第131話 危機の影
トゥリ・ハイラ・ハーンの3年(王国歴595年)、秋。
リリ・ハーン(トゥリ・ハイラ・ハーン)とリリ・ハン国の首脳部のゴブリンたちは、「火の国」の北方、「灰の街」の近辺を訪問していた。
この時期に開催される、様々な式典に参加するためである。
まず彼女たちが訪問したのは、「灰の街」の北方にある平原であった。
前年に「隅の国」討伐のクリルタイが開催された「星降る川の河畔」から、少し北に移動した地点にあたる、平原地帯。
なだらかな平原であるとともに、付近には「星降る川」も流れており、水の確保も容易である。
また、川の流れは穏やかで水害の畏れも少ないだけでなく、「灰の山」からも充分に離れているので、火山からの降灰の畏れもない。
この地点が、ハーンの肝煎りで新設される、新たな拠点の建設地として選定されたのだった。
この地に建設しようとしているのは、リリ・ハン国の新たなる拠点。新首都とでも言えるものだった。
リリ・ハン国の本拠地、ヘルシラントは大陸の最南端である。「火の国」だけでなく「隅の国」「日登りの国」と東や北にリリ・ハン国の勢力が伸びた現在、ハーンが在住する本拠地が、大陸のそして領土の最南端「南の外れ」に位置している状況は、移動や情報伝達などの面で不利であった。
今後更なる領土の拡張も視野に入れねばならない。領土全域への連絡が行いやすい様に、より北方、領土の中心に近い場所に新たな拠点を設置する必要がある。「灰の街」との連携も考慮して、「灰の街」の郊外とも言えるこの地点が新拠点の建設地として選ばれたのだった。
新首都となる拠点の都市構想。首都機能そして都市機能だけでなく、ハーンであるリリが強く拘ったのが、中央部に大図書館を設置する事であった。
文学少女として知られるリリの強い要望。自身の領土で、そして大陸全土で書かれた本。そしてこれから書かれる本の全てを集める図書館。知識の殿堂、この地に生きる者たちの「知」を、そして生み出された物語を全て集めた図書館。この図書館を都市の中央部に設置しようというのであった。
「大図書館」の更に中央部に、ハーンの宮殿が設置される。新首都が、そして大図書館が完成した暁には、文字通り書物に囲まれて、書物に埋もれる様な暮らしをしようという、ハーンの夢が詰め込まれた都市なのであった。
……………
トゥリ・ハイラ・ハーンの3年(王国歴595年)、寝覚めの月(9月)、11日。
クリルタイ開催によるハーンの即位、リリ・ハン国誕生から丁度二年となるこの日、リリ・ハーンは「灰の街」郊外の地に立ち、新首都建設開始の儀礼を行った。
まずは無事完成を祈る、「神巫の一族」による祈りの儀式が行われた後、ハーンによる「造り初め」の儀礼が行われた。
草原に参列者が立ち並ぶ中、ハーンの正装に身を包んだリリは、黄金に塗られた鍬を手に持って進み出た。そして、
「えいっ!」
掛け声と共に、地面に鍬を振り下ろした。
少女の細腕ではあるが、振り下ろされた鍬は、浅く地面に突き刺さり、土が掘り返される。
鍬が振り下ろされるのを確認して、ハーンの側近を始め、集結した百官が、各部族の代表者たちが一斉に万歳を唱える。
「りり・ハーン、万歳!」
「トゥリ・ハイラ・ハーン、ばんざい!」
「新都市建設開始、万歳!」
「我らが国の未来に栄光あれ!」
澄み切った青空の下、万歳の声が響き渡った。
これが、今後国家事業として進められる、新都市建設工事の第一歩なのだった。
この後この地に建設される都市、新首都であるが、ハーンが街道整備など国内各地のインフラ整備を優先させた事、そしてこの後の大陸情勢なども影響し、完成するのはかなり先の事となる。
だが、この地に築かれた都市は、遙か未来の後世まで栄え続ける事となるのだった。
この都市はハーン(リリ・レンティ)の氏族名から、「レンティア」と呼ばれる事となる。
図書館都市、「大図書館レンティア」。
今は単なる草原に過ぎないこの地は、遙か未来において、ハーンの描いた夢の通り、大陸全土から集められた書籍が集約された地に。「全ての図書が集まる場所」として知られる事となるのだった。
……………
新首都の建設開始式典を終えたハーン一行は、続いて「灰の街」を訪問した。
「灰の街」の住民たちの大歓声を受けながら大通りを通った後、街の南門の外側にある式典会場に向かう。
そこには、南方から……カイモンの街を起点としてヘルシラントやイプ=スキ、チランやリシマなど、「火の国」の主要拠点を通過し、この地にまで至っている石畳の街道が続いている。街道の先を見渡せば、一定の距離毎に道標となる哩塚と(成長した際には旅人が休憩する場所となる)若木が植樹されているのが見える。
リリ・ハン国成立時から建設を開始した、「火の国」を縦断する街道。
各拠点を直接接続し、広い石畳を敷き詰める事によって馬車や荷車が快適に移動できる街道。「火の国」の、そしてリリ・ハン国の主要幹線とも言える街道が、二年の時を経て片側一車線ではあるが、ついに完成の時を迎えたのであった。
この幹線の完成により、「火の国」諸都市の流通は格段に便利になる。また、戦時においても国内の移動、迅速な軍勢の展開が可能となる。
今回開通したのは、予定されている二車線の半分、片側だけに過ぎない。もう片側はまだ工事中の段階だ。そして今後は幹線だけでなく、様々な分岐路線の設置も必要であるし、「隅の国」「日登りの国」などの新領土への延伸、そして西方の「後ろの国」に向けた街道建設なども建設が計画されている。その意味ではまさに文字通り「道半ば」ともいえる。
しかし、書物で得た知見などから、インフラ整備を最重要事項としているリリ・ハーンの肝煎りの政策が、一定の実を結んだ瞬間である。この日は、街道が開通した事を祝う式典が開催されるのであった。
「灰の街」郊外の式典会場。
参列するリリ・ハン国と「灰の街」の首脳部たちの前で、ゴブリンと人間の作業員たちが共同で一枚の敷石を運んでくる。
そして、協力しながら所定の箇所に敷石をはめ込む。
敷石の最後の一枚がはめ込まれ、街道が完成した瞬間だった。
ハーンをはじめとするリリ・ハン国と「灰の街」の首脳部たちは一斉に立ち上がって拍手をし、周囲に集まった者たちは一斉に「万歳」を叫んだ。
その後、参列者たちを前に、トゥリ・ハイラ・ハーンが「街道の開通を祝う詔」を語り、それを受けて「灰の街」のルインバース議長が、「街道の開通を祝し、ハーンに感謝する」挨拶を行う。
厳粛な空気に包まれながらも、街道開通という慶事であり、明るく和やかな雰囲気の元、式典は行われた。
集結したゴブリンの代表者たち。そして式典を見学していた人間たち、「灰の街」の住民たちの表情も明るかった。
この時代には「ハーンの街道」、後の世には「リリ街道」として名が伝わる事となる、新たに完成した街道。
この街道ができた事で、「火の国」の流通は格段に便利になるだろう。街道で繋がれたそれぞれの街は更に栄えるであろうし、それはつまり、「火の国」そしてリリ・ハン国の更なる繁栄にも繋がる。
街道の開通により、本国「火の国」は更なる繁栄が期待される。
前年には、制圧した「隅の国」が領土に加わった。そして傘下に入った「日登りの国」でも、中部ユガ地方で灌漑水路が開通するなど開発は順調に進んでいる。
リリ・ハン国は順調に勢力を拡大している。そして領土の統治は順調であり、ハーンによる統治の元、繁栄に向けた領土開発が進展している。
ハーンの統治により、リリ・ハン国の住民は平和と繁栄を享受している。そして今後は更なる繁栄が期待されるだろう。人々の表情は明るかった。
……………
こうした明るい展望は、ハーンをはじめリリ・ハン国の首脳部たちも同様であり、リリ・ハン国は少なくとも当面は成長を続ける、「明るい時代」が続くであろうと考えていた。
一部不安定な辺境を抱えているものの、当面は平和な時代が続き、更なる繁栄に向けてインフラ開発などの国内整備に力を注ぐ時期が続くと考えていたのである。
それ故、この式典の後に行われた、トゥリ・ハイラ・ハーンと「灰の街」のルインバース議長との首脳会談についても、「明るい時代」の継続と更なる発展に向けて、お互いの友好関係を再確認する、明るい前向きなものになるだろうと考えていたのだ。
だが、その首脳会談の場で……
「タヴェルト侯による、東方侵攻計画!?」
リリ・ハン国のゴブリンたちは、思いもよらなかった重大な危機を知らされる事となった。
それは……これから続く、危機と試練の時代の幕開けでもあった。
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