉に抜刀し、ティエングリ一族の者たちに向けて歩き始める。
「ひいいっ!」
悲鳴を上げるリョフィと一族の者たちを横目に……ココチュは目の前に立つ男を。そしてその後ろに浮かんだ女の顔を思い浮かべながら、静かに瞑目した。
(……このココチュも、老いていた様じゃのぅ)
(あの女の「魂の色」を。「悪党の器」の大きさを……見誤っておったとはな)
……………
こうして、「天の神巫」ココチュと「神巫の一族」ティエングリ一族は、歴史の隙間へと姿を消した。
リリ・ハン国の歴史には、ティエングリ一族の一行は「突然姿を消し、行方不明となった」とだけ記されている。
彼女たちの行方について尋ねたハーンに対して、大尚書コアクトは「『他国』に布教の旅に出たのではないか」との所感を述べたと伝わっている。
大陸南部のゴブリンを中心に宗教的な勢力を持っていたティエングリ一族は、この時にそのほとんどが姿を消した。
ティエングリ一族はこの時同行していなかった一部傍系の者が生き残り、後にリリ・ハン国で召し抱えられるが、ハーンの威光の下に宗教行事を執り行う、官僚としての立場に甘んじることとなった。
宗教的権威はトゥリ・ハイラ・ハーンの威光の下に組み入れられ、ティエングリ一族がハーンから独立した宗教的な権力を持つことは無くなったのである。
……………
こうして、歴史の表舞台から姿を消したココチュとティエングリ一族。
だが……
彼女たちが行った行動の影響。
そして、彼女たちが残した「滅びの予言」。
これらは、これから先の歴史に、引き続き痕跡を残すこととなるのだった。
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