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間章 叙任(前編)

 リリ・ハン国の本拠地「火の国」の西方に位置する地方、「後ろの国」。

 「火の国」とは山脈で隔てられたこの地方は、人間の暮らす勢力圏である。


 名目上は、この大陸全土を統治する「ファレス王朝」の領土。

 しかし、王家はとうの昔に衰退しており、封建された各諸侯が各地で勢力拡大を目指し覇を競う時代となって久しい。

 この時代、王国歴595年(トゥリ・ハイラ・ハーンの3年)においては、この「後ろの国」はほぼ全土を諸侯の一つである「タヴェルト侯」によって統一され、事実上タヴェルト侯が支配する国となっていた。


 タヴェルト侯は名目上は王家に従属し、王家から「後ろの国の守護侯爵(フォン・ヒーゴ)」の称号を与えられ、「後ろの国」を領土として与えられている形を取っている。

 しかしタヴェルト侯の実質は、実力で「後ろの国」一国を支配する半独立政権なのだった。



 ……………



 王国歴595年(トゥリ・ハイラ・ハーンの3年)。

 ユガ地方においてオークの襲来騒動が起きていたのと、ほぼ同じ頃。


 「後ろの国」の首都、タヴェルト侯の本拠地である「ヒーゴの街」は、厳粛さも含みつつもお祭り騒ぎの様な明るい雰囲気に包まれていた。


 長年の工作と請願運動がついに実り、タヴェルト侯爵家の当主、ドーゼウに新たな称号・爵位が与えられる事となったのである。

 王家から派遣された勅使が「後ろの国」、このヒーゴの街まで下向し、タヴェルト侯ドーゼウへの叙任が行われる。

 叙任の勅使をこの地に迎え、彼らの国主が新たな爵位を得る。その祝いで住民たちに「お祝い金」が振る舞われた事もあり、ヒーゴの街は歓びに沸いていた。



 ……………



 「ヒーゴの街」の中心にある、タヴェルト城。

 文字通りタヴェルト侯の本拠地であるこの城の中心部、豪華な装飾が施された「謁見の間」で、玉座から立ち上がりながら、タヴェルト侯ドーゼウは感慨深げな表情を浮かべていた。

 日頃はこの「後ろの国」における頂点、王のごとく振る舞っている彼も、この時ばかりは玉座から降り、前方から歩いてくる者たち……勅使に跪いた。


 若き日は「後ろの国」の片隅のみを領土とする一諸侯であった彼。様々な戦い、謀略、そして裏切りを経て勢力を広げて来た。

 勝利だけでなく様々な挫折をも味わい、血塗られた経歴を重ねた結果、壮年に差し掛かる頃には、ついに「後ろの国」全土を手にする大勢力に成長したのである。

 領土をどれだけ広げても、国を一つ手に入れても、欲望に、野望に果ては無い。

 そしてそんな彼にとって、今日は新たな、そして大きな野望の成果を手にする晴れの日なのであった。



 跪き、顔を上げた彼の前を通り、二人の勅使が玉座側……上座に立つ。

「タヴェルト侯ドーゼウよ。日頃の王家への忠勤、重畳である」

 王の側近でもある勅使の一人、痩せた体つきをした中年の貴族、ボーモン卿が厳かに言った。

 その言葉に、タヴェルト侯は改めて跪き、頭を下げる。

「汝の忠勤に対し、畏れ多くも王から爵位が授けられる」

 ボーモン卿の言葉と共に、隣に立っていた、フクロウの様な体躯をしたもう一人の勅使が進み出る。

 彼……同じく王の側近であるコーシヴェルト卿は、羊皮紙を広げ、書かれている勅語を読み上げた。


「タヴェルト侯ドーゼウを、『火の国の守護侯爵(フォン・フレイア)』に任ずる」


 コーシヴェルト卿の言葉に、タヴェルト侯は深々と頭を下げて礼の言葉を述べた。

「ははあっ! ありがたき幸せにござりまする!」

 頭を下げながらも、得られた称号の意味、そして成果の大きさを再認識し、その嬉しさに思わず顔がにやけてしまう。


「タヴェルト侯の叙任、めでたいですな、コーシヴェルト殿」

「そうですなボーモン殿。タヴェルト侯、これからも益々王家への忠勤に努められよ」

 叙任の宣告を終えてほっとしたのか、少し砕けた表情になって勅使二人が話しかけてくる。

「ありがとうございまする!」

 タヴェルト侯も、思わず笑みを浮かべて二人を見上げた。



 この爵位の授与を目指して、これまで長い間、王朝への様々な工作・陳情運動を繰り返して来た。

 王への窓口となる側近……今回勅使を務めたボーモン卿とコーシヴェルト卿への「付け届け」もその一つである。

 彼らの好みを探り、ボーモン卿へは金品を。コーシヴェルト卿へは美女などを幾度となく送り、王への「口添え」を依頼して来た。

 振り返れば随分高く付いたものだが……しかし、こうして成果が形になった今となっては、安い買い物であるとも思えた。


 そして実際のところ、今回の爵位授与に最も効果を発揮したのはこうした側近への付け届けよりも、王に献上した宝物「『魔光石の大結晶』」であった。

 数年前に「火の国」のゴブリン鉱山から掘り出され、「灰の街」から献上された品。一度はゴブリン共に奪われたものの、聖騎士サイモンに依頼して奪回した品物だ。

 七英雄である聖騎士サイモンへの依頼料は高くついた。しかしそれだけの価値はあった。

 魔法にあまり興味が無いタヴェルト侯自身の視点からは、単に「光る石」でしかなく、正直なところその価値はよく判らない。

 しかし、王家に献上した効果は絶大だった。王家にとって「魔光石の大結晶」は大きな価値があるらしく、献上した直後に今回の爵位授与が決定したのである。



 ……………



 タヴェルト侯はにやりと笑みを浮かべながら、壁に掲げられている大陸の地図を眺めた。


 今回授与された「火の国の守護侯爵(フォン・フレイア)」。それはつまり、タヴェルト侯を「火の国」の侯爵として任命する。王家としてタヴェルト侯を「火の国」の国主として認めるという事である。

 現在の「火の国」はゴブリンのハーンが統治する国であるため、当然ながらタヴェルト侯が実効支配しているわけではない。

 今回の爵位授与の意味。それはつまり王家から、「火の国」への勢力拡大を認める、「火の国」をタヴェルト侯の切り取り放題とするとのお墨付きである。

 王家から大義名分を得て、堂々と大手を振って「火の国」の征服に取りかかれる事を意味していた。タヴェルト侯は、東方へと勢力を更に拡大する事が可能となるのだ。


 国境の回廊を制圧し、「火の国」に攻め込み、この地に棲息するゴブリンどもを駆逐して「火の国」を領土に加える。

 本領である「後ろの国」に加えて「火の国」を領有できれば、名目上は王家に従属しつつも、タヴェルト侯は大陸南部に二カ国を保持する大諸侯となる。大陸南部を領有する半独立の王国を築き、更なる大勢力へと拡大する事ができるのだ。


 そして、「火の国」征服によって満たされるのは、領土的な野心だけではない。

 「火の国」に住むのはゴブリンだけでなく、人間の街も多い。征服できればかなりの実入りが期待できる。

 中でも、大陸南部最大の都市である「灰の街」を手中に収める事ができれば、得られる果実は計り知れない。「灰の街」の経済力を手中に収めれば、タヴェルト侯は、更に豊かで強大な勢力を築く事ができるだろう。

 もし「火の国」のゴブリン政権を完全に制圧できなくても、回廊の直近にある「灰の街」を支配下に加える事ができれば、それだけでもタヴェルト侯にとっては充分すぎる程大きな成果となるのだった。



 今回の爵位授与の決め手となった「魔光石の大結晶」は、「火の国」のゴブリンどもが掘り出し、「灰の街」から親善のために献上されたものだ。

 だが回り回って、彼らから献上された「魔光石の大結晶」で得られた爵位が、「灰の街」を征服するお墨付きとして使われる事になったのだ。



(「火の国」よ。そして「灰の街」よ。皮肉なものよなぁ。おまえらを征服してやる日が、今から楽しみだ)

 タヴェルト侯はにやりと笑った。



 ……………



「……タヴェルト侯」

「ドーゼウどの」


 ボーモン卿とコーシヴェルト卿の呼ぶ声がして、タヴェルト侯は我に返った。

「……おっと、失礼いたしました。授与された爵位が光栄で、思わず物思いにふけってしまいました。なんでございましょう?」


 タヴェルト侯を見ながら、コーシヴェルト卿が告げた。

「実は、今回の『叙任の儀』は、汝に爵位を授けて終わり、ではないのじゃ」

「? どういうことでしょうか?」


 タヴェルト侯の質問に、コーシヴェルト卿が答えた。

「爵位授与に伴い、畏れ多くも王御自ら直接、そなたにお言葉を掛けて下さる」

「おおっ! 国王様の勅語でございますな。ありがたく拝聴いたしまする」

 「勅語」の読み上げがあると考えたタヴェルト侯は、その場に跪く。


 しかし、コーシヴェルト卿は、想像していたのとは異なる行動を取った。

 懐から勅語が書かれた巻物でも取り出すのかと思いきや……実際に取り出したのは、小さな彫像の様なものだったのだ。


「?」

 タヴェルト侯が訝しげに取り出された彫像を見る。

 コーシヴェルト卿の両掌に載せられた大きさの彫像。それは……鳥の人形の様なものだった。

 ただの「鳥の彫像」ではない。それは、王家の紋章にも使われている、王家……ペングウィン家を示す象徴、「飛ばぬ鳥」の彫像だった。


「そ、それは……何でございましょう?」

 タヴェルト侯の質問に、横に立つボーモン卿が厳かに答えた。

「この彫像は王家に伝わる魔道具。『王家の庭』と呼ばれるもの。

 その名の通り、王家の庭……王の朝廷、玉座の間をこの場に映し出す事ができるものじゃ」

 驚いた表情を浮かべるタヴェルト侯に、ボーモン卿は続けて告げた。

「この地に、王の朝廷を招き映し……今回の叙任に際して、王から直接お言葉が掛けられる。心してお言葉を聞くが良い」

 ボーモン卿の言葉が終わるとともに、コーシヴェルト卿は、彫像……「王家の庭」を両手で捧げる様に差し上げ、古代語で発動呪文を唱えた。


王の庭をこの地に招けマ・ラーイ・オーン・ペングウィン


 その言葉が発せられた直後。

 彫像……「飛ばぬ鳥」の口から、勢いよく霧のようなものが吹き出した。

「!」

 タヴェルト侯が驚き、一瞬身体を仰け反らせる。

 ぐばあっ、と凄まじい勢いで嘴の間から吹き出した霧は、あっという間に「謁見の間」全体に広がっていく。気がつけば、「謁見の間」全体が霧で覆われている様な状態となった。


「こ、これは……?」

 驚き周囲を見渡すタヴェルト侯の前で、霧に包まれた周囲の風景が変わっていく。

 見慣れた「謁見の間」の風景が、霧の中に溶けて消えていく。

 そして……代わりに、別の場所の風景が浮かび上がってきた。


「!」

 それは……彼の居城よりも更に大きく、壮大な空間だった。

 周囲に見える巨大な石柱。そして荘厳な壁画。周囲を照らす魔法の明り。

 その空間に、タヴェルト侯は覚えがあった。

 かつて赴いた事がある、王城の……国王の玉座の間、そのものだった。


 そして、心なしか周囲を包む空気がひんやりと冷え、より荘厳な、ぴりぴりと張り詰めたものに変わる。

 タヴェルト侯は緊張に唾を飲み込みながら、正面を見た。

「……………!」


 霧の中に、巨大な玉座が浮かび上がってくる。

 そして、玉座の両隣に立つ人影が。玉座に座る者の姿が霧の中から姿を現した。


「あ……あ……!」

 玉座に据わる人物を見て、タヴェルト侯は思わず息を呑んだ。


「控えよ、タヴェルト侯」

 コーシヴェルト卿が跪きながら言った。

「こちらにおわすは、九国を統べる者、ペングウィン王家の主。

 そして大陸全ての支配者……」


「ウーサー王に、あらせられるぞ」


 読んでいただいて、ありがとうございました!

・面白そう!

・次回も楽しみ!

・更新、頑張れ!

 と思ってくださった方は、どうか画面下の『☆☆☆☆☆』からポイントを入れていただけると嬉しいです!(ブックマークも大歓迎です!)


 今後も、作品を書き続ける強力な燃料となります!

 なにとぞ、ご協力のほど、よろしくお願いします!

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