第129話 オークとの戦い、決着
「ぐああっ!!」
コランの矢に右腕を貫かれたクッコロが、たまらずに棍棒を取り落とした。
「お、親分!?」
その様子に、手下のオークやゴブリンたちが動揺する。
(……今でおじゃる!)
その隙に、コランが騎馬を疾走させながら再び矢を二本同時につがえて、素早く放った。
二本同時に放たれた矢は、正確な弾道で空中を疾走して、クッコロの後方に立っていた二人のオークに命中する。
「ぐわっ!」
たまらずその場に倒れるオークたちは……4人の娘たちを捕らえ、見張っていた者たちだった。
「今じゃ、逃げるでおじゃる!!」
コランが鋭く叫ぶ。4人の娘達は頷き、素早く駆け出してコランや国衙兵たちの後ろまで逃げ延びた。
その様子を見届け、少しだけほっとした表情を浮かべてから、コランは叫んだ。
「娘達は返して貰ったでおじゃる!」
そう言って、クッコロと手下たちに弓を突きつけて続ける。
「後は、お前達を倒すだけじゃ!」
「くっ……!」
クッコロは、矢で貫かれた腕を押さえながら、憎々しげに馬上のコランを見上げた。
「ふ、ふざけやがって……!」
「お前達賊ども、年貢の納め時でおじゃる! 覚悟せい!」
「笑わせるな!」
クッコロが大声で叫んだ。
「一騎打ちで倒せると思っていたのに……畜生、調子に乗りやがって!」
コランと国衙兵、そして娘達を睨みながら続ける。
「もう一騎打ちなんてどうでもいい。女達もどうでもいい……! てめえら全員ぶち殺してやる!!!」
そして、後ろを見て、大声で叫んだ。
「お前ら、全員出てこい!!!」
「「おうっ!!」」
掛け声とともに、後方の茂みから新たな人影が続々と姿を現す。
「!?」
クッコロの後ろから姿を現した者たちに、コランたちは驚きの表情を浮かべた。
出てきたのはこれまでに居たよりも数倍のオークやゴブリンたちだった。
前だけでない。横から、後ろから。この戦いの舞台である廃砦前の広場。その周辺の至るところから姿を現している。
ぞろぞろと出てきた多数の手下たちは、後方に隠れて待機していた者たち。これがクッコロが連れてきていた手下たちの全軍なのだった。
一気に数倍に膨れ上がった敵勢に取り囲まれ、コランは焦りの表情を浮かべた。
(お……多すぎる!?)
「一部の手勢で、てめえらと遊んでやろうと思っていたのが間違いだったぜ」
クッコロがコランを睨みながら言った。
「これだけいれば、てめえらが多少弓矢が上手くても関係ねぇ。一気に掛かって踏み潰して、みんなぶち殺してやる!」
「ぐへへへ……」
笑みを浮かべながら、周囲を取り囲む形で現れた、多数のオークとゴブリンたちがコランと国衙兵たちににじり寄ってくる。
(こ、これは……結構まずいかもしれぬ……)
コランの表情に焦りが浮かぶ。
部下の国衙兵、そして救出した娘達も後ろで不安げな表情を浮かべていた。
「今更後悔しても遅いぜ! てめえら、一斉に掛かれ!」
勝ち誇った表情で、クッコロが号令した。
「く……っ!」
コランと部下の国衙兵たちは、危機に怯みながらも、娘達を守ろうと弓を構える。
「おらあっ!」
掛け声を上げながら、周囲を取り囲むオークとゴブリンたちが一斉に襲い掛かって来た。
……………
その時だった。
「放て!」
後方から号令の声が響いた。
その声とともに、大量の矢が後方から放たれ、取り囲むオークたちに降り注いだ。
「ぐわっ!」「ぎゃあっ」
コランたちに襲い掛かろうとしていたオークとゴブリンたちは、放たれた矢を浴びて悲鳴と共にばたばたと倒れる。
「何いっ!?」「こ、これは……!?」
クッコロとコランが同時に驚きの声を上げて、後方を見た。
広場の後方から姿を現したのは、多数の騎馬に乗ったゴブリン兵たち。
新手のゴブリン兵たちはコランと部下たちよりも遙かに多い。そしていずれも弓矢を装備してクッコロたちオークと手下のゴブリンたちを射撃しているのだった。
「あ、あれは……!」
新たな軍勢が掲げている旗印を見て、コランが驚きの声を上げる。
掲げられている旗は、右賢王旗。
イプ=スキ族長、右賢王サカが指揮する軍勢。
すなわち……イプ=スキ族の本隊が、「火の国」本国からこの地まで救援のために進出して来ていたのであった。
「み、皆……来てくれたのでおじゃるか!?」
歓声を上げる、コランと国衙兵たち。
だが、この窮地に駆けつけてきた者は、それだけではなかった。
「国司様! 我々もおりますぞ!」
掛け声とともに、後方から新たに歩兵たちが次々と姿を現す。
「お……お前たち!?」
現れた軍勢の旗印は、タゴゥ族、マユラ族、クシマ族、ヨゥマチ族の旗印。ユガ地方の四部族の軍勢だった。それだけではない。他の小部族の者たちの姿もある。ユガ地方の各部族が、人質と国司救出、そしてオーク討伐のために兵士を出してくれたのだ。
そしてこの地に駆けつけて来た者たちは、それだけではなく、更に続いた。
軍勢の後ろから、続々と姿を現した多数の人影。
それは普通のゴブリンたち。棒や刃物など、心許ないながらも武装した彼らは、ぞろぞろと大量に進み出て、じりじりとオークたちに迫っていく。
「みんな! 国司様を助けて、オークどもをやっつけるぞ!」「おう!」
オークたちを恐れながらも、勇気を持って駆けつけて来てくれた者たち。それは……ユガの街の住民たちだった。
「ぐっ……な、なんだ……てめえら……」
クッコロが声を上げるが、もはやそれは虚勢でしかなく、怯えに震えた声になっている。
手勢達全員で国司勢を取り囲んでいた筈が、逆に次々と現れた大量の新手の軍勢に迫られている。
彼らの圧力に押されて、クッコロと手下のオークとゴブリンたちはじりじりと後ろに下がった。
「全軍、掛かれ!」
イプ=スキ軍から掛けられた号令とともに、援軍たちが一斉に襲い掛かった。
イプ=スキの弓騎兵たちが矢を放ち、ユガ地方の部族軍と住民たちが武器を掲げて襲い掛かっていく。
その兵力差に、クッコロの軍勢はあっという間に崩壊した。
前方に立っていたオークとゴブリンたちは、矢に射られ、各部族の攻撃で倒れ、あるいはユガの住民たちに取り囲まれてボコボコにされていく。
その有様に、クッコロはたまらず後ろに駆け出しながら叫んだ。
「撤退……撤退だ! 逃げろ!」
その言葉とともに、クッコロの手下たちの士気は崩壊し、オークと手下のゴブリンたちはめいめいが悲鳴を上げながら、廃砦を捨てて後方に……北の方へと潰走を始める。
「イプ=スキ軍は賊どもを追跡せよ」
その様子を馬上から見ながら、イプ=スキ軍の将……サラクが、部下たちに指示を出した。
「北方の国境まで徹底的に追撃するのだ。我が領土を侵す者はどうなるのか。身をもって奴らに思い知らせよ」
「ははっ!」
命令に従い、イプ=スキ軍の一部が逃走したオークたちの追撃を開始する。
その一方で、ユガ地方の各部族軍とユガの住民たちは、オークたちを追い払い、コランたちを救出した事で大歓声を上げていた。
………………
「助かった……のでおじゃるか!?」
突然の展開に、コランと国衙兵、そして娘達が呆然とした表情で周囲を見渡す。
彼らを取り囲んで、援軍にやってきたイプ=スキ軍、ユガ地方諸部族の兵。そしてユガの街のゴブリンたちが大歓声を上げた。
「助かった……のですね」
コランの傍らで、クリークがほっとした声を出した。
救出されたコランたちの周りを、ユガの住民たちが取り囲み、歓声を上げた。
「国司様! 無事で良かった!」
「国司様、オークどもを追い払いましたね!」
「人質も救出されてめでたい!」
「さすがは国司様です!」
自分に向けられた賞賛の声を聞きながら……しかし、コランは首を横に振った。
馬から下りながら、周りを取り囲む者たちに向けて言った。
「いや……麻呂のおかげではない。
救援に来てくれた本国軍の……そして皆のおかげじゃ。礼を申すぞ」
そして、空を見上げながら続ける。
「……麻呂一人では、何もできなかった。大切な娘たちを、そしてお前達住民たちを危険な目に遭わせてしまったのじゃ。
麻呂は……国司失格じゃな」
コランの言葉に、側にいた4人の娘達が何かを言おうとした時。
娘達が言おうとしていた言葉が、馬上から掛けられた。
「そんなことはありませんよ、コラン」
白い馬に乗った少年が、馬上からコランに声を掛けた。
「そなたは、国司として立派に勤めを果たしました」
馬に乗った少年を見て、コランは驚きの声を上げた。
「う……右賢王様!!」
コランの驚きの声を聞いて、4人の娘たち、そして周囲の住民たちは一斉にその場に立ち止まって一礼する。
声を掛けられた少年……コランの旧主、イプ=スキ族長のサカは、笑顔でコランを見た。
「勇気を振り絞ってこのユガに戻り、オークたちに立ち向かった気概。そして実力でオークの首領との一騎打ちに勝ち、人質を救出した手腕。見事です。イプ=スキ族の長として、誇りに思いますよ」
サカの言葉に、コランは恐縮して頭を下げた。
「きょ……恐悦至極にごじゃりまする……! さ、されど、賊の総勢把握を誤り、危機を招いてしまいました。右賢王様がお連れ下された援軍が無ければ、我らは全滅していたやもしれませぬ……」
コランの言葉に、サカは笑顔で答えた。
「コラン、ユガ諸侯の援軍と、ユガの住民たちは、我らが連れてきたわけではありませんよ」
そして、後ろを振り向きながら続ける。
「ユガの諸侯と住民達の援軍は、そなたを救い、オークを倒すために自発的に出陣していたものです。むしろ、我々イプ=スキの軍勢は、間に合わずに遅刻しそうな程でしたよ……ねえ?」
サカの呼びかけに、騎馬の上でサカの後ろにしがみついて乗っていた少女が頷いた。
「そうですね。少し『寄り道』してしまいましたからね」
後ろの少女と会話を交わしながら、サカが白馬から下馬した。
そして、馬の側に立って、後ろに乗っていた少女に手を差し伸べる。
乗馬にそれほど慣れていないのだろうか。少女は手を伸ばして、サカにしがみつく様にしながら馬から降りた。
しばらく振りに地面を踏む感触に少しふらふらして、サカに支えられながら、少女はコランに言った。
「わたしたちが援軍を出す前に、ユガ諸侯と住民たちはオークを倒し、貴方たちを救出するために動いていました。我々はそれに後から合流しただけです」
少女は、サカの横に立って、コランに続けて言った。
「ユガの者たちが救出のために動いてくれたのは、貴方の国司としてのこれまでの働きあっての事。住民が貴方を助けるために動いてくれたのです。貴方ほど適任な国司はいないでしょう」
「……………?」
(……誰?)
サカの後ろに乗っていた少女がいきなり発言したので、コランや娘達は怪訝な表情でその様子を眺めた。
皆が見る中、少女が「ふう」と一息ついて、頭に被っていたフードを外す。
フードの下から現れた姿。白い髪や耳。そして顔を見て……。
少女が誰なのか気がついたコランは、驚愕の表情を浮かべた。
「ハ……ハーン!?」
裏返った声で叫ぶ。
「ハーン!?」「りり様?」「このお方が!?」
コランの叫び声に、後ろに控えていた娘達、そして周囲に集まっていた住民たちの間にどよめきが走る。
そして、一瞬遅れて、
「は……ははあーーーっ!!」
集まった者たちが一斉にその場に平伏した。
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