第134話 対応検討会議2
タヴェルト侯の侵攻に備えるための、対策会議は続いていた。
「火の国」への侵攻を阻止するために、国境地帯の要衝「ク=マの回廊」を確保するべきである。だが、「ク=マの回廊」は現在、山賊団「吾亦紅」という勢力が現地を要塞化して居座っているのだった。
回廊を押さえてタヴェルト侯に備える、という命題を考えれば、軍勢を出して山賊団「吾亦紅」を排除する……「ク=マの回廊」を陥落させて制圧するという軍事的な対応は、勿論選択肢に入ってくる。
しかし、要塞化された回廊を攻撃し、制圧するのは、かなり困難が伴う事だ。
リリ・ハン国各部族の主力部隊を投入して攻撃すれば、おそらくは制圧は可能だろう。しかし、要塞化された回廊を制圧するためには、大きな損害を出す事を覚悟せねばならない。
こうした損害を出すのは、勿論平時においても避けたい事である。
特に現在は、タヴェルト侯の侵攻が警戒されている状況だ。タヴェルト侯の侵攻軍と戦う前に「ク=マの回廊」攻撃で損害を受けて戦力を消耗する事は、絶対に避けるべきであった。
こうした状況は、相手側……タヴェルト侯側についても同じ事が言える。
「ク=マの回廊」は手に入れたい要地ではあるが、制圧するためにはある程度大きな損害を覚悟せねばならないのだ。
それゆえに、両国間に緊張が高まる以前においては、この地はこれまで放置されていたと言える。
だが、この地を起点とした戦争が起きそうな情勢においては、話は変わってくる。
タヴェルト侯の侵攻に対して優位を保つためにも、この「ク=マの回廊」は確保したい。
しかし、それには「確保のために大きな被害を出したくない」という条件が付くのだった。
「この地の確保は必要ですが、制圧のために、大きな損害を出すことは避けたいです……」
わたしは、回廊の地図を眺めながら言った。
そして……ため息をつきながら続ける。
「……その一方で、この地を先にタヴェルト侯に押さえられる事は避けたいですね……」
わたしの言葉に、コアクトや廷臣たちは、悩ましげな表情で頷いた。
損害が出る軍事侵攻は避け、「ク=マの回廊」を「放置」するのも選択肢の一つではある。
その場合、タヴェルト侯が東征するためにはこの地の通過が必要なので、タヴェルト侯の軍勢の方が「ク=マの回廊」に居座る山賊団「吾亦紅」を攻撃する事になるだろう。そうなれば、要塞化された回廊への攻撃で、これから戦うであろうタヴェルト侯の軍勢が勝手に損耗してくれる……とも言える。
しかしそうなれば、被害を出しつつも最終的には制圧され、戦略上の要地である「ク=マの回廊」をタヴェルト侯側に押さえられる事になる。
回廊の出口、すぐ東は「火の国」だ。マイクチェク族の領地となるし、「灰の街」も間近である。少し足を伸ばせば我が国の領土を好きなだけ蹂躙できる事になるし、南下すれば本拠地ヘルシラントも遠くない。
更には、本国「火の国」と東方の「日登りの国」「隅の国」の中継地帯が押さえられる事になり、我が国は中央で東西に分断される事になる。
つまり侵入を許した時点で我が国は「詰み」なので、侵攻を防ぐためには回廊の出口に常に軍勢を張り付けるしかない。
そして、回廊を押さえたタヴェルト侯は、好きなタイミングで我が国に侵攻できる事になる。そして軍事上の要衝である「ク=マの回廊」を押さえられているので、撃退も困難な状況に陥る。
軍事上でも不利であるし、常に喉元に刃物を突きつけられた状態となる。おそらくは我が国全体が深刻な不安に包まれるだろう。
逆に、わたしたちがこの回廊を押さえてしまえば、陥落しない限りは「火の国」は安全が確保される。
そして、回廊自体が強固な防衛線、防御拠点として機能するし、(今のところその考えはないけれど)「後ろの国」にいつでも侵攻できる、という主導権を持つことができるのだ。
やはり、どの様な手段であれ、この回廊は我が国が先に手に入れる必要があるのだった。
「とりあえず侵攻への備えも兼ねて、兵力を出して『ク=マの回廊』に貼り付け、圧力を掛けるのはいかがでしょうか」
コアクトが言った。
「その上で、山賊団『吾亦紅』と交渉して、我が国への帰順を働きかけるべきかと。交渉が不調であれば武力制圧もやむなしと考えます」
「そうですね……」
わたしは頷いた。
確かに交渉によって、この地に割拠する「吾亦紅」に我が国への帰順や降伏を促すのが良さそうだ。戦わずに彼らが我が国に降ってくれれば、被害を出さずに回廊を手に入れる事ができる。果たして交渉に応じてくれる相手なのかはわからないが……。
また、いつタヴェルト侯が侵攻してくるか読めない以上、回廊付近に兵力を配置しておく必要があるのも確かだ。
「わかりました」
わたしは頷いて、居並ぶ者たちに告げた。
「増強した兵力は、侵入に備え、また山賊団に圧力を掛けるために『ク=マの回廊』付近に配置する方向で行きましょう。
並行して、『吾亦紅』への帰順交渉も準備して下さい。
必要であれば、わたし……朕から帰順を促す親書も書きます」
「承知いたしました!」
廷臣たちは、一斉に拝礼する。
こうして、まずは西方のタヴェルト侯への備え、そして「ク=マの回廊」の確保に向けた方針が固まったのだった。
……………
「続きまして、北方の対策について検討したいと思います」
コアクトが地図を見ながら言った。
「灰の街」からの情報によれば、王家による東方遠征・ゴブリン征討軍は、南北同時に行われる計画だ。
南のタヴェルト侯の侵攻だけでなく、北方からは「ノムト侯」という諸侯が東方に遠征する予定になっている。
「ノムト侯」の戦力は判らないが、彼らの東方遠征で大陸北方……「豊かなる国」が制圧された場合、彼らの軍勢は続いて南下してくるだろう。「豊かなる国」の南は、我が国の領土である「日登りの国」になる。つまり、この方面からもゴブリン征討軍の侵攻を受ける恐れがあるのだ。
状況次第では、タヴェルト侯の軍勢と同時に攻め込まれ、西と北から挟み撃ちにされる恐れがある。北方から「日登りの国」を制圧されれば、彼らは本国「火の国」に雪崩れ込んでくる事になる。北方からの侵攻を許しても、我が国は大きな危機を迎える事になるのだった。
「北方からの侵攻に対しても、勿論対策は必要ですが……」
わたしは地図を見ながら言った。
「彼らがまず攻め込むであろう『豊かなる国』の現状が判らないので、難しいですね……」
わたしの言葉に、コアクトたち廷臣たちも悩ましげな表情で頷く。
北方からの東征軍による脅威が我が国にまで及ぶのか? それは、彼ら征討軍が大陸の東北にある「豊かなる国」のゴブリンたちを制圧できるか次第となる。
だが、この「豊かなる国」は我が国の領土ではない。
現時点で、「ゴブリン諸部族が割拠しているらしい」という以上の情報は得られていないのだった。つまり、どの程度の戦力があるのか。ノムト侯の軍勢に対抗できるのかも全く判らないのだった。
「断片的に伝わる情報では、『豊かなる国』は、まとまりなく様々なゴブリン部族が割拠している状態と聞き及んでいます」
文官を代表して、シュウ・ホークが改めて報告した。
「彼ら諸部族が、独力でノムト侯の侵攻軍を撃破してくれれば、我が国に危機は及ばない事になります。しかし……」
コアクトが悩ましげな表情で続けた。
「情報通り、諸部族がまとまらずにバラバラに割拠している、というのであれば、各個撃破されて制圧される可能性の方が高いと考えられます」
「そうですね……」
わたしは頷いた。確かにその通りだ。
情報通り、現在も「豊かなる国」がゴブリン諸部族がまとまりなく割拠している状況であれば、団結して侵略軍に対抗する事もできないだろう。そうなれば、組織的な抵抗もできずにあっさりとノムト侯の東征軍に制圧される事になる。
そうなれば、ほぼ無傷の状態であるノムト侯の軍勢が南下し、ユガ地方を皮切りに、我が国の領土に雪崩れ込んで来るという最悪の状況も現実味を帯びてくる事になるのだった。
「『豊かなる国』のゴブリンたちには、少なくともノムト侯の侵攻に対して善戦する……できれば撃退して欲しいところですが……」
「おそらくかの地はまとまりなく、乱れていると思われ、それは難しいですな」
わたしの言葉に、シュウ・ホークが言った。
「先般の『オーク襲撃事件』がありましたように、オークなどものさばっている様ですし……」
その言葉に、わたしは唸りながら地図を見た。
先日発生した、ユガ地方にオークたちが侵入し、襲撃を受けた事件。あの事件では、オークたちは北方の「豊かなる国」から流れ込んで来たと考えられる。つまり、現在の「豊かなる国」はオークたちが闊歩している状況なわけだ。それは、ある程度強力なゴブリン勢力が存在しているのであれば、ありえない状況だった。
「いずれにしても、遠い北方、そして我が国の領土ではない地のことですので、直接的な対応は難しいと考えます」
「そうですね……」
わたしはため息をついた。
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